第20話 『魔人』
またか。
また何者かが自分の
気付いた瞬間、かさりとわずかな葉擦れの音を残して姿が掻き消えた。
十数秒後、絶叫が響き、応戦する声が森に木霊した。
しかしほどなくしてそれも止んだ。
風を巻いて寝床に戻ってきた人型は、翼をたたんで丸くうずくまる。何故自分がここにいるのかも知らないまま、彼は失った物を求めて再び夜と同化した。
******
「からだバキバキなんすけど」
「運動不足じゃないっすか」
宿の朝食を取りながら、俺とミリアはまるでキツイ夏合宿を乗り越えた友のように軽口を交わす。
昨晩リギニアにようやく辿り着いたとき俺は「もう一歩も動けない」と年甲斐もなく駄々をこねた。しかしミリアもそれなりに疲れていたようで特にツッコミもせず彼女がお勧めする宿に直行した。
彼女の選んだ宿は平均より少しお高めではあるが、なんと宿泊人専用の風呂が付いており、ミリアが「この金額でお風呂に入れるなんて最高です」とウキウキした顔ではしゃいでいた。俺はと言うと平静を装いつつ実際は同じようにウキウキしていた。リラの宿も良心的な宿ではあったが風呂は無く、初めての夜はたらいに汲まれた湯で体を拭き、水で髪を洗う程度で済ませなければいけなかった。ボディソープもシャンプーもなく、次の日は体臭がきつくないか内心ひやひやしていたのだ。
風呂には石鹸はあるだろか。無いならこの世界で初めての石鹸を作ってやるわという疲労時のテンションと共に俺たちは別々に風呂に入った。
結論を言えば疲れた身体に湯が内部浸透するほど最高であった。
ちなみに石鹸は存在した。
――
「美味しかったですねー」
「最高だったな」
牛乳と卵に浸されジャムらしき酸味のあるものがかかったフレンチトーストのようなパンに野菜のピクルス、塩漬けの薄切り肉(味はベーコンに近かった)を綺麗に平らげ俺たちは満足げに唸った。
「じゃあさっさとリギニアの開拓者組合に向かいますか」
「了解」
体は重いが只の筋肉痛ではあるのでアクティブレストだと言い聞かせて勢いよく立ち上がりお代を支払って宿を出た。
外へ出ると明るい陽射しに照らされた街が目に飛び込んでくる。リギニアの街もレザントに負けず劣らずの規模であるように見えた。昨晩外から見た街の外周壁も立派なものだったことを思い出す。
「開拓者組合は少し小さめなんですけどね」
「あ、そうなんだ」
目に付いた周囲の様子をミリアと会話しつつ、同じ位の大きさである印象を持ったということをミリアに伝えるとそのような返答をもらった。同程度の建物だろうと考えていた俺は不思議に思ったが、それが顔に出ていたのだろう、ミリアが説明してくれる。
「街の規模はオズさんの言う通り同じくらいですけど、レザントと違ってリギニアは衛兵隊の力も大きいですから。開拓者は魔獣討伐や様々な依頼の遂行。衛兵隊は統治者からの命令による治安維持が主な仕事ですが、なにかと重なることも多いので必然的にパイを食い合う形になるんですよね」
って、ユーテリアさんが言ってました。と受け売りの知識を披露してくれたミリアに礼を言い、改めて周りを見回した。
「確かに衛兵が多い気がする」
「でしょう? それだけこの街は統治者の力が強く、且つ身近であると言えますね」
ふむふむとミリアの話を聞き入っている内に、街の中心部まで行き着く。
「あれが開拓者組合ですね」
「おー。確かにレザントよりも小さいけど、充分デカいね」
遠目からでも他の建物よりずっと大きな建造物を俺は外から眺めた。
******
「こっちも美人を揃えてんだね」
「レザントもリギニアも
美人は餌ってわけか。日本なら炎上しそうな事情を俺に聴かせた後、ミリアは一番近いブースの受付嬢に声を掛ける。
「すみません。リギニア組合長のエンデルさんはいらっしゃいますか?」
「……確認します。失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」
見るからに不審そうな目を向けられてもミリアは特に動じた様子もなく対応している。容姿柄、こういうのには慣れているのかもしれない。
「失礼しました。
「! ああ!あの噂のミリアさん。失礼しました。少々お待ちいただけますか?」
「はい。あ、ゆっくりでかまいません。あそこの椅子で待っていますので」
髪の長い受付嬢はペコリと頭を下げた後、バックヤードに消えていった。ミリアは先ほど言った通り、広いロビーの壁沿いに並べられた椅子に腰を下ろす。
「有名人なんだな」
「経歴が変わってるもんで」
苦笑するようなミリアの顔は、いつもよりずっと大人に見えた。
十数分後、かかとを鳴らして先ほどの受付嬢が近づいてきた後、エンデル某から部屋に呼ばれたことを伝えてくれた。
開拓者組合の支部組合長という事はリルフィールドさんと同等ということになる。
(タヌキじゃないことを祈ろう)
魔獣よりはましか。
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