宝石店主殺人事件③



     ◇   ◆   ◇



「五年前と同じよ!」



 突然、そんな叫び声が聞こえた。カルタスが野次馬の集団を振り返ったのと同時に、誰かが飛び出してきた。


 洗濯婦の格好をした女性が、さっきのカルタスのように引き留められながらも、狂ったように叫んでいる。



「お父さんと同じ! 同じ奴に殺されたのよ! そうに違いないわ!」



 女性の叫びに合わせて、集まっていた人々がざわめき始める。


 レオナルドはまったく冷静に、部下に命じた。



「スカルファロット隊員。あの女性を離れた場所に連れて行って、落ち着かせてくれ」


「は、はい!」



 先ほどの隊員が、慌てたように返事をして駆けていく。



「俺も、あちらへ行っていいですか?」


「……構わないが。こちらの説明はもういいのか?」


「旦那様が解決なさる事件よりも、あちらの方が土産話として面白そうですので」



 単なる事件の話など、ユースティティアには退屈だろう。それよりは、あの女性の方がよほど新鮮だ。



「……そうか」



 レオナルドは小さく頷いて、宝石店へ戻っていった。



「なんなんだ、あの人……」



 首を傾げながらも、カルタスはまだ叫んでいる女性の方へ向かった。


 スカルファロット隊員は困ったように女性の腕を引っ張っている。しかし女性は全力で抵抗を続けており、さらに衆目を集める結果となっていた。



「あ、君。えっと……、隊長の家の、使用人だったか」


「ええ、まあ」


「こっちを手伝ってくれるのか? 助かるよ。僕は捜査に戻らないといけないからね」



 カルタスは隊員の肩を見た。徽章からして新人のようだ。



「もしかして、発見の場に居合わせた新人隊員って……」


「ああ、僕のことだよ。だからあまり、現場を離れるのもね」



 カルタスが新人隊員と話している間、例の女性は何故か黙って話を聞いていた。それをちらりと確認して、スカルファロット隊員は意味ありげに肩をすくめる。



「ほら、彼女は君に心を開いているようだし。このまま離れて、落ち着かせておいてくれ」



 カルタスの返事を聞く前に、スカルファロット隊員はさっさと離れていってしまった。


 女性の話は聞きたかったので別に構わないが、それは命令違反なのでは無いだろうか。



「あの……、あなたは使用人なのよね?」


「え?」



 女性は、先ほどまでの狂乱が嘘のように穏やかな声で、そう尋ねてきた。



「まあ、一応は」


「なら話が早いわ! 貴族は私たち平民の話なんてろくに聞いてくれないもの」



 女性がきつく睨み付ける先には、宝石店の窓にちらちらと写るレオナルドの姿があった。



「だけど、あなたは私の話を聞いてくれるのでしょう? あのご主人様だって、あなたから伝えた話なら信用してくれそう」



 別にその点は保証できなかったけれど、カルタスは頷いておいた。そうでなければ、ユースティティアに持って帰る土産話が聞けないからだ。



「とりあえず、注目されてるから少し離れた場所に行こう」



 事件現場から少し離れた路地へ洗濯婦を連れ出し、カルタスは彼女の話を聞くことにした。



     ◇   ◆   ◇



「女性に声をかけるのが得意なのかしら、カルは」



 可愛らしく首を傾げるユースティティアに、カルタスは思わず大きな声を出した。



「そんなわけないだろ!」


「うふ、からかっただけよ。あなたにそんな勇気が無いのは分かってるわ」


「それもそれで酷くないか」



 カルタスの嘆きなど聞いていないユースティティアは、すぐさま別の事柄へと思考を移したようだった。



「スカルファロット、その名前は見たことがあるわ」


「ああ……。身体強化の魔法を持っている家門だ。スカルファロットに生まれた男は、全員が騎士団に所属するらしい。でも確か、近衛隊に所属して一人前、って扱いだって聞いたことがあるな」


