宝石店主殺人事件②
◇ ◆ ◇
時は数刻前に遡る。
茶葉を買いに出たカルタスは、貴族通りの一角にひとだかりができているのを見かけた。
「人が死んでる」と、野次馬の誰かが高い声を上げていた。
歩く速度を落とし、聞き耳を立てながら通り抜けようとしたカルタスだったが、人々の視線の先にいるレオナルド・シヴオリと、しっかりばっちり目が合ってしまった。
そうなると、挨拶しないという選択肢は無くなる。建前上はシヴオリ公爵家の使用人であるカルタスにとって、レオナルドは一応雇い主ということになるからだ。
カルタスはため息を人混みの中に落として、レオナルドに近づいた。彼の部下らしき男がカルタスを押し留めようとしたが、その前に頭を下げる。
「旦那様」
シヴオリ公爵家の人間だと伝わったのだろう。レオナルドの部下は、困惑したように自分の上官を顧みた。
そのレオナルドはと言えば、ほとんど表情の変わらない顔で頷いてみせる。
「……ユースティティアの使いか?」
「はい」
「そうか。時間はあるか?」
「ええ、まあ……」
「ならこちらへ来ると良い」
手招きされて、拒否するわけにもいかないカルタスは、野次馬の集団から抜け出した。
騎警隊の制服を着ている所からして、レオナルドは仕事中であるはずだ。治安維持や犯罪の捜査を行う騎警隊がいて、そして人が死んでいる。そこに、まったく関係のない人間がいても良いものか。
居心地の悪さを感じるカルタスだったが、レオナルドは何を考えているのか読み取れない顔で言った。
「ユースティティアへの土産話になるだろう」
責任者がそれでいいなら、いいか。
カルタスは考えることを放棄した。
「見てみろ」
無心になったカルタスを、レオナルドが促す。鉄の手甲をつけた手が示す先、それは宝石店の出入り口だった。
男が死んでいた。
少しばかり太ましい首に縄を巻き付け、店舗の扉の内側で事切れていた。
男のことは知っていた。この宝石店の店主だ。生家では落ちこぼれだったカルタスのことを見下している様子で、口を開けば嫌味ばかりだったのでよく覚えている。
少し扉の中を覗き込めば、店内は特に変わった様子はない。この店には何度か来たことがあるので分かった。
豪華な装飾が十分に施された店内だ。
「朝、騎警隊に通報が入った。『夫が首を吊って死んでいる』と。発見したのは店主の妻と、この店の女性店員。それと、この辺りの巡回を担当している新人の騎警隊員だ」
隣でレオナルドが丁寧に解説してくれる。
「普段使用している裏の通用口が開いておらず、店舗の正面入り口も開かなかったため、女性店員は隣接する店主の家に行って、妻に合鍵を借りることにした。そして二人は、鍵のかかった店内で死んでいる店主を発見した」
「首を吊った、というのは……」
「発見当初は、正面扉の取っ手に縄がかかった状態で、座り込むようにして死んでいたらしい。二人の悲鳴を聞いて駆けつけた新人が、救命措置を施すために下ろしたと。扉には鍵がかかっていたが、そもそも店主の体が邪魔で開かなかっただろうな」
「その妻と店員は、何か目撃したのでしょうか?」
「特には。……ああ、ペンダントが無いと言っていたな。結婚の記念にお互いの名前を刻み、交換したというペンダントが」
カルタスはもう一度、店主の遺体を見下ろした。外傷や汚れなどは見当たらないが、首元には苦しくてもがいたらしき跡が残っている。
普通に考えれば、店主が自分で首を吊って自殺をした。それが妥当だろう。
しかし、レオナルドの口ぶりではまるで。
「旦那様は、どのようにお考えなのですか?」
「まあ、自殺ではないだろうな」
あっさりと言い切ったレオナルドに、さっきカルタスを制止した騎警隊員が驚いたような顔をした。
◇ ◆ ◇
そこで一旦話を止め、カルタスはユースティティアの顔を見た。先ほどまでの楽しそうな表情とは裏腹に、静かにカルタスの言葉を聞いている。
「自殺では無いでしょうね」
そして、兄と同じ事を言った。
「お尻が浮いていれば、低い位置で首を吊ることは確かに可能だけど。死ぬ前に苦しくて立ち上がってしまうのが自然ね。そもそも、遺体の状況が縊死……、首吊りを示していないわ」
「というと?」
「縊死の特徴は、首に抵抗の傷が無いこと、それから失禁することよ。遺体に汚れはなく、首に傷があった。どちらかといえば、絞殺死体を扉にぶらさげて、自死に見せかけようとした。状況に合理的な説明がつけられるのは、そちらね」
ユースティティアはティーカップを口元に運び、香りを楽しんでから、一口含んだ。「美味しい」と綻んだ顔に、思わず見惚れるカルタス。
「鍵がかかっていたのも、難しい理由では無いわ。通用口は恐らく、閉店後に店主が閉めたのでしょうけれど。お兄様がおっしゃるように、正面扉が開かなかったのは店主の体が邪魔していたせい。鍵がかかっていたのは、死体発見のどさくさに紛れて、騎警隊が到着する前に鍵をかければ済むわ」
「確かに、難しくは無いな」
「お兄様だって、それくらいは簡単に分かるでしょう」
目を隠す刺繍布の下で、ユースティティアは笑ったようだった。
「他に、何かあるの?」
「ああ。事件現場の周囲には、近所に住む人たちが集まっていた。その中にいた女性が、叫び始めたんだ……」
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