第2話 Rational なサイコパス

 さらさらとした粒子が風の無い空間に舞い上がって消える。


「久しぶりの地球産SSRギフテッドだね」


 最後の一粒が消失したことを見届けて、女型めがたの管理者がつぶやいた。


「生きていければいいが」


 男型おがたの管理者は冷徹そうでいて情が移りやすいのか物憂げに返した。その言葉を聞いた女型はしかし、やれやれと長い髪を揺らした。まるで「わかってないな」とでも言いたいような身振りに思えて、男型は眉根を寄せる。


射馬イルバは頭がいいのに馬鹿だよね」


 予想よりずっとひどかった。しかしイルバと呼ばれた男型は表情を変えずに返す。


鮮李アザリ、他人に馬鹿と言う権利はお前にはない」


 しかしアザリはこたえた様子もなく、「つうれつー」と笑った。イルバはため息を吐きつつ話の続きを促す。


「で、そう思った理由は? 次の世界は死があまりに身近だ。地球とは常識も違う。彼のナイフ・・・・・は持たせたが、最初は傷つける事さえ躊躇するだろう。……転移した直後に悪人に出くわして、最悪な事態にならなければいいが」


 話す内に不安になったのだろう。最後はただの心配で終わったイルバを見て、アザリが「親御さんかよ」とぽそりとツッコんだが、切り替えて話し始める。


「オズくんは普通じゃないでしょ」

「? それはそうだろうが」


 男の不思議そうな顔を見て、アザリは「言い方を変えましょう」と受けた。


「オズくんは頭がおかしいんだよ」

「それこそお前がいうなよ」


 不服そうなイルバに対して、アルバは少し詳しい見解を付け足す。


「『死相』は強力な力さ。でも日本って国は、死以前に怪我の可能性までこそぎ取ることに心血注いでいる場所だからね。彼の本領は発揮されなかった。どころか、一般社会に混じって生きるには邪魔だったろうな」


 彼の短い生涯についてはお互い事前に把握している。イルバがアザリの言葉に反駁することは無かった。


「しかし次の世界は違う。生と死が隣り合わせ? ―けっこうなことじゃないか!それこそが彼の輝く場所だろう!」

「……能力的にはそうだろう。だが彼は地球の、安全な日本の、一般人だ」


 その返答にアザリは胸を膨らませ弾き飛ばすように言い放った。


「やっぱりイルバは馬鹿だな! いま言ったろうオズくんは頭がおかしいんだよ! 曲がりなりに一般人に紛れることが出来たのは、彼が普通の人間だったからじゃない。彼がイカれてたからだよ!」


 要領の得ない顔をしているイルバに向けて、「考えてもみなよ」とアザリは大きく身振りする。


「あの事故をきっかけにオズくんは死相視を得たが、普通の人間なら死の気配や死点を視てずっと正気でいられると思う?」


 その言葉にイルバは何も答えなかった。単純にわからなかったからだ。


「彼が二十五年の生涯で死相視を使って死に至らしめたモノはわずか二つ。二回だよ?信じられるかい? 死相の力は人間にはデカすぎる。自制できるものじゃない。第三のキラになるか精神崩壊したっておかしくない。じゃあなぜ彼はあんなに普通に見えるんだ」


 彼はおかしいんだよ、とアザリは再び繰り返した。


「僕らは神じゃない。だから彼の死生観なんて分からない。けどきっと僕らと似ているよ。自分と自分以外の大事な物に深刻な害が無いのなら、尊いも卑しいも関係ない。他人に強烈な死の影が視えたとしても、見守ることを選んだんだと思うね」


 ほら僕達みたいだろ、と、とにかく嬉しそうに女は語る。


「それがイカれてなければなんなのさ」


 アザリの三日月のような笑顔から、イルバは目を背けた。


「だから、次の世界でも生きていけると?」


 否定も肯定もせず聞くと、アザリは打って変わって落ち着いた声音に戻る。


「いや、今言ったことはまあ僕の願望だよ。そうあればいいなって。ただ、もしそうならオズくんは間違いなく生きていけるよ。頭もいいし、言葉も通じるし。彼のナイフも『死相』にピッタリだったしね」


 アザリは上を見ながら、最後は独り言のように続けた。先ほど舞い上がった粒子の軌跡を追うように言葉を紡ぐ。イルバも天上を見上げた。


「短い生涯だったけど、オズくんは力を抑え込んで一度も人間を殺さなかった。それはひとえに法を犯しても殺したい程の人間がいなかったことも一因だと思うんだよ。 ……でもこれからは違う。殺さなきゃ殺される世界だ。人と蚊の命の軽重もわからない馬鹿が溢れる世界さ」

「……彼なら、理解できるということか」


 不意にそう零すと、アザリは少し驚いた顔をした後に「さすが、やっぱりイルバは頭がいい」と嬉しそうに笑った。


 アザリの言葉を聞き流しながら、イルバは今までの話を反芻する。彼女の与太話がもし、本当にオズの心の内を言い当てていたのであれば。

 確かに彼はできるはずだ。人殺しを。


 彼にとって一番簡単な作業を。

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