「ということは、騎警隊でお兄様の部下をしているその隊員さんは」


「まあ、落ちこぼれなんだろうさ。俺と同じでな」



 この王国には三つの身分が存在する。


 代々家門に伝わる魔法を守り続けるのが貴族。魔法は使えないが、功績を認められて爵位を与えられた準貴族。それ以外の平民。


 カルタスは貴族だった。記憶を再生することのできる魔法を扱う家門に生まれた。


 だが、「声の記憶」しか再生できないカルタスは、ユースティティアの付き人を求めていたシヴオリ公爵家に売られたのだ。


 「こんな不出来な子など、どうなっても構わないから」と。


 今となっては、それを感謝している。



「カルは、落ちこぼれなんかじゃ無いわ」



 珍しく強い口調で言い張ったユースティティアに、カルタスはただ微笑んだ。


 別に落ちこぼれで良い。あの生家からの評価など、なんの価値も無いのだから。


 カルタスはただ、ユースティティアの傍にあれればいい。



「俺のことは置いておいて、続きを話すぞ」



 少し不満げなユースティティアの頭を撫でて、カルタスは再び魔法を使った。



     ◇   ◆   ◇



 話を聞いてもらえると知った洗濯婦は、堰を切ったように喋り出した。



「五年前の事よ。私の父は王都の平民街で、金貸しの仕事をしていたの。……嫌われがちな仕事だけど、少なくとも父は、周囲の人に慕われていた。ケチな貴族の高利貸しと違って、困っている平民を手助けしたいんだって……。なのに、突然殺されたのよ! あの太った宝石店の男と同じように、扉に吊るされてたの! 朝起きて、店に降りたらお父さんは死んでいたわ。店の金も、ごっそりなくなってた。私も母も、その後は生きるのに必死だった。幸い、助けてくれる人が多くてなんとか生活できていたけど……。困っている人には手を差し伸べてきた、お父さんのお陰だわ」



 カルタスが口を挟む暇も無い。


 涙ぐみ、怒りに拳を振るわせ、がっくりと肩を落とす。感情たっぷりに語る洗濯婦に、カルタスはようやく尋ねることができた。



「どうして同じだと思ったんだ?」


「だって死に方がまったく同じだったのだもの。扉で首を吊るなんて、普通あり得ないじゃない。それにあそこは宝石店。金に困った誰かが、五年前に父を殺したのと同じように、あいつを殺して宝石を奪っていったのよ」



 根拠が薄いな、と思った。この証言では、騎警隊は相手にしないだろう。


 だがカルタスの目的は、犯人を捕まえることでは無く、ユースティティアに聞かせる話を集めることだ。


 なので、たいそう同情しているように眉を寄せて、深く頷いて見せた。



「確かに、そうかもしれないな」


「……なんだか胡散臭いわね、あなた」



 失敗したようだ。



「まあいいわ。騎警隊はどうせ、私の話なんて聞いてくれないでしょうし。前もそうだった。五年前の夜、店の二階にある家で寝ようとしていた時、私は確かにお父さんが誰かと言い争う声を聞いたの。あの時店に降りていたら、お父さんを助けることができたかもしれない。今でも後悔してるわ……。でも、騎警隊はさっさと父の自殺ということにして、まともに調べてもくれなかった」



 洗濯婦は再び目に涙を浮かべた。


 その点には同情してしまう。騎警隊は、王都の治安維持を目的とした部隊である。しかしそもそも、騎士団に入れるのは貴族と準貴族だけだ。平民が死んでいると通報があっても、隅々まで捜査しようと考える者の方が少ないだろう。


 レオナルドはその少数派の一人だが、五年前はまだ騎警隊の隊長ではなかったはずだ。


 だが、そのレオナルドとて、この女性の言葉だけで五年前の事件を調べようとは思うまい。


 カルタスはふと思いついて、洗濯婦に申し出た。



「良かったら、五年前の事件の時、言い争っていたっていうあんたの父親と、犯人の声。聞かせてくれないか?」


「聞かせて、って……。どういうこと? もう五年も前のことだし、悔しいけど細かいところは忘れちゃってるわ」



 普通ならばそうだろう。


 だがカルタスは、「記憶を再生する魔法」を使うことができる。


 生家では落ちこぼれ扱いされているとはいえ、声だけの再生ならば問題ない。


 不思議そうにする洗濯婦に、カルタスは不敵な笑みを浮かべて見せた。



     ◇   ◆   ◇



「で、もらってきた記憶がこれだ」



 ユースティティアの前で、洗濯婦から受け取った「五年前の事件当時の記憶」を再生する。


 冷静に退去を促す声と、激高して怒鳴り返す高ぶった声。前者が殺されたという金貸しの主人で、後者が犯人だろう。


 眠る直前だったという洗濯婦の記憶は、言い争いの途中で途切れている。


 ユースティティアはそれを聞いて、一つ頷いた。



「ねえ、カル。画材を用意してくれない?」



 カルタスは顔を上げて、目を瞬かせた。



「絵を、描くのか」


「あなたがね」



 描けるんでしょう? と、言外に言われている気がした。


 ユースティティアに絵の趣味について話したことはない。カルタス自身のことなど、何を話してもつまらないからだ。だが、目隠しの少女は何もかもを見透かしたかのように笑う。



「わたしも、誰にも言っていない特技があるの。こんな能力があったって意味は無いって思っていたのだけど、この件に関してはそうでもないみたい」



 ――カルタス自身は自覚していなかった。多分、ユースティティアにとってもそうだっただろう。


 だがこの時、確かに二人の運命が変わったのだ。

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