違う、強いのは僕じゃなくてこのスライムなんだ〜だから祭り上げるのはやめてくれ〜
シャルねる
全てが始まった日のこと
「はぁ……」
「またため息ですか? ウィルさん」
呆れた表情で僕を見ながら仕事を渡してくる、きっちり着こなしたスーツを着、僕とは正反対のキリッとした表情をして知的な雰囲気を持ち、桃色の髪をしたウルフヘアーのこの女の人は僕のクランの副マスターの、エトーレ・グラスコフだ。
「ため息もつきたくなるよ。僕はなんの能力もないのに、クランマスターなんてやらされてさ」
「……なんの能力もない人はそんなふうに視線を向けないで紙に文字を書くことは不可能です。それにあの歳でドラゴンだって倒せませんし、S2ランクのトレジャーハンターにだってなれません」
……まぁ、そうだろうね。でも違うんだよ。今僕の手は勝手に動いてるんだ。僕の意思じゃないんだ。紙を見ないで文字なんて僕には書けるはずがない。それに、ドラゴンだって僕が倒したわけじゃないんだ。
……はぁ。なんでこうなったんだっけな。
僕は目を閉じ、こんなことになった理由を思い出すために瞑想を始める。
目を閉じながらペンを動かしている僕をエトーレが奇怪そうな目で見てるとも知らずに。
あれはちょうど11年ぐらい前だったかな。当時の僕はまだ5歳だった。あの頃は良かった。村の友達、今では幼馴染だけど、その幼馴染達と一緒に本気で強くなれると思ってた。強くなって最強のトレジャーハンターになれると信じて疑わなかった。本当に才能ってのは残酷だよ。……あぁ、こんなことを思い出そうとしたわけじゃないんだ。僕が今思い出そうとしてるのはこうなった原因だ。
その5歳だった僕は一人で森の中に入ったんだ。ポケットに安物のポーションを一本だけ入れて。今思えば、あの頃は運も良かったな。魔物に一切出会わなかったんだ。
だから僕は、おばあちゃんに教えてもらった薬草を適当に持って帰ろうとした。その時だった。スライムが僕の目の前で、多分だけど、死にそうだったんだ。
「た、大変だ! 何とかしなきゃ」
僕はそう思ったんだ。今だったら魔物だからと切り捨て、たった一本のポーションを使おうだなんて絶対に思わない。僕は弱いからね。
「こ、これを飲ませれば……」
僕はポケットからすかさずポーションを取り出し、スライムに飲ませようとしたけど、スライムの口が分からなかった。だから子供の僕は、今ならありえない選択をした。
「えいっ!」
ポーションが入った瓶をそのスライムに思いっきり突き刺したんだ。
今思うなら絶対に死ぬと思う。ただ、何故かそのスライムは一気に元気になったんだ。どう考えても攻撃行為だと思うんだけどね。だって瓶の蓋開けてなかったもん。これに関しては今でも理解ができない。
「な、治ったのか?」
そう呟く僕の前で、そのスライムは「もう大丈夫だよ」と言った感じに上下運動をしていた。
なんとなくそれを感じ取った僕は言う。
「そっか、良かった。じゃあね」
そう言って帰ろうとすると、スライムが僕の肩に飛び乗ってきたんだ。……この時に気がつくべきだったのかもしれない。いくら5歳児の小さな体とはいえ、普通のスライムが飛び乗ることなんて不可能なことを。
「……一緒に来るの?」
そう言うと、そのスライムはまた上下運動をした。
「じゃあ、名前決めないと!」
無邪気なものだよ。
僕はこの頃の僕に言ってやりたいものだよ。「スライムとの出会いは幸運でもあり、不幸でもあるよ」と。
「僕がウィル・フレータだから、君はウィフレだ」
そう言うとそのスライム――ウィフレはプルプル震え出した。
「うん。喜んでもらえてよかったよ」
脳天気な僕はルンルン気分で家に帰った。
当然森に入ったことがバレた僕はめちゃくちゃ怒られた。そして一番心にきたのが、当時4歳の妹に「危ないことするお兄ちゃん嫌い」と言われた事だ。あれは5歳児ながらに効いた。
その時は知らなかったけど、血は繋がってないらしい。
泣いて泣き喚いて、許しを乞うて、その日は許してもらった。……あれ、もしかして今の僕とやってる事あんまり変わらない? ま、まぁそれは置いといて、僕は新しい家族が出来たと紹介しようとしたんだ。許されたからね。
「あ、あれ? 居ない……」
そう。いなかったんだ。
僕はもう早く寝なさいと急かされた事でベッドに向かった。
あの時は泣きそうだったよ。せっかく出来た家族がいなくなってたんだから。でも、僕がベッドに着くと、ウィフレは突然現れた。何も無かったはずの場所から。
「な、なんで!?」
僕が驚いていると、次は目の前でウィフレは消えたり出てきたりしだした。僕はウィフレが消えたり出てきたりしてる場所に手を伸ばすと、消えてもウィフレに触れてる感触があった。だからこそ、そこで脳天気な僕は思った。透明になれる珍しいスライムなんだなぁ……それでいて人見知りでもあるんだ。ってね。今考えると透明になれるスライムなんか珍しい所の騒ぎじゃない。ありえない存在だ。
まぁ、そんなことも知らない僕は、いつかはみんなにも紹介出来るでしょと考えて寝た。
そしてウィフレを紹介できないまま数週間。その日、何の変哲もない辺境の村に突然それはやってきた。……赤い鱗を纏ったドラゴンだ。大きさは15から20メートルぐらいの化け物だった。
村は当然パニックになった。僕も早く逃げないとと思った。でも、視界に入ってきちゃったんだ。幼馴染の一人が、一緒にハンターになると誓った奴が食べられそうになってる所が。
僕は何も考えられなくて、気がついたら走り出してた。今の幼馴染なら余裕で倒せるだろうけど、当時はまだ幼馴染も普通の子供だったからね。
ドラゴンの前に立ち、両手で僕は幼馴染を守るようにしたけど、そんなのドラゴンには無意味だ。だからそのまま二人一気に食べられる……そう思い僕は足が震えた。死ぬと思った。だから、せめてもの抵抗に顔を殴ってやろうと腕を振り上げた。……その瞬間だった。ドラゴンの上半身が吹き飛んだんだ。
「「へ?」」
僕と幼馴染は同時に間抜けな声を出した。……もちろん周りには幼馴染以外にも人はいたけど、その時はその声しか耳に入ってこなかったんだ。
意味が分からなかった。なんで吹き飛んだのか、本当に意味が分からなかった。
なのに、その場にいた大人の一人が言うんだ。
「ウィル坊が、ウィル坊がドラゴンを倒したぞぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
一人がそう声を上げると、周りの大人たちも声を上げる。
そうすると、怖さでどうにかなりそうだった僕の声なんて、聞こえるはずがない。
「え、ち、違っ」
僕は頑張って、僕じゃないと訴えようとした。でも、それ以上声が出なかった。
それでも頑張って説明しようとすると、僕が守ろうとした幼馴染が僕を抱きしめてきたんだ。
「ウィル! ウィルっ! 怖かった! 怖かったよ! 助けてくれてありがとう! 私、私……ウィルの隣に立てるぐらい強くなるから!」
そう涙を流しながら幼馴染は言ってきたんだ。
そしてその時、別の幼馴染達とも目が合った。全員の目が輝いてた。まるで僕の隣に立ちたい。支えたいと言ったように。
そして僕の話は商売に来ていた商人から漏れ、5歳児でドラゴンを討伐した竜殺しドラゴンスレイヤーとして有名になってしまっていた。
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