第21話 組合長の後退率は苦労の証

 通された部屋は広々としており、一人で作業するには不向きに思えた。しかし成金感があるかと言えばそうでもなく、遠目に見える執務机の机上およびその傍には書類と分厚い本がそびえ立っている。まるで砂漠化した東京に取り残された新宿区のような様相だ。


 ドアから一番遠くに配置された執務机から初老の男性が立ち上がる。案内してくれた受付の女性が退出してドアを閉めたところで、リギニアの組合長も俺たちの前まで到着した。


「何もない部屋ですまないね。良く来てくれた。まずはあなた方とリルフィールドに感謝を」

「恐縮です」


(にじみでる苦労人感)


 ミリアと同じく頭を下げながら、俺は率直な第一印象を脳内で呟く。

 中世魔女を彷彿とさせる鷲鼻に白髪。痩せた顔と身体。隈の浮かんだ目元。抗いつつも後退を始めた生え際という名の荒野。

 なんというか、パーフェクトだった。


(この人、ほんとに開拓者か?)


 どちらかというと魔法使いに見えた。「ホグワーツ出身ですよね」と尋ねてみたい衝動に駆られる。

 そんな取り留めの無いことを考えている間に俺以外の二人で一通りの社交辞令の応酬は終えており、俺たちは備え付けのソファに座って情報を擦り合わせを開始した。


――


「ふむ、依頼事項に大きな相違は無いようだね」

「そのようですね。良かったです」


 レザントでユーテリアさんから教えてもらった概要に相違は無かった。


 発端は約二週間前、リギニアが管理する広大な森林地帯で四人パーティーが戻ってこなかった事案まで遡る。

 彼らは魔獣を狩って金になりそうな部位を剥ぎ売ることを生業としている典型的な開拓者パーティであり、その日は俗に言う『魔臓』を持つレアな魔獣狙いで開拓途上の場所に踏み入る予定だった。

 しかし、その日も翌日も、そして翌々日の夜になっても彼らは帰ってこず、パーティの依頼を管理していた受付嬢から報告が上げられる形で組合員に周知される。

 ただこの時点では大きな話題になってはいなかった。悲しいかな、パーティが文字通り帰らぬ人となることはままあることであり、一定の時間が経てば「不明ロスト」として書類上でのみ処理が進み会議の議題から外され、近親者が居れば報告が飛んで終息する類の話だ。その内開拓者内でも話題に上ることが無くなり組合長の頭頂部の如く風化していくのが常だった。


 しかし今回、話はここで終わらない。

 消えた四人パーティに近しい別パーティが彼らの話を聞きつけ、自分らも問題の場所へ狩りに行くと言い出したのだ。

 もちろん彼らは遺留品を探し出して残された家族に送り届けてあげよう、などという殊勝な気持ちで言っているのではない。

 彼らの狙いは四人パーティと同様、希少魔獣であった。死んだと思われるパーティメンバーはクラス2が三人とクラス3が一人で構成されており、歴も長く安定した仕事ぶりだった。その彼らが死んだと聞いた時、知り合いのパーティのリーダーは考えた。


『あいつら、本当にレアな魔獣に出くわしたんじゃないか』


 このパーティも四人パーティであり、クラス2が二名、クラス3が二名。リギニア内では開拓者歴も長い手練れ達だった。自分らパーティの練度と実力に自信のあった彼らは金の匂いを嗅ぎつけ、万全の準備をして同じエリアに向かった。

 時を同じくして上のパーティと同じ考えに至ったまた別の五人パーティも遅れじと追従する。ただし移動ルートで鉢合わせにならないよう、反対方向からのルートを選択して狩りに出発した。


 結果は聞いた通り、どちらのパーティも壊滅。


 ただし全滅ではないしロストもしていない。二つのパーティで一人ずつ生存者がいた。どちらもパーティ内の紅一点であり、彼女ら別パーティによる各々の証言により、『魔人』の出現が現実味を帯びることになる。


******


「『魔人』の話、リギニアの開拓者には情報統制しているんですか?」

「組合から情報提供はしていないが。人の口に戸は立てられないものだからね」


 組合から情報は降りてこなくとも、噂や生き残った当人達から情報が漏れることは良くある。ましてや熟練度の高い三パーティがほぼ全滅したのだ。安全確保に余年のない開拓者達には必要な情報である。一人目の生存者が帰ってきた日の内に、ある程度の話は界隈に広まっていた。


「実際、『魔人』でない可能性はどの程度でしょう?」


 ミリアが念押しで確認する。『魔人』でなくても二足歩行の魔獣は存在する。日本の熊だって時に二足歩行する。いわんや異世界をや。


「私はかなり低いと思っている」

 理由は? とミリアが目で問うた。


「生存者の証言だ。暗闇の中だったため正確には分からないようだが、そいつは突然現れたらしい。一人目が殺される瞬間、闇夜の中でチラリと下半身が見えたと。明らかに獣ではなかったそうだ」

「……わかりました」


 話がひと段落したところで、組合長が最初に一言挨拶したきりの俺へチラチラと視線を寄越す。それに気付いたミリアが「ああ彼ですか」というように今更紹介し始めた。


「先ほどは名前だけの自己紹介でしたが、彼はオズと言います。今回の仕事に適性があるため私のサポート役としてパーティを組んでいます。それ以上口外できないのが申し訳ないのですが、まあ、信頼のおける人物です」


 「信頼のおける人物」と言った時だけ、ミリアの言葉は硬かった。素性の知れない男なのでそれも仕方がない。言わせてしまって申し訳ない位である。


「……ミリアくんとリルフィールドが適正ありと判断したのならば間違いはなさそうだね」


 多少含みのある言葉を残して組合長であるレンドラントさんは引き下がり、そして一度咳払いした後、「調査に関してなんだが」と話を続けた。


「レザント側に負担を強いるのも心苦しいということで、リギニアからも一名調査に同行させようと思っていてね。ああもちろん若手ですが実力は確かですしミリアさんの邪魔にはならないとお約束するよ」


 チラリと、ミリアはこちらを見た。


「お心遣いありがとうございます。正直申し上げまして二名では心もとなかったので大変助かりますね」

「そうかい! そう言ってもらえると。……あー、ちなみにだが、開拓者ではなく、今回はその、衛兵隊の人間なんだが」


 ミリアはそこでにっこりと笑う。


「それこそ助かります。リギニアは開拓者だけでなく衛兵隊も練度が高いと聞きますし、開拓者組合からの推薦者ということであれば余計な軋轢などもなさそうですし」


 それを聞いたレンドラントさんは安堵したような苦笑いを返し、「その者はリギニア出身なので周辺にも詳しく案内もできるし、きっと役に立つよ」と言い置いた。


―実のところ、リギニア側が同行人を付けるであろうことはリルフィールドさんから既にミリアに伝えられており、昨日の内に俺も教えてもらっていた。またリルフィールドさんの見立てでは「もしかしたら衛兵隊から出るかもしれない」との事だったが、それも予想通りという事になる。


 これが何を意味するかは不明であるが、俺たちが成すべきことには変わりはない。「同行者は既に組合のロビーに呼んでいる」というレンドラントさんの言葉を聞いた後、部屋を辞した俺たちは揃って階段を降りた。

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