宝石店主殺人事件④
落ちこぼれだと、役立たずだと、そう蔑まれてきた。
記憶を再生する魔法。カルタスの生まれたサンクティス侯爵家は、司法で活躍する人材を輩出してきた家だ。その中で、声の記憶しか再生できないカルタスは、一族にとってはただの無能だった。
絵を描き始めたのは、足りない能力を補うためだった。魔法で情景を再生することができずとも、別の方法で再現できることができればと、幼い日のカルタスは考えた。しかしそれも、無駄だと切り捨てられた。
カルタスは、サンクティス侯爵家には必要の無い子供だった。
この屋敷に来る時に、持っていた僅かな画材は捨ててしまった。あの家から出るのならば、絵など描けても仕方が無い。
だからカルタスは、ノートと鉛筆を持ってユースティティアの元に戻った。
「それで十分よ」
「ティティが言うなら、いいけど。何を描くんだ?」
ユースティティアは人差し指を伸ばし、空中にすっと弧を描いた。まるで、人の顔の輪郭を描くように。
「――太ってはいないわ。面長で、少し顎が尖っている」
カルタスは口をぽかりと開けて、それから慌てて閉じた。彼女が言ったとおり、宙に描いたとおり、紙に鉛筆を走らせる。
「鼻は少し大きくて丸い。小鼻がよく膨らみそうだわ。唇は薄いけれど、上の歯が前に出ている。頬骨が高くて……、そうだわ、目がとても窪んでいるように見える」
夢を見ているような、ふわふわと舞い踊る声が形を描く。
ユースティティアは刺繍布で目を隠したまま、誰かの顔を思い描いている。
「眉の位置は低くて、」
鉛筆を細かく動かす。
「目は細め。少しつり上がってるわ」
素早く線を走らせる。
「首は太いけれど、あまり長くは無いわね」
紙に押しつけるように太い線を引く。
それは、まさに魔法だった。
文様の施された布で目を塞ぎ、魔法を封じられているはずの彼女が使う、理解不能の異能力。
誰の顔も見ることを許されていないユースティティアが、カルタスに描かせる誰かの顔。
「カル。どんな顔ができあがったのかしら?」
言われたとおりに描き上げた絵を見て、カルタスは沈黙した。
続けて、ユースティティアは微笑みながら言った。
分かるの、と。
「声を聞けば、どんな顔をしているのか分かるの。頭に浮かぶのよ。だからカル、あなたの顔もわたし、多分知ってるわ」
「……あぁ」
掠れた呻きが漏れた。
「ずるい」
「何が?」
「俺は、ティティの目を見たことがないのに」
恨みがましいカルタスの言葉に、ユースティティアは笑いを弾けさせた。
「ふふっ、あはは! わたしの勝ちね。だって誰かの前で、この布を取ることはできないもの」
「ずるい!」
子供のように地団駄を踏むようなことはしないが。顔をしかめて再び「ずるい」と言えば、その変化も聞き取ったらしい。ユースティティアは座っていたロッキングチェアを楽しそうに揺らした。
そして、すうっとその笑みを消す。
膝の上で手を組み、布の向こうから鋭い視線でカルタスを射貫くユースティティア。正確には、カルタスが手にした似顔絵の描かれたノートを。
「洗濯婦の方のお父様を殺した、その犯人の顔よ。そういう、声をしていた」
「そう、だな」
カルタスは手元に目を落として、その言葉を肯定した。
「宝石店の店主を殺したのも、こいつだ」
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