宝石店主殺人事件⑦

「……カルは、わたしのこの能力が、どこから来たのかは気にならないのね」



 絵を描いている途中。ユースティティアがそんな風に漏らした。


 声を聴いて顔を知る、魔法ではない不思議な力。そんなこと、カルタスはどうでもよかったけれど。彼女が気にしているようだったから、ことさらになんでもないような声を出してみた。



「別に、どうでもいいだろ」


「……ふふ。カルなら、そう言ってくれると思ったわ。あの後、お兄様にはとってもしつこく聞かれたもの」



 カルタスが取り繕ったのを、正確に聞き取ったのだろう。ユースティティアは口元に手をあてて笑った。


 カルタスが書いた似顔絵を、五年前の事件の証拠としたいのならば。ユースティティアの能力が確かなものだと証明しなければならない。


 だが、魔法の使用を王家によって禁止され、シヴオリ公爵家の封印措置を受けている彼女にとって、確実に魔法とは無関係の力でなければ、処罰の対象になってしまう。


 結局レオナルドは、あの似顔絵を証拠にすることを諦め、スカルファロット隊員の自白を引き出すことにしたらしい。


 とはいえ、洗濯婦を殺すために忍び込んだところを逮捕されているので、言い逃れの余地は無かったのだが。



「カルは、わたしの魔法を知っているかしら?」


「いや。先代のシヴオリ公爵は、俺がティティに関する情報を知ることを、許さなかったから」


「じゃあ、教えてあげるわ。カルは、アイマーロ家って知ってる?」



 知らない家名だった。


 一応貴族の出身であるカルタスはそれなりの教育を受けているが、落ちこぼれ扱いだったので、あくまでも「それなり」でしかない。


 知らない知識があるのは当然だった。



「いや」


「多分、準貴族以下は知らされもしていない家名だと思うわ。貴族でも、今の時代では限られた人しか知らないと思う」



 今は、もう存在しない家門なのだと。



「遠い昔に、王家の命によって滅ぼされたと聞いているわ。それまでは王家に忠実に仕えていたにもかかわらず、主君の裏切りによってすべてを奪われた、と」


「それが、アイマーロ家?」


「ええ。そして、わたしがその末裔」



 ユースティティアは、まるで他人事のようにそう語った。



「アイマーロ家の魔法は、王家や他の貴族にとって危険なものだった。だから裏切り、滅亡の道へ突き落した。だけど……、よくある話よね。一人だけ生き延びた、その誰かさんが血を繋いで、そして誓ったの。『必ずやアイマーロ家を復興し、王家に復讐を果たす』とね」



 そこまで危険視されるような魔法を、本当にユースティティアが使えると言うのだろうか。


 いや、例えそうだとしても。カルタスには、彼女が封印処置を施されるような危険人物には、どうしても見えない。



「どんな魔法なんだ?」


「……『顔を見た相手を、自在に操る魔法』よ」



 重々しく告げられた言葉に、カルタスは口ごもった。


 ユースティティアは、どこか怯えているように見えた。まるで自分がその魔法を使って、誰かを傷つけてしまうのではないかと、そんな風に考えているような。


 その恐怖が、カルタスには分からない。


 だって。



「へえ。そんな魔法がなくったって、俺はティティのためになんでもするけどな」



 勢いよく顔を上げたユースティティアが、カルタスを布の向こうからじっと見つめた。


 そんな彼女のために、優しく微笑んむ。見えなくても、きっと彼女には、声で伝わるのだろうから。



「俺は、ティティが一番大事だから。お願いされなくても、お前のためになるならなんだって」



 初めてここに来た時。カルタスは、彼女に一目惚れした。


 同じだと思ったのだ。


 すべてを諦めて封印を受け入れ、この屋敷でただ一人、朽ちていくことを選んだ少女と。


 この屋敷に捨てられて、親の愛を諦め、ただ呆然としていた少年が。


 同じで、なのに違っていて、美しくて、愛おしくて。


 ただ、傍にいたいと。


 それだけでいいと。


 確かに、そう思ったから。



「だから、ティティがどんな魔法を持っていたって、別に気にしない。なんなら、絵じゃなくて直接俺の顔を見ても……」


「それは駄目!」



 予想以上に強い口調で拒否されて、カルタスは少しがっかりした。もしかしたら、直接目を合わせることができるかもしれない、と思ったのに。


 けれどユースティティアは、布を両手でそっと抑えて呟いた。



「わたしが、怖いの。大切な人を操ってしまうんじゃないかって。だから……、だから、カルの顔は、見たくない」


「……分かった。ティティが、そう言うなら」



 カルタスはそれ以上何も言わず、ただ絵を描き続けた。

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