第13話 人も獣

 成長著しい開拓者組合の最上階。ロビーを見下ろすガラスを背に、革張りのソファに座って向かい合うのは四人の男女。


「で。なんだって、ミリア?」

「えーと、はい。……セントロさんお願いします」


 初老の男性から指名されたミリアは少々ビクついた後、ボールをキャッチせずにセントロへ受け流した。右から左へと渡されたセントロは一つ息をつくと、向かいあう男女へ話し始める。


「少し前に認定試合を行った」

「あら、聞いていませんが」

「そうか。手違いがあったようだな」


 流れるような嘘にミリアが目を剝くがセントロは我関せず話を続ける。


「そいつは守備隊長補佐のハラスからの推薦でな。通門する際、俺に会いに行けと言われたそうだ」

「ほぉう?」


 ハラスという単語に二人は同時に反応した。


「詳細は後でハラス交えて聞こうか。―それで、試合の結果は?」

「クラス2に自動昇格だ。許可してくれ」


 そう伝えてセントロは隣のミリアに目で合図すると、ミリアは恐る恐るテーブルの上に書類を滑らせた。二人が同時に身を乗り出して書類に書かれている内容に目をやる。


「二十五歳? 私とあまり変わらないわね」

「え? ユーテリアさんてばもうさんじゅ」「変わらないわね?」

「―すみませんでした。そうですともそうですとも、大きな違いはありませんとも」


 から笑いするミリアと凍てつく波動のユーテリアを放って、マスターであるリルフィールドがセントロに問いかける。


「贈装については『ナイフ』以外に記載なしか。しかしハラスの推薦てことは」

「少なくとも異能付きだ。それは認定試合でも確認した」


 セントロは束の間目をつむって思い出す。顕現後のあの速度は間違いなく身体能力向上系。且つ、膂力よりも速度の異能であることは明白だった。しかし。


「……気になることだらけだ」

「何がだ?」


 思わず漏れた単語をリルフィールドは聞き咎めた。セントロの視線は天井を向き、誰にともなく続ける。


「間違いなく速度上昇系の力だった。そもそも顕現速度からしてイカれていたが、試合の中でなんとなく、こいつは他にもまだ何かあると思った」

「イカれた顕現速度はスルーしていい話じゃないですが……」


 言いつつ、ユーテリアもセントロに先を促す。


「オズの剣戟は全てが急所狙いだった」

「それは、普通じゃないのか」

「まあ、普通のことだな」


 おいおいどういうことだ、とリルフィールドが急かす。ユーテリアもミリアも興味を引かれたようにセントロを見るが、当の本人は上を向いたまま黙考の形を崩さない。


 戦いの最中、オズの一撃一撃に危険視号アラートが鳴り響いた。小手への刺突も肩への閃撃も全て「もらったら致命傷」と本能が察知する。


(もしや)


 もしや、あれも異能だろうか。であれば、的中クリティカルに特化した異能か。そんなもの聞いたことが無い。つまり彼はUnknownな異能を持っているというのか。

 さらにあの気配の薄さ。あれももしや異能か。

 そうなると余りにも恐ろしい。今後彼が手練れてくれば、気配に聡い魔獣でさえ気づかぬ内に屠ることができるのではないか。


全能型オールラウンダーではなく特化型スペシャリスト。しかし一先ず)


 一先ず、今まで挙げた全てを鑑みていえることは一つ。


「危険な能力だ」


 ぼそりと呟いたにも関わらず、その言葉は部屋に大きく反響した。


――

「なるほどなぁ」

「たしかに、危険ですね」


 ユーテリアの声音はしかし、若干危機意識に乏しく聞こえた。

 それはリルフィールドも同様である。どころか、二人にはどこか脳内で算盤を弾いているような上の空感が漂っている。その理由を理解しているセントロは顔をしかめた。解かっていないのはミリアだけだ。


