第2話

 3人のうち誰かがクビになる。


 ハルの衝撃的な発言を聞いて私の胸は苦しくなった。

 異民政策の立ち上げからずっと3人と課長でやってきた。

 異世界で移民の勧誘をしている広報課に異民たちの要望を意見したり、技術課に召喚魔法の改良の必要性を訴えたり。

 冒険者ではないけど、いろいろな苦難を3人で乗り越えてきたのだ。

 乗り越えて、ようやく軌道に乗ってきた。


 それなのに、この3人のうち誰かが退職になるなんて。


「ハル君、それは確かなの?」


「わかりません。俺もさっき噂で聞いてきただけなんで。

 だけど、上の方は異民政策を見直しするとかで、規模を縮小しようとしているらしいですよ。なんでも、暗黒大陸の開拓も進んだし、これ以上異民が増えても困るって」


「あらあら、まぁ。上の方々の考えそうなことね」


「ほんとですよ。だから、俺も結構信ぴょう性のある噂なのかなって。

 あー、どうしようかなー。

 次の職でも探しとこうかな。いっそ冒険者になるか? 実績あるし」


「冒険者になるなら、私が適性を鑑定してあげるわ」


「鑑定魔法の達人のペレアさんに視てもらえたら、心強いな。

 その時は頼みます」


「まぁ、私も冒険者ギルドの受付じゃなくなっているかもしれないから、割のいいクエストの口利きはできないわよ?

 ……私が無職になったら、あの人は働いてくれるかしら」


「……まだ彼氏さん、働いてなかったんですか」


「カレ、才能はあるのに私がつい甘やかしちゃうのがいけないのよねぇ」


「ほんと、ペレアさんダメ男が好きですよね……」


 2人は落ち込みながらも何でもないように会話を続けていた。

 私は2人が好きだ。2人だけじゃない、課長も、技術課も、広報課のみんなも好きだ。

 仕事は辛いこともあるけれど、それでも行先がなく途方に暮れていた私を受け入れてくれた、この職場が好きだった。


「やっぱりダメです」


「イフィちゃんまで、反対なの?

 カレは成功したら結婚してくれるっていつも言ってくれてるから、私は応援しているんだけど、ハル君は別れた方がいいって言うのよ」


「どう考えても、彼氏さんは働く気ないですよ。

 もう3年も働いてないじゃないですか。家事も全部ペレアさんか世話してるんですよね?

 何もしないでぼーっと過ごすなんて普通の人は3年も続けられません。無理です。耐えきれずに働き出します。

 結婚したいなら別の人を探した方がいいって。

 イフィもそう思うだろ?」


「そうじゃなくて。なんで2人とも平気なんですか?

 自分の居場所がなくなるかもしれないんですよ?」


 私が2人に尋ねると、2人とも顔を見合わせた。


「だって、ねぇ」


「上が決めたことなら、しょーがないし」


 2人は達観しているようだったが、私は受け入れられなかった。


「私、課長に直訴してきます。誰一人欠けることがないように、お願いしてきます。

 今だってギリギリで仕事を回しているんだから、人を減らされたら大変ですし」


 私は残っていたビールを一気に飲み干すと、転移魔法を使って職場に戻った。


「若いっていいわねぇ」


「(ペレアさんは一体何歳なんだ?)」


「あらあら、女性の年齢は探るものではないわよ?」


「口に出してませんけど?!

 てゆーか、あいつ酔ったまま課長に会いに行くって大丈夫か?」






「イフィ・オールただいま戻りました!

 課長、いらっしゃいますか?」


 受付課の執務室には誰もいなかった。

 勢いで戻ってきてしまったが、よく考えれば既に定時後。普通は帰宅している時間だ。 だが、ハードワーカーの課長なら、まだ仕事をしているかもしれない。


 課長の予定表を見ると、『出張:王都』と書いてあった。


「王都かぁ」


 王都といえば、王侯貴族がうじゃうじゃいるところだ。

 あまり気が進まない。私は貴族が苦手だった。

 もちろん、シャニイさんのように貴族出身でもいい人がいるのは知っている。だけど、過去に貴族とトラブルがあったせいで苦手意識があり、できれば避けたかった。


 だが、背に腹は代えられない。今こうしているうちに、王都での会議で縮小が決定されてしまうかもしれない。現に、課長が王都に呼びだされているのが、この上なく怪しい。

 私は課長の予定表の『出張:王都』と書かれた文字をなぞると、転移魔法を起動した。


「課長のところへ」



 転移魔法特有の、空気を高速で斬るような耳鳴りが終わると目の前に課長の姿があった。私は課長が何か言う前に口を開いた。


「課長、お話したいことがあります。

 異民受付課の人員を削減すると噂を耳にしましたが、事実でしょうか?

 事実ならば納得のいく理由を教えていただきたいです。


 現状、3人体制で移民希望者の転送、受付、案内を分担しております。もし仮に人員を減らすならば誰かが担当を兼任せねばならず、1人当たりの業務量が増えることは明白です。その場合、業務効率化の策はお考えになっているでしょうか?


 効率化の例として、外注や自動化が考えられますが、本業務は機密性の高い仕事のため外注は不可能ですし、移民希望者相手の柔軟な対応が求められる業務ですので魔鉱石を使った魔法陣による自動化も困難です。


 ですから、移民希望者の数を減らしたとしても3人体制を変更することに私は反対いたします。

 本件について課長のお考えをお聞かせください」


 私が話している間、課長はジッと耳を傾けていた。穏やかなその表情からは感情を読み取れなかった。私たちの上司、エツ・パーモン課長は貴族出身者が多くを占める上級官僚において平民出身の生え抜きだけあって、思慮深く説得する相手としては手強かった。


「うん、イフィさんの言いたいことは分かった。

 だけどまず、落ち着いて足元を見てごらん」


「足元?」


 パーモン課長に促されて足元を見ると、私の靴の下には誰かの背中があった。

 私は慌てて誰かの背中――上等なスーツに見える――から飛び降りた。


「どなたか知りませんが、ごめんなさい! 転送に失敗しました」


 どうやら、パーモン課長に会うことを優先しすぎて、着地点を間違えたらしい。

 パーモン課長の正面にいた人を踏み倒してしまったようだ。

 一目で仕立てが良いと分かるスーツにくっきりと足跡が残ってしまった。


「大丈夫ですか?」


 急いで助け起こすと、その神経質そうな若い男性は、明白に怒っていた。

 しかも更に悪いことに、見目麗しく身なりが立派で貴族なのは明らかだった。


「大丈夫なものか。眼鏡にヒビが入った。こんなもの、私の魔法ですぐに直せるが」


 その男性が落ちていた眼鏡を拾うと、眼鏡があっという間に凍り付いた。眼鏡についた霜を払うと、レンズに入ったヒビは消えていた。恐らく、氷でヒビを埋めてしまったんだろう。氷魔法は6大魔法のうち火と水の両方の制御が求められる。それも、こんな小さな傷を埋めるような魔法は、高度な技術が必要だ。

 私が足ふきマットにしてしまった男性は、高度な魔法教育を受けたエリートだった。


「私の部下が失礼いたしました。ツァホーグ局長」


「局長!?」

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