思い出したくない
目を閉じ、昔を思い出しながら瞑想していた僕の肩をトントン、と伸ばしたスライムボディでつつかれたので、目を開ける。するとよく分からない事がいっぱい書いてある紙が出来上がっていた。当然だろう。ずっと僕の手を動かして、文字を書いてくれてたのはウィフレなんだから。
「終わりましたか?」
「……うん」
「流石ですね」
ほんとにね。スライムでこんなことできるのってウィフレぐらいじゃないの? 身内びいき無しで凄いよ。しかもあれから11年も経ってるのに、未だにウィフレの存在を知ってるのは僕ぐらいだ。……僕が口でそう言っても信じてくれないし、基本僕の言葉なら何でも信じてくれる幼馴染達でさえ信じてくれない。
よく分からないものを書き終えたので、僕はクランマスター室のソファに深く腰を下ろした。
「ふぅ……」
深く息を吐く僕を、エトーレが白い目で見ている気がするけど、もうそれはとっくの昔に慣れた。
「……エトーレ、君は優秀だ。だからこそ特別にこのクランマスターの席を君に譲ろう」
「ふざけないでください」
何もふざけてなんかいない。どう考えても僕よりエトーレがクランマスターをした方がこのクランのためにもなる。
「えー」
「えー、じゃありません。いつも思いますけど、でしたら何故この
「クラン名の通りさ。嫌々作らされたんだよ」
「……だからこんな名前なんですか?」
「……どうだろうね」
……うん。いくら本当に嫌だったとはいえ、この名前はないよね。分かってるよ。僕が一番分かってる。だからそんな目で見ないで。この名前のせいで最初クランメンバーが集まりづらかったのは知ってるから。……知ってるだけで僕は何も出来てないんだけどね。
「そんなに嫌だったなら断ればよかったのでは?」
「……それが出来たら断ってるさ。そもそも、最初に言われたのはクランマスターじゃなくて貴族にならないか? だったからね」
「そ、それ断ったんですか!?」
「うん」
まぁ、気持ちは理解できるよ。僕みたいな辺境の村出身の人間にとって貴族なんて普通は会うことすら出来ない存在だ。まさに雲の上の存在。それにならないか? と言われてるんだから、それがどれほどのことかぐらい、いくら僕でも分かったさ。
「よく、断れましたね」
「苦労したよ」
当然、ならないか? なんて聞いてくるのは建前で、実質命令みたいなものだった。でも、嫌だったんだよ。自分の才能の無さに気がつきながら貴族になるなんて有り得なかったんだよ。たとえ反感を買おうともね。
「……荒れなかったんですか?」
「……」
荒れないわけが無い。……なのに何故今僕は貴族じゃなく、クランマスターの地位に収まっているのかと言うと、簡単に言えば幼馴染の何人かが暴れた。
……正直あんまり思い出したくもないんだけど、確か僕が嫌だって言ってるんだから、当然それ相応の理由があるに決まってるだろ的な感じで暴れてた気がする。
……うん。思い返すと王城の玉座の間の、王様が座る椅子が
綺麗に真っ二つになってた。もう、それしか思い出したくない。
今思えば本当に奇跡だよね。誰一人捕まらずに僕の幼馴染達は今もハンターをやってるんだから。
ちなみに僕のパーティの名前は
まぁともかく、そんなわけで流石にそんなことをして、クランマスターの方まで断るのは僕には出来なかったんだ。
「まぁ、ともかく、僕は今から忙しいから、悪いけど早くこの部屋から出ていってくれると助かるな。エトーレも暇じゃないでしょ?」
「……分かりました」
エトーレが部屋を出ていき、完全に人の気配(僕には分からないけど)が無くなったところで、僕の方に乗っていた人見知りのウィフレが地面に飛び降り、姿を現した。
「いつもありがとね」
僕がそう言うと「問題ないよ!」と言いたげにプルプル震えるウィフレ。……本当に良い奴だ。僕の意思のある魔道具ちゃん達にも見習わせたいぐらいだ。
最近思うんだ。あの魔道具ちゃん達が僕に従わないのは単純に主人がわかっていないからでは? と。だって僕の体内魔素量は0だから、自分で魔道具をチャージすることすら出来ない。だからこそ、いつもパーティメンバーかクランメンバーに頼ってるわけだけど(ウィフレは魔法は使えるけど、何故か魔道具をチャージすることだけは出来なかった)だからこそ、いつも魔素を込めてくれる人達を主人と思い、僕のことを主人だと思ってないのでは? と思い始めてきている。
今度魔素を込めてもらう時、ついでに魔道具を使ってみてもらおう。そしたらすぐに結果は分かるはず。
そして僕がそれを決めると同時に、ウィフレが僕の方に乗り、姿を消した。
誰かがこの部屋に近づいてきてるってことだ。
基本的にクランマスター室の出入りは僕のパーティメンバーと一部の者を除いて禁じている。
エトーレが戻ってきたのかな? 僕のパーティメンバーは今この王都に居ないはずだし。
そう考えていると、扉がノックされ、エトーレの声が聞こえてきた。
「ウィルさん、入ってもいいですか?」
僕は悟った。絶対に僕にとって嫌なことだろうと。
だからこそ僕はこう答える
「僕は今冬眠中だよ。また目覚めた時ね」
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