「ユーテリア、リルフィールド。オズは開拓者だ。お前らがこれから判を押せばではあるが。開拓者は本来自由な職業だ。組合の都合で縛るようなことはするなよ」


 釘を刺したセントロを不思議そうな目でミリアが見る。ユーテリアは美しい顔を元の澄ました色に変え、リルフィールドは頭を掻いた。


「そうは言ってもなセントロよ。顕現速度、身体速度、没気配、さらに急所への的中率。これは放っておくほうが却って不味いだろう」

「何ら不味くはない。それらは間違いなく魔獣を討ち、生きていくための力になる。それで充分だろう。力を持つ者は皆等しく能力を発揮せねばならない。とは決まっていない」


 淡々と言い返したセントロを、苦笑しながらリルフィールドは語り掛ける。


「そんなことは分かってるよ。お前の言う通り開拓者は自由であり、都市にも国にも縛られない。都市間や諸国を渡り鳥の如く放浪することが可能な職業さ。まあ、表面的にはな」

「……」


 リルフィールドは立ち上がり、ガラス張りの下を見下ろす。眼下のロビーには今も所せましと開拓者達がたむろしている。自身の能力を過信し、千金に値する人間だと勘違いした者のなんと多いことか。


「だが、それはあくまで『普通の』開拓者の話。オズくんとその異能は遅かれ早かれ気付かれ、都市や国の一助となることを求められるだろう。お前がそうであったように」


 再びソファに腰を下ろした組合の長は、開いた足の膝に肘を乗せ、頬杖をついて前のめりの姿勢となった。

 そして「なあセントロよ」と呼びかける。


「俺に私利私欲が無いとは言わん」

「むしろ塊ですね」

「ミリア減給」


 瞬時に身を固まらせて受付嬢をよそに、リルフィールドは視線をセントロから離さない。


「ただ俺は、この街を愛している。この街と、この街の人間を守ることが俺の使命だと思っている。だから、この七面倒くさいポジションも引き受け、自衛力の強化に日々勤しんでいる」


 セントロも頷く。彼の行動原理が「この街を守りより良く発展させること」から来ているのは、紛れもない事実だった。


「しかしどれだけ尽力しようと、守り切れない事態に直面することもある。お前を以てしてもだ。何故か。凡そ人対人の争いは古来より、正義と悪が戦っているわけでもなく、情報と権威に左右され、平民では伺い知れない場所で既に決着がつく事さえあるからだ」


 頬杖を外し、手のひらを握る。ミシリと音がしそうなほど固く結ばれた拳だった。


「外交の圧力を躱す抑止力として、オズくんの力は使える。……俺は、街を守るためであれば、彼に協力を求めるだろう」


 その言葉に、セントロはリルフィールドを見た。問いかけるような目だ。


「暗殺か?」


 チラリとミリアを見ながら、鈍く光る視線をリルフィールドに投げかけた。


「嘘は言わん。どうしても必要であれば依頼することもあるだろうさ。しかし無理強いはせん」


 「神と、この街に誓おう」と組合長は続け、セントロを見返す。

 時計の音がいやに大きく聞こえる数秒の間、帯電する緊張感が部屋を満たす。


 しかしその後、「承知した」とセントロが頷いたとき、張り詰めた空気が一気に弛緩した。


――


「しかし無理強いしないならば、何故オズを囲いこもうとする?」


 その台詞にリルフィールドは背もたれに背を預けた状態で返す。


「一つは他の都市、いては自国他国にオズくんが奪われることを防ぐため。まあ、青田買いみたいなもんだ」


 「非常に良く実りそうだしな」と笑うリルフィールドに対し、もう一つの理由をセントロは目で促した。

 リルフィールドは背もたれにもたれかかったまま勿体ぶるように話を続ける。


「もう一つは言った通り、抑止力のため。しかし暗殺者としてではないならば、どうやって彼の力を喧伝するのか、と言いたいんだろう」


 そして今度はリルフィールドがユーテリアに目配せする。

 意味するところを理解して引き取ったユーテリアが、セントロに向けて説明を始めた。


「既にご存じかと思いますが、隣町の東側に位置する森で魔獣が活性化しています」

「……そうだな?」


 それがなんだ、と言いたそうなセントロと空気に徹していた読める子ミリアが次の言葉を待つ。



「―開拓者の中で、人型らしき黒い魔獣を目撃した、という情報が上がっています」

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