第5話 2033年4月24日 公衆電話
「公衆電話ならどうでしょう? 機種が同じだったら、今の技術が無い時代の電話でも遠隔操作とかで電話できたりしないですか?」
振り出しに戻りかけた研究の前途を照らしたのは、2033年春の富永ちゃんの発案だった。
「公衆電話の電話番号は非公開だ。折り返しでもなければこちらからは掛けられない」
「てことは、一回公衆電話から掛かってこれば、こちらには相手の情報が入ってくる……。天間くん、駅の公衆電話から私に掛けてみてくんない?」
通信回線の研究自体は16年もしているんだ。非公開の電話番号を炙り出すことなど、私には容易だった。スマホと同期させた解析機には、一般人なら目を回す様なプログラムが表示されていた。
「この03から始まってるのって……」
「富永ちゃん、掛けてみてよ」
「はい! 03の3656の××××。……あ、もしもし? うん、番号分かった。卓郎、戻って来ていいよー」
こちらから掛けた電話が天間に繋がったらしい。掛けた番号は、間違いなく個人番号ではない。そして、彼は江戸川駅に設置されている公衆電話の所に居る。これが意味するものとは、公衆電話の電話番号を突き止められるということだ。
「やりましたね千原さん!」
「私の手に掛かればこんなの朝飯前よ」
「じゃあ昔の千原さんが出るタイミングの公衆電話の番号を調べなきゃですね! ……というか、私、安易に遠隔操作って言いましたけど、こんな旧型の電話機にそんな高性能な機能を搭載できるんですか?」
「グループ通話を参考にしてみようと思うの。それを応用すれば、公衆電話でも行けるんじゃないかなあ。問題は時間を遡る機能と複合できるかなんだけど」
二人して腕を組みながら天井を見上げていると、天間くんが駅から帰って来た。
「公衆電話も鳴るんですね。初めて聞きました」
天間くんから僅かな昂揚を感じ取れる気がする。
「そもそもなんですが、通話が可能になったところで、何年も前にご自分が公衆電話を使われた正確な時間なんて覚えているんですか?」
「それは大丈夫。印象的な携帯の充電切れ失敗談の日時は大体記憶してるから」
***
私は、この研究を実らせる危険性を誰よりも懸念しているつもりだった。悪用されたら、世界が滅茶苦茶になってしまうことは百も承知だ。けれど、悪用される可能性を認識することと、実際に魔の手が忍び寄っているかもしれないと危惧することは、全くの別物である。私は特設のラボに安置されて、外部との関りが希薄になっていた。それ故に平和ボケして、自身の研究に向く悪人の刃に鈍感になっていたのかもしれない。
助手の二人は、研究本部の事情を私に詳細に話すことは無かった。だから、彼等は私と同じ環境に居るんだと、漠然と思い込んでしまったのだろう。富永ちゃんは本当に何も知らなそうだし、天間くんはここ最近、特に私の研究を加速させてくれている。私が抱く危険性は技術に対してであって、それに関わる人間がどういう行動に出るか、深い疑念を持っていなかった。
私だけ何も知らないまま、ここまで来てしまったみたいだ。
試作品を公衆電話風に改造。2033年4月24日の今日、グループ通話機能も盛り込んだ旧型ハイテク機器が完成した。
「え~と……つまり?」
「この電話から掛ければ、時間遡行が可能な通話が共有される。先ずこの電話から10年前、2023年の私に掛ける。そこから更に10年前、2013年の私に仲介で電話を掛けてもらう。そうすれば、このグループ通話で20年前の私が出た公衆電話と通話ができる。グループ通話だから2023年の私にも傍聴してもらうことになるけど、2033年から2013年の通話はこれで可能なはず」
ホワイトボードに書いて、富永ちゃんは漸く説明を咀嚼してくれた。
そこへ、外出中だった天間くんが帰って来た。
「本部に呼び出されたの?」
富永ちゃんが声を掛けるが、反応が悪い。
暫く黙りの後、天間くんは口を開いた。
「研究は……もう終わりです」
急な発言に、私はその意味を理解できなかった。
「何で? え……どうして? こんな大発明したんだよ! 私の志ももう一歩で叶えられるところまで来てるのに!」
「だからですよ」
「え?」
「塚田就也さんでしたっけ? 生き返らせるには、後は何が必要なんですか?」
「後は過去の私が出る2つの公衆電話の番号の解析だけ。そしたら全て上手く行く」
「ふうーん」と軽く応答した天間は俯いたままだ。
「完成だけさせてこの日を狙ってたんだ……。ねえ、本部はいつ動くの?」
「明日の朝一だ」
「私達が派遣された頃と何も変わってないじゃん。何で犬束所長を説得しなかったの?」
詰め寄る富永ちゃんに天間くんは答えない。
私には二人の会話の指すものが分からない。私の知らないところで、何か取り決めでもあるのだろうか。
