第14話 殺人者は藁のベッドで悪夢を見るか

「なんでっ、なんでそうなるんですかぁ~!」


 泣きそうな声で抗議しているのはミリアだ。いや既に半べそだ。


「頼むよ。おそらくお前が適任だ」

「私もそう思いますよ。がんばって♪」


 提案したリルフィールドよりも、他人事のように能天気なエールを送ってきたユーテリアへ殺意の眼差しで睨む。

 しかし一ミリも意に介さないユーテリアを見、今度は縋るように隣のセントロを振り仰いだ。


「セントロさんも何か言ってください! いやていうかあんたが行きゃいいでしょ!」

「セントロはダメだ。リギニアとの会合があるから付いてきてもらわんと」


 『リギニア』とは隣街の名称である。ちなみにリルフィールドが守り愛するこの街の名は『レザント』。近場に中規模の都市が隣接するという、少々特殊な地域となっている。


「まあさっきのは悪かったわよ。でも実際のところあなたが適任なのは確かじゃない。それに組合長直々じきじきにお願いされるなんて自慢しても良い事よ。開拓者冥利に尽きるってもんでしょう」

「そうそう、組合長肝いり!」


 そんなセリフにミリアは暗く滲んだ眼を向ける。


「……わたしいま受付嬢だし」


 ずび、と鼻をすすって口を尖らせる彼女を三人が苦笑しながら見守った。


「ミリア、お前の力量に疑いようはない」


 受付嬢としての力量のほうは疑わしい。と一言余計ながらもセントロは続ける。


「先ほどの人型だが」

「……はい」

「二足歩行の魔獣でなく、もしも」

「―『魔人』だったらってことですよね。わかってますよ」


 もう一度「わかってんですよ」と呟いて、レザント指折りの権力者である三人の前にも関わらず、ソファの背もたれにだらしなくもたれかかった。


「わっかりましたよ。やりますよやりますよ! ついでに新人教育もやっちゃって持ち得る技術全て叩き込んでやりますよはいはいやればいいんでしょー!」


「助かるよ、超有望開拓者」


 自棄を起こしたようなミリアに苦笑しつつ、リルフィールドは改めて感謝の意を示した。


******


 つかれた。つかれた。


「つっかれたー」

 そう言って思いっきりベッドに倒れ込んだ。


「いってえ! あれぇ?」


 シモンズのように分厚いマットレスへ上半身から思い切り崩れ落ちたが、生成りのシーツをまとったベッドは俺を母親のように包み込んでくれなかった。


「チクチクする……あ、藁なんだ」


 時代が時代だからなのか、庶民の宿だからなのかはわからないが、現代日本人の軟弱な俺はこれだと熟睡できないかもしれない。


 ここはハリスに勧められた宿の一室。レンガと木材で造られた宿泊施設は美しいという程ではないが充分小綺麗であり、比較のしようも無いが高いとは感じなかった。つまり「いい宿」である。1階は受付兼食堂にもなっており、何組かの開拓者たちがめいめいに夕飯には早い飯を喰らっていた。


「ああ、だから」


 受付の背面棚に、掛け布団が並んでいたのを思い出した。気さくで対応の良かった受付のお姉さんに「掛け布団って別料金ですか」と聞くと、可愛いお姉さんはキョトンとしたあとケラケラと笑って「ちゃんと部屋にあるよー」と教えてくれた。であればなぜだろうと首を傾げたが、もしかしたらあれは掛け布団ではなく敷布団カバーの役割だったのかもしれない。


「そうであれば」と若干音の鳴るドアを開けて、再び一階の受付に向かう。


「―ありゃ、さっきのお兄さんどうしたの? ご飯はまだだよね」


 覚えてくれていたのは素直に嬉しいが、「常識の無い人」と記憶されていたならば恥ずかしい。


「それ、一つ貸してもらえます?」

「ああ。ふふ、『掛け布団』ねー」


 俺が「掛け布団」と勘違いした厚い布を渡しつつ「実はこれ、ベッドの上に敷くものでして」とにやにやしながら伝えてきた。


「遠い場所から最近来てさ。全然知らなかったよ」

「ごめんごめん、そういうお客さんもいるから気にしないでよ。雰囲気とギャップがあったから面白くてさ」


 頭を掻きながら弁解する俺に、彼女も笑って謝罪した。

 ベッドでさっさと疲れを癒そうと思っていたが、ここまで来たら外に出よう。透明度の低い窓ガラスから差し込む光はまだ夕暮れというほど朱は指していない。それに早急に対応する必要のある事項もある。


「あ、やっぱり貸してもらうのは後でいい? 少し外で買い物してくる」

「もちろんどうぞ。ちなみにどこ行くの?」

「この服、目立つみたいだから。あ、良ければこの辺でどこか手頃なところ教えてくれないかな」


 そういうと、彼女は遠慮なくまじまじと俺の全身を眺め、「お兄さんは開拓者なの? それとも商人?」と聞いてきたので、今日決まった職業ではあるが一応「開拓者」であることを告げた。すると「ちょっと待ってて」と言い置いた後、受付の裏にあるドアに一度消え、少しすると戻ってきた。


「休憩もらってきたから一緒にいったげるよ」

「……助かるけど。いいの?」


 思わず確認してしまったのは、今しがた出てきたドアの向こうから、「リラ!」と彼女のことであろう名前を叫ぶ声が聞こえたばかりだったからだ。


「いいのいいの、私今日働きづめだったし。あ、私リラね。お兄さんは?」

「オズ。じゃあ、悪いけどお願いする」


 後で野太い声の主、おそらくリラの父親には詫びを入れておこう。よしんば溺愛していたとしても、かどわかしたわけではないので殴られることはあるまい。多分。


「こっちこっち!」


 自然に手を引かれながら大通りに出る。組合の受付嬢とは縁が無かったが、宿の看板娘に手を握られたならばプラマイゼロだ。

 傾く陽射しによって伸びた影が石畳を斑に照らしている。通りは先ほどよりもにぎやかで、この世界の食卓の匂いが少しずつ香り始めていた。


 なんという一日だろうか。


 一度死に、一度転生し、初めて人を殺し、試合をし、開拓者となった。凡そ昨日からかけ離れたシチュエーションは現実感が希薄に過ぎる。

 しかしこの世界にも時間があり、日は傾き、人々は暮らし、その内夜が訪れて、住人にとってはいつも通りの一日が終わるのだろう。


(きっと、それほど違わない)


 俺にとって、今までの世界が住みやすかったわけでもない。

 城壁も贈装も貴族も開拓者もいる世界でも、俺はそう変わらずに生きていける。


 握られた手のぬくもりがひどく安心する。


 変わらない。

 「贈装」という特殊な能力を持っていたとしても、人間ということは変わらない。

 俺も同じだ。少々特殊な能力を持っているが、人間であることに変わりはない。


 そう思うと、なぜかこの世界のほうが生きやすい。そんな気がした。

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