第8話 優秀な衛兵と異世界の屋台
「面白そうなやつが通りましたね」
「そろそろ敬語やめてくださいよレイフさん」
はっはっは、と豪快に取り合ってくれないレイフに苦笑いしながら、「面白そうなやつ」が通り過ぎた方向に目を向ける。
「初めて見ましたよ」
「ふむ?」
何が、とレイフさんは目で促した。
「あいつの持ってたナイフ、異能付きでした」
「……それはそれは」
驚いた顔をしたレイフさんだが、少し反応に困っているようにも見えた。確かに異能付き贈装は珍しくはあるが、驚愕するというほどではない。まああれほど軽装で珍妙な恰好をした男が異能付きを持っているのは不可解ではあるが。
異能を発現するのは大概貴族かよっぽど才能豊かか、運のいい人間だけだ。
―俺のように。
「あいつのナイフからね。何も『読み取れなかった』んですよ」
しかしこう付け加えた瞬間。元々小さなレイフさんの瞳がキャビアに見えるほど大きく見開かれた。
「
「それか特殊条件付きってやつかもしれないです。もしかしたら、その両方かも」
「……そりゃまた」
「なんでまたここに」という言葉が続きそうだった。しかしそれは声に出さずに、レイフさんはさっき「面白そうなやつ」と評した男の、既に見えない背中を睨みつけた。
「悪いやつじゃなさそうでしたよ」
と取りなしつつ、俺はオズと名乗った男の瞳を思い出す。ここらでは見ない黒い瞳は濁ってはいなかったが、同時に何も見通すこともできなかった。
「セントロさんを紹介しておきましたし」
「ああ、なら一先ずは安心ですな」
試金石として比較するにははいささか硬すぎる石だが、Unknownな異能付きならば話は別である。最前線から退いたとはいえ、貴族含めこの街でクラス6に所属するのはセントロさん以外にいない。いや、この規模の街ならばどこであれ、セントロさんクラスなどいやしない。
(さてどうなるか……)
何か刺激的な未来が迫ってくるのを感じたのか、ハラスの右腕が不意に粟立った。
******
「ほぉー」
城壁という時点で西洋風だなと思ったが、街並みもどこかで見たような欧州の景色だった。もしかしたら妄想と虚構の世界、ナーロッパかもしれない。
城壁のレンガと同じ色の家が立ち並ぶ。しかしここの住人の美的センスが画一的であることを許さないのか、彼らは壁色が同一である代わりに屋根で個性を表していた。緑や赤、朱色に青色といったカラフルな屋根が見上げる位置からでも分かって、通りを歩く旅装の人の目を楽しませる。
壁色が一緒だと言ったがいくつかの建物はやはり違う。ざっと見たところ、それらは大通りに面する何がしかのお店であるようだった。強めに焼きを入れた赤レンガ色の建物や、光沢のある石造りの建物が点在し、どこか格式高さをうかがわせて俺を怯ませる。貧乏人はお呼びでないって感じだ。
そんな俺は、大通りの奥の突き当たり近くにあるという開拓者組合へ行く道すがらだったのだが、先ほどからチラチラと見られていることを自覚する。まあ致し方あるまい、と諦めの境地に達し気味であったが、服装はどうにかしなければいけないことを早々に痛感していた。
それはそれとして。
唐突に腹の虫が威嚇するような唸り声を上げた。
おかんむりってことらしい。早急に何か詰め込まなければ、美人が多いという受付ロビーで怒りの声を上げて恥をかきそうである。
すると不思議なもので途端に鼻が利き始め、通りに広がる数種類の香りを嗅ぎ分ける。大通りの端から見渡せば、舗装された道の両端には食べ物を売っていそうな店も目に付く。しかし入店に躊躇してしまうのは大通りに面している店は重厚な造りの店ばかりで、服装にもマナーを求められそうだからだ。
ううむ、と唸りつつ一度立ち止まって再び見渡すと、今いる大通りから路地が枝分かれしている事に気付いた。試しにと一度道を折れれば、俺の望んでいた庶民的なお店がそこには広がっていた。
その中の一つ、店舗ではなく路上で開かれていた屋台から漂う香ばしい匂いに釣られてふらふらと近づいた。屋台というのがまたグッドである。古今東西地球異世界博多天神どこだろうと屋台にドレスコードなど無かろうもん。
「らっしゃい。変な格好してるね」
開口一番客に向かって失礼な態度ではあるが声は明るい。鉄板の上で焼かれているのは鳥肉らしき物体。スパイシーな匂いは肉にまぶされた黄褐色の粒々だろうか。腹を下して異世界の洗礼を喰らうかもしれないが、俺のお腹はそろそろ金切り声さえ上げそうなので物は試しで一つ注文した。店主は手早く肉を串に刺し、「はいよ、200エニーだ。旨いわりに安いぜ」と笑って手渡された。
何食わぬ顔でハラスに渡した貨幣と同じ大銅貨を手渡すと、「ちょっと待ってな」と言った後、中銅貨が8枚返ってくる。
少し貨幣の価値が分かってきた。200エニーは200円くらいだろう。ということは大銅貨は1000エニー。まあ1000円札くらいである。
大銅貨を渡してハラスは「気前がいい」と言った。確かに検閲の兵に1000円は心付けとしては多めかもしれない。しかし有益な情報やサービスへの対価としては妥当だろう。悪くない判断だったと今更俺は胸を撫でおろした。
ともあれまずは、口の前まで持ってきていた鳥っぽい肉にかぶりつく。海外で食べるような少し青臭い鮮烈な刺激が舌に直に旨味を伝える。
「うまいな」
思わず呟くと、「だろぉ?」と屋台の店主がデカい声で割り込んできた。「ああ、ほんとに美味いよ」と繰り返すと、店主は嬉しそうに何かを数粒こちらに放り投げてきた。
「サービスだよ。 ん?なんだ、ロコの実も知らねえのか?」
よくある口直しの実らしい。店主の話を聞いている間に鶏肉はきれいさっぱり食べあげたので、ロコの実と呼ばれている緑色の実を一粒だけ口に放り込んだ。途端に強烈で爽快な息が口と鼻から突き抜ける。ミントの親玉みたいな味だった。
「どうせ兄ちゃんみたいなのは、この後かわいい
と考えたところで、俺は美人の隣に座っている怖いおっさんと対面するのだと思い出して、組合への足取りが重くなった。
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