雇われ女神の最初で最後の大芝居

@tekuteku804

第1話

日本の行方不明数は年間約8万人いる。

その約半数は10代から30代の若者だ。

彼らは故郷を離れてどこへ消えたのだろうか。

その答えは、異世界にあった。



 異世界異民受付窓口にて


「冒険者よ、よくぞ参られました。

 いまこの世界は危機に陥っています。

 世界の危機を救うため、あなたが召喚されたのです。

 私たちには、あなたの力が必要なのです。

 どうか、この世界のために力を尽くしてください」


 何度繰り返したかわからない、この台詞。

 目の前の異世界人に、これまでと同じように繰り返した。


「うわっ!

 ちょい、待った。

 あんた、本当に女神なのか?」


 お決まりの異世界人の問いに私は曖昧に微笑んだ。


 ここはアーレツヤーム王国の内務省異民局異民推進部異民受付課直属の異民受付窓口。異世界から召喚された移民希望者――すなわち『異民』を最初に受け入れる場所だ。

 異世界から移民を連れてくる『異民政策』を王国が進めたのは、暗黒大陸の発見がきっかけだった。暗黒大陸には複雑な魔法を行使するのに有用な魔鉱石が潤沢に埋まっていることが近年の調査で判明した。だが、凶悪な魔物がうろつく危険な土地を開拓しようという気力ある若者はアーレツヤーム王国には滅多にいなかった。


 そこで、『異民』である。

 冒険を求める異世界人を召喚して暗黒大陸へ送り込む――開拓のための移民として。


 未知の世界での夢のある冒険<ファンタジー>を異世界人に提供し、見返りに労働力を提供してもらう。

 実に合理的で、乱暴な政策である。

 しかし、そうでもしないと危険な暗黒大陸への労働力が集まらないのが現実だった。


 異民政策が始まって既に5年目。

 異世界人を最初に出迎える、私の仕事も5年目だ。


 私の役職は異民受付窓口。

 召喚されたばかりの異世界人の元に現れ、お決まりの文句を言い聞かせ、異世界人が集まる冒険者ギルドに転移魔法で転送する。

 そんな私を異世界人は口をそろえて言う。


 女神だ、と。


 神に誓って言うが、私は決して『女神だ』と自称していない。

 私はただの公務員。それも、任期のある契約公務員だ。

 公務員として事実ではないことは言わない。

 ……ただ、まぁ、異世界人の期待に応えるために少々演じているが。

 私を採用した課長曰く、私の外見だけで異世界人を充分に騙せ……えー、いや、非日常性を与えて納得させられるようなのだけども。


「うわっ! ガチで女神?! 女神だよな!?

 真珠色の髪、夜空を閉じ込めた瞳、差し込む後光……!全部噂の通りだ。

 噂通り、現実離れした美貌の女神が迎えに来てくれるっていうのは本当だったんだ。

 俺、本当に異世界に来たんだ!!」


「その通りです。

 私はあなたを迎えに来ました。

 どうか、この先に迎える困難を乗り越えて、世界の危機を救ってください。

 まずは始まりの地へ行くのです……」


 興奮する異世界人を問答無用で転送した。

 転送先は、暗黒大陸の入り口にある冒険者ギルドの街だ。当然そこにも、私の同僚が待機している。

 異世界人を暗黒大陸に送り込むためだ。


 異世界人たちは冒険者ギルドでクエストを受注し、暗黒大陸の開拓を行うように仕向けられる。この仕組みは異世界で流行っているゲームを模倣して作られた。

 私が出迎える時の台詞も異世界のゲームでの決まり文句を真似している。


 世界の危機を救う勇者として神に選ばれる。

 夢のある冒険は、そんな神の言葉から始まるのだ。


 その結果、異世界人たちは、私を女神と呼ぶ。

 実際には何でもないのに。


「もうすぐ次の異世界人がやってきます」


 魔鉱石を組み込み、自動化された召喚魔法の魔法陣から通達が来た。

 異民たちは次々と送り込まれる。

 この仕事を始めたころは1日に1~2人だったが、最近は多い日には100人ほど受け入れているだろうか。


 やがて魔法陣が光り、目の前に異世界人が現れた。

 私は決まり文句を繰り返す。


「冒険者よ、よくぞ参られました。

 いまこの世界は(魔鉱石不足的な意味で)危機に陥っています。

 世界の(エネルギー)危機を救うため、あなたが召喚されたのです。

 私たちには、あなたの(労働)力が必要なのです。

 どうか、この世界のために力を尽くして(開拓して)ください」


「あなたが女神様?

 じゃあ、私ほんとに異世界に来たんだ!」


 似たような異世界人の反応。

 同じ台詞の繰り返し。

 ああ、もう、本当に


「つかれた……」


 仕事終わりの夕暮れ。私は職場近くの酒場でビールを呷っていた。

 ビールは開拓に飽きた異世界人たちが作った飲み物である。

 黄金に輝くその飲み物は、弾けるように喉を転がり、疲れた体にしみわたっていく。まさに神のごとき飲み物だった。


「いい飲みっぷりだねえ~。女神ちゃんは」


「ペレアさん、その呼び名はやめてくださいよ。私はただの公務員です。

 それに、ここは冒険者ギルドに近いから誰かに聞かれたらまずいですよ」


「だいじょうぶだって。今のイフィちゃんは完璧に変装してるもの。

 誰も気がつかないよ」


 そう言いながらペレアさんは顔見知りらしい異世界人に向かって手を振った。

 ペレアさんは同じ異民受付課として冒険者ギルドの入会窓口を担当している。

 私が転送した異世界人たちはペレアさんに適性を判断されて、おすすめの役職――剣士や魔法使い、聖職者などを案内される。鑑定魔法が得意なペレアさんだからこそできることだった。

 そのうえ、優しいペレアさんにはファンも多い。

 今もペレアさんのファンの冒険者が挨拶をして去っていった。

 私のことは気にも留めない。


「それはそうですけど……」


 自分で言うと自意識過剰だと思われるかもしれないが、私の外見はよく目立つ。

 真珠のように光の干渉で七色に輝く髪に、星屑を散らしたような紺色の瞳。

 息をしていないと、よくできた人形みたいだと言われる。


 そんな人並外れた外見なので、仕事の時以外は魔道具を使って隠している。

 腰まである髪の毛はリボンで一つに結び、目元は眼鏡をかけて隠