宝石店主殺人事件⑥
その後の話がレオナルドからもたらされたので、掻い摘まんで話すこととする。
スカルファロット隊員は、その晩、洗濯婦が住み込みで働いている屋敷に侵入しようとして、レオナルドに取り押さえられた。
犯行の動機は、怨恨と金。
カルタスが予想したとおり、彼は家の中で一番の落ちこぼれだった。
彼の両親は伸びしろのない子供に金をかけることを嫌い、貴族の生まれであるにもかかわらず、スカルファロット隊員は貧しい生活を送っていた。
貧しい、というと語弊があるかもしれない。貴族にしては金を持っていなかったものの、彼は食べるものも着るものにも困ってはいなかった。
そんな人物が、平民の金貸しの店を訪れて、「金がないから貸してくれ」と言う。
貴族らしい服装で、特に飢えている様子もない人間が「金がない」と言ったところで、信じる平民はいないだろう。
だから洗濯婦の父親は、金を貸すのを断った。
鬱憤のたまっていたスカルファロット隊員は、それに激高して金貸しの主人を殺し、自殺に見せかける工作をしてから、店内の金を奪って逃げたのだ。
どうも、それ以来金を盗むことを覚えたらしい。隊員はあちこちで盗みを繰り返して、遊び歩く金を調達していた。
そして、あの宝石店での事件。
店主のラウロは、魔法を扱えない貴族を見下していた。
女性に贈る宝石を買いにきたスカルファロット隊員の事を知っていたラウロは、いつものように彼のことを見下し、嘲笑した。
それに激昂したスカルファロット隊員は、ラウロを絞殺し、かつてと同じように偽装工作を施した。
しかし、王室御用達の店の商品を盗めば、どこから足が付くか分からない。結局彼は、店にあった現金だけを盗んで逃げた。
ペンダントを盗んだのは、殺しの翌朝だ。妻たちの元へ駆けつけた時、彼はペンダントに刻まれた二つの名前に気づいた。
傍で喧嘩している女性たちの話を聞けば、そのペンダントに刻まれているのは妻であるオリヴィエラのものだけであるはず。
ならば、明らかに新しく彫られたらしき、「エラルド」というう男の名前は。
それが待望の男児の名前であると知って、スカルファロット隊員は咄嗟にペンダントを盗んだ。生まれたばかりの子供の名前を、妻の名前と並べて刻むような男は、自殺など考えないだろうから。
結局、すべてが浅はかな考えだったのだと、彼は思い知らされることになったが。
ユースティティアはそれを聞いて、「そう」とだけ返事をした。ほとんど想像できていたのだろう。
ユースティティアの自室。いつものロッキングチェアに座った彼女は、見えない目で窓の方を眺めている。
「ところでティティは、なんで俺が絵を描けるって知ってたんだ?」
「カルったら、気づいてなかったの? あなたがこのお屋敷に来てすぐの頃、ずっと絵の具の匂いがしてたわよ?」
「えっ!?」
危うく、ユースティティアお気に入りのダージリンが入っているティーポットを、落とすところだった。
まさかそんな頃から、絵の趣味がバレていたとは思わなかった。
「あなたは知らないでしょうけれど、わたし、ずっとカルの絵が見たかったのよ。日が経つにつれて絵の具の匂いが消えて行ったから、絵は辞めちゃったのかと思って、がっかりしていたのだけれど」
「それは……、悪かった」
「ふふ、いいの。だって、また描いてくれるでしょう?」
ユースティティアの手元には、あの時似顔絵を描いたノートがあった。優しい手つきで表紙を撫でて、そして嬉しそうに微笑む。
「お兄様がノートを持って行ってしまったから、まだあの絵を見ていないのだけれど。今日の夜、寝る前に見ようと思うの。一人でこっそりとね」
人がいない場所ならば、封印の刺繍布を取ることが許されているユースティティア。だから、絵を見ることは別に構わないのだけれど。
彼女に撫でられている、どこの馬の骨とも知れない男の似顔絵が、猛烈に憎らしくなってきた。
「だったら、あの殺人犯の顔なんかじゃなくて、別の顔にしたらどうだ」
つっけんどんな言い方になってしまった。けれどそれは、カルタスの本心だ。
あんな男の顔じゃなくて、例えば、そう。自分の顔だとか。
そのためには自画像を書かなくてはならなくなるが。
目を瞬かせたユースティティアは、軽やかに笑い声を上げた。
「確かにそうね! それじゃあ……、カル、あなたの顔がいいわ。わたしが想像している、カルの顔。それを描いてもらうの。どうかしら?」
「うん。そうしよう」
言い出したのはカルタスだ。否やなど無い。それに、こういう時に一番に名前を挙げてもらえる。それだけのことが、とても嬉しかった。
ユースティティアからノートを受け取り、鉛筆を手に持ち。ついでにあの殺人犯のページを破り取ってから。
カルタスは、彼女に言われるままに手を走らせた。
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