第9話 実は拳で語り合う系

 「でっか」


 見上げる格好で思わず声に出すと、近くのグループから笑われてしまった。

 確かにさっきの台詞は、東京駅に降りた田舎者が丸の内ビル群を見て言うセリフと全く同じだった。


 いや、俺はこれよりも数十倍高い建物見たことあるし?あくまでこの世界の基準からすると大きいっていう素直な気持ちを声に出しただけだし?

 と弁解したい気持ちはあるものの、言ったら次は奇人扱いされそうなので黙っておく。どうせ俺は服装も変だし、辺鄙なところから来たんだろうと皆から思われているだろうしどうせ。


 それにつけても開拓者組合は美しく広かった。

 ロビーは人も多いが広々としており天上も高い。床は大理石のように磨き抜かれた光沢を放っていた。建物はロビー上部がとてつもなく高い吹き抜けになっており、一列に整然と並んだ受付カウンターの上方を見上げれば、5階まで存在するらしくガラス窓が4列並んではめ込まれ、受付に並ぶ開拓者たちを見下ろせるようになっている。

 外から見た感じ横にも広そうであり、強大な力を持った組織であることに疑いようは無かった。


「ようあんた」


 そこで死角から声を掛けられる。自分に声を掛けるやつなどいないと高を括っていたので驚いて振り返ると、先ほどすれ違い様に笑っていった一団であった。未だにニヤニヤしている。

 みんな若い。十代だろう。


「……なにか?」


 若者特有のウザ気な気配を感じた俺は非歓迎さを込めて返したが、残念ながら先方には届かなかったようである。


「あんた、今日初めて来たんだろ? さっき聞こえてたぜ」

「でしょうね」


 何も無いのに笑ってたら変人だ。


「もうあんた新人って歳でもねえだろ? 今更何考えて開拓者になろうと思ったわけ?」


 煙たそうな態度を隠す必要の無いやからだと分かってからは、逆に気が楽になる。


「特に理由はないですよ。強いて言えば、衛兵さんにおすすめされたからですかね」


 俺の言葉に、年下の青年たちは小馬鹿にしたように失笑した。


「夢見がちなおっさんもキモいけど、大した目標もなく開拓者になろうとしてるおっさんもキツイわー」


 割合大きな声でそう言うと、後ろにいた男3人と女2人が追従するように笑った。しかし残り2人の女子は気まずそうだったり無関心な顔をしていたので、仲良しこよしの一枚岩ではなさそうだ。


 そしてどうでもよい話でもあった。

 「はぁ」と気の抜けた相槌を打す。


「それで、何が言いたかったんです?」

「……ああ?」


 気分良く目の前でオラついていたガキだったが、俺が一切日和ひよってないことに気付くと今度はすくい上げるように睨みつけてきた。


「もう言う事ないなら、受付行かせてもらっていいか?」

「―はっ、どうせ受付嬢目当てだろ。実力無いおっさんはモテねえからよ」


 「たしかに美人揃いだからその気持ちもわかっちゃうけどなあ」と言うと、グループの女子の一部が「やだー」と囃すように笑った。阿保らしい。


「だが俺らは違うぜ」


 もういいかと思って数歩歩き出したが、彼らは何故か自慢げに喋りながら俺の進む方に付いてくる。なんだこいつ、もしかして俺のこと好きなのか。


「この街の開拓者組合には一人、王都でも一目置かれる指導官がいる。そこらの人間じゃあ相手にすらしてくれねえ人さ。だが俺らは違う」


 二度言わなくても、お前らが違うのは分かった。確かにこの小物感と図々しさは一般人と大きく違う。

 無視してズラリと並んだ受付カウンターを見回すと、一際ひときわ異彩を放つ一角が目に付く。


(間違いなく、あの人がハラスさんの言う「白髪オールバックのおっさん」だな)


 見たまんまである。総白髪で鷹の目のような眼光をしたミドルエイジが「ギロリ」という擬音が聞こえそうな目線でロビーを睥睨していた。


「ほら、あれがセントロさんだぜ。つっても田舎もんは知らねえか」

(おお、まだいたのかこいつ)


 奇遇にも同じ受付に用があったらしい。あちらも俺が同じ方向に進んでいることに気付いた途端、薄笑いを浮かべて「あんたじゃ相手にされねえよ」と言い置くと、俺を追い抜いてセントロと呼ばれた男の前に立った。


 受付のセントロさんは一瞬俺を注視した後、次にカウンターの向かいに立った8名の男女に目をやった。


「初回登録か」


 意味もなく緊張を促す、重々しい声だった。


「あっ、そ、そうです。俺ら、アギオの街のザリオ道場から来ました」

「ザリオ道場。……知らんな」


 その瞬間「えっ」という言葉と共に全員が固まった。いち早く立ち直ったのは、イチャモンつけていたリーダー格の男だった。


「そんな! あ、ザリオ道場の師範代、リオルグ先生からの紹介です!」


 その言葉にセントロさんはようやく微かな反応を示す。


「アギオの街のリオルグか。そいつなら何となく覚えている」


 そっとため息らしきものをきつつ、「全員そこで待っていろ」とカウンター横を指で示し、「それで?」と続けた。


「え?」


 リーダー男が疑問の声を上げるが、「お前ではない」と言い捨てたセントロさんは俺を見ていた。グループ全員がこちらを振り返る。


「お前も初回登録だろうが、何者だ?」

「……オズと言いますが」

「オズか。いや、名前はいい」


 こちらに来い、と手招きされたので言われた通り近づく。


(―おお怖い)


 この気配は、およそ二十五年間生きてきた日本では一度も感じたことがない。これがこの世界で、魔獣との戦いを生業としている人間の持つ雰囲気なのか。

 無意識に死相を視たが、殊更もやが薄い。


(これはすごい)


「オズよ。お前は誰に紹介されて俺のところに来た」


 呼吸も躊躇しそうになる声。ただこの問いは答えやすい。


「先ほど街に入る際、門番の衛兵さんに勧められまして。ハラスさんという方です」

「ほー」


 ハラスさんの名前が出ると、警戒の混じる視線が興味深そうな色に若干ではあるが変化した。


「なるほど、ハラスがな。―面白い」


 そして「では」と続ける。


「特別に認定試合をしてやろう。闘技場にいくぞ」


 その言葉に8人グループ + 俺の声が重なった。


「「は?」」

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