第3話 堕落論
あまり良い状況ではないことはすぐ理解した。俺は知らず片手で口を押さえた。
違う。
―怒声がこぼれてしまわないようにだった。
******
とりあえず「まあまあ安全で」「街が近くて」「その割に人通りが少なくて」「その上水場が近い」という、世界に数千はありそうな場所に落とすと宣言した神の言葉通り、目覚めた世界は人通りの無い、さりとて進むこともままならないとも言い難い、木々がまだらに茂った林であった。
自分の身体が以前の通り動くことをひとしきり確認した後、ひとまず水場を探してみると、三十分も経たない内に細い川を見つけることも出来た。
しかし、この世界は魔獣が跋扈すると聞いていたが、今は小鳥がチュンチュン
あの二人間違って軽井沢に落としたのかな、と心配になった矢先、平和の象徴のような小鳥の声に混じって、微かな悲鳴が聞こえた気がした。
「……」
のそりと脚を踏み出すと、なるべく葉擦れの音を出さないよう声のした方向へ近づく。別にどうすると決めたわけではなかった。この世界の人間に会えるのであればそれも良し。まずはここが異世界なのか軽井沢なのかを判断したいだけ。という建前を用意して行動に移す。
声が、いや悲鳴が鮮明になる。もはや方向に迷うことはなかった。嫌な予感が左胸を速いストロークで叩き始める。泣き喚く声の主は子どもだ。おそらく女の子である。一刻も早く辿り着きたいところだが、逸る気持ちを慎重にさせる声が近づくごとに明瞭になる。数名の男の、下卑た声だった。
不意に木々の隙間が連なって視線が抜ける。二十メートルほど先に見えた事実は、割と色々あった己の人生の中でも最高ランクに胸糞悪い光景だった。
――
「おかあさんっ! おがっ、おかあさん!」
顔を歪め、目元も頬も涙でびしょびしょになった女の子。もがくその子を後ろから羽交い絞めにしてニヤニヤと笑う体格の良い男。幼女の視線の先には、母親の姿は見えない。三人の男が覆いかぶさっているからだ。
「やめてっ! おかあさんっ!おかあざん!おかあざん!」
鼓動は未だ強く鳴っていて、鼓膜から飛び出しそうだ。
「―すうぅー」
しかしそれは緊張でも不安のせいでもない。
「ふぅぅー……」
怒りだ。
あの二人が教えてくれた、俺の『死相視』が過去無いほど拡張されるのを感じる。
俺の視界に収めた全員から、黒い靄が湯気のように吹き上がっていた。
なぜだろう。
知れたこと。
俺がこれから殺すからだ。
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