「あと3日。3日あれば私の目的は達成できるの!」
天間くんは無言のまま、いつものPCの席に腰を下ろす。
「本部は何て言ったの? 私から本部に掛け合って直訴するから!」
「なら、俺達で終わらせましょう」
今にもラボから駆け出さんとする私に、天間くんは漸く声を発した。さっきと目元の表情が違う。彼の眼には、諦めのない意志の光を宿しているように見える。
「9年間この研究に携わってきたからには、最後まで見届けさせてもらいます」
「……ありがとう。良かった」
「ですが、期限は明日までです。本部は待ってはくれません」
「あと1日じゃ足りないよ。駅まで往復するのに人手が減っちゃうし……」
「俺に作戦があります。俺に、電話番号の解析方法を教えてください」
「作戦?」
「はい。明日、今度は千原さんと富永が駅から電話を掛けてください。俺が奴等を押し留めてでも解析を進めて、計画を完遂に持っていきますから」
本部にどういう事情があるかは知らないけれど、私の16年の努力をここでふいにされるわけにはいかない。真面目に私の助手として貢献してくれた彼の言葉は信頼に足る。私はそう思っている。
「うん、お願い。時間が無いから、早速——」
「信じらんない」
けれど、取り戻しかけた私の希望を富永ちゃんは弾いた。予想外の反応に、私は自分の耳を疑っている。
「卓郎ってさあ、どっちの味方なの? 私の味方するって言ってた癖に、私が未来が見えるって言うの信じてくれないし、千原さんの目的が達成されるまで時間稼ぐって言ってた癖に、結局この様だし。報告書で上手く取り繕ってくれたんじゃなかったの? そんなに過去が変わるのが嫌なの!?」
珍しく富永ちゃんが声を荒らげている。普段の二人の喧嘩より空気が重い。
「この研究に携わって分かったことがある。未来なんて当てにならない。今を実行することでしか未来は創られないんだよ。だったら俺は、不確かな未来より確実な今を信じる。
報告書は、研究結果と交渉材料を適宜提示してここまでやってきたさ。でも、もう限界だ。強引に引き延ばして不信感抱かれ始めてる。奴等は痺れを切らしてきた。俺等がここに来てもう8年も経ったんだ。努力した方だろ?」
「だから何? 協力してくれる振りして、結局は裏切るんだ?」
取り繕う? 協力する振り? 私には何のことだかさっぱり分からない。
天間は私の研究を一生懸命手伝ってくれていた。裏切るって? 何を企んでいるの?
「千原さんには言わないことにしていましたが、俺にだって巡り逢えた大切な人がいます。この現代に。
千原さんの恋人が生き返ったら、確実に千原さんの人生も激変して、そうなったら俺等の人生も全く違うものになります。俺等の出逢いも無かったことになるかもなんです」
世界が変わった後の助手のことまで考えていなかった。就くんが生きていた世界線では、私はこの研究をしていないかもしれない。そうなれば、天間くんの人生も富永ちゃんの人生も大きく変わる。私は、私のことしか眼中に無かったんだ。
「正直迷ってたけど、もういいや。丁度仲悪いし。この世界ごと終わらせてやるよ」
天間くんは吹っ切れているというより、自棄になっている感じだ。
「さっき言った通り、千原さんとお前には駅に行ってもらって、番号の解析が必要な公衆電話からこちに電話を掛けてもらう。俺はここで電話番だ。俺一人をここに残すのが不満なら、俺はここで手を引くが?」
富永ちゃんは苦悶の表情で天間くんを睨む。天間くんは過去を変えたくない派の人物だから、この研究に携わるのは信用できないというのだろうか。
事情がよく分からないが、ここで最後の希望の灯を消してしまうわけにはいかない。
「富永さん、お願い。ここで終わらせたくないんです。天間くんを信じてあげて? お願いします!」
頭を下げた私に、彼女は不服さを残して言った。
「……公衆電話って? 何処の駅に行けばいいんですか?」
「ありがとう、富永さん。江戸川橋駅と江戸橋駅なんだけど……」
「明日、千原さんは江戸川橋駅をお願いします」
天間くんがすかさず割り振った。
「……了解? 私がそっちで良いの?」
「お前は江戸橋駅」
「江戸橋駅? それ何区?」
富永ちゃんは、どうやら江戸橋駅を都内某所だと思い込んでいるらしい。不機嫌なところ申し訳ないが、教えないわけにはいかない。
「ええと……東京ではなくってですねえ……」
「え? だって江戸でしょ?」
「お前が行くのは千原さんの地元だ」
「確か……千原さんの出身って……」
「み、三重県……」
「え……」
「明日、津市まで出向頑張ってくれ」
「……は?」
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