第23話 獅子身中の草食動物

 明るく青い空のもと、対照的に黒々とした森が眼前で湧くように盛り上がっている。開拓者として初めて森に入る俺は少し緊張しながら地面を踏みしめていた。

 ここは街に近い森の端。なので近くには同業者が多くたむろしており、準備したり一足早く森に立ち入ったりと盛況だった。


 にしてもすれ違う開拓者パーティは、全員が屈強な人間に見える。そしてやたら俺に威嚇的であるが、その原因もなんとなくわかっていた。


「嫌われてますねぇ」


 によによとした顔で振り向いたミリアが鬱陶しい。アイアンクローかましたくなるのもわかる。

 ミリアが先頭で踏み固められた道を進み、俺は中央。そして後ろにはディアという布陣である。受付嬢に選ばれるミリアは言わずもがな、ディアも俺に対しては野性味ある対応であるが、小柄な見た目は草食動物的な可愛らしさがある。

 つまり俺は可愛くて若い女性二人にサポートされながら森を探索しているように見えるわけだ。男だけのパーティが殊更に睨みを聞かせてくるのもむべなるかな。


「にしても魔獣って全然でないな」

「ここらは人間の陣地って解ってんでしょうね。それでも好戦的な魔獣なら出るときは出ますし、襲う人は選びますから油断しないようにー」

「……フン」


 獅子身中に虫あり。好戦的ではないが敵対的な生物は常時近くにいるので油断とは無縁でいられそうね、と思いながら一面の森に引かれた折り目のような道をひたすらに辿った。


――


 俺がついに魔獣と出会ったのは、何度かの休憩を挟んで今日の目的地である開拓最前線の休憩地まで半分ほど到達した頃だった。


「止まってください」

「―!」「ん?」


 ミリアの一言で隊列が停止した。彼女は着ていたベストの懐を探るように手を入れたまま、左右を確認する。

 そして次の瞬間、俺の眼の前から彼女の姿が掻き消えた。


 次いで聞こえる叫声。辛うじて追った10m以上離れた視線の先には、二の腕程の長さの短剣を持ったミリアが、黒毛和牛のような毛並みの猪の頸動脈あたりを深々を切り裂いていた。


「そこでジッとしていろ!」

 そう言い放ったディアが右手で顕現を開始しつつ、今度はミリアと逆方向へ走る。どうするのかと思えば、腰に佩いた剣を左手で抜き放ち黒毛猪へ突き入れた。


(なるほどなぁ)


 これが顕現速度を補うための技術なのか。では最初から贈装を装備しておけばいいのではと思ったが、もしかしたら贈装には制限時間があるのかもしれない。今度確認しておこう。

 と暢気に考えている間に片手剣で牽制していたディアの反対側の手に贈装が具現化された。

 「おお」と知らず声を上げる。右手の剣と左手の剣はどちらとも優美で、且つ緩やかな曲線は刀のようで、かつ双剣のようにそっくりだった。


「―ふっ」

 左手で薙いだ剣が猪の鼻先を掠めると目に見えて魔獣は怯む。その瞬間に思い切り距離を詰め、勢いのままに右手の贈装を振り下ろす。断末魔を上げる前に頭が縦に裂け、地面に肉の墜ちる音が響いた。

 技術の垣間見える戦闘に少し見惚れていると、反対側からか細い悲鳴が聞こえた。振り返ると首から大量の血液が滴る二頭目の猪が倒れ伏すところであった。


「気配の探り方がまだまだですね」

「……あとで教えてよ」

「まあそのために連れてきましたからね」


 任せてくださいよ、と笑うミリアの後ろで、ディアが鼻白んだ表情でこちらを向いていたのに気づいた。


――


「……貴様」


 そう声を掛けられたのはミリアから魔獣の気配を探る方法について歩きながら会話した後だった。「変な鳴き声がした」と言って一人列を離れて偵察に行った際のことだったが、話しかけられたのがほぼ初めてだったため、俺だと思わず最初無視してしまった。


「貴様!」「あ、俺ですか?」

「いま貴様以外に誰がいる」


 独り言だと思ったと言おうとしたが、いっそう険悪になりそうだったため止めた。そんな俺に苛立ちを隠そうともせず、彼女は舌打ちしてこちらを睨む。


「貴様、この討伐依頼を舐めているだろう」


「……えーと、なんでそうなるんです?」

「この依頼は、気楽な人間を育成するための場ではない」


 気楽な人間とはどういうことだろうか。


「教育係で年下のミリアさんにおんぶに抱っこ。依頼中に初歩の初歩の指導を受けているし、大した戦力にもならない。 ―貴様、何故『魔人』調査に同行している?」


 レザント組合長の策略で、と言いたいところであったが結局受けたのは自分である。しかし「金のためです」と正直に応えれば致命的に決裂しそうであったので俺は口を噤んだ。

 その様子を見て荒い鼻息を吐いた後、ディアは心底軽蔑したような顔をこちらに向けた。


「私はお前のような、身の程を知らずに討伐に出る人間が一番嫌いだ」


 そして言い捨てる。


「何もできないならば、せめて邪魔はするな。隅で丸くなっていろ」


 その時ガソゴソと音を立てて前方から折よくミリアが戻ってきた。


一角兎アドミラジが三匹居たので刺しときました。可愛いから良心が痛むんですけど」

「ですが魔獣なので。それにしても早い。流石です」


 先程とのあまりの温度差に風邪を引きそうだ。食い気味に言葉を交わすディアの後ろで、俺はふーっと深くため息を吐いた。


******


 ぬる紅赤べにあかの太陽が森の背後に隠れ始める。深い緑の森はいつの間にか夜と遜色ない宵色となり、誘うように囁く葉音が木霊する。


「そろそろ中継地点に着くはずです。そこまで急いで向かいましょうか」

「はい」「了解」


―先ほどから視線を感じる。


 俺の勘など当てにならない気はする。しかし首筋がピリピリとひりつくのは危険な兆候である気がした。


「ミリア」

 声を掛けると、ミリアは静かに振り向いた。


「何かが俺らを見ていると思う。たぶん敵意を持ってる」

 そう伝えると、ミリアが何か言おうとするより先にディアが口を挟んだ。


「貴様の言う事が信用できると思うか? ―良くあることだ。夜になると途端に臆病者は木の葉さえ怖がる」


 嘲るように言われた言葉に反駁することはしなかった。その可能性も捨てきれない。


「ミリアさん、気にせず先を急ぎましょう。周囲は私が警戒しているので」

 急くように向けられた言葉を、ミリアは黙って聞いていた。


「……前を急ぎます。が、三人とも今以上に警戒しながら進んでください。オズさん、ディアさん。さっきみたいに何か気になったら逐一連携を」

「了解」「……わかりました」


 俺の意見も尊重したようなミリアの決定に、少しディアは渋々返事をした後、俺にだけしか聞こえない舌打ちをくれて、速度の速くなったミリアに追いすがった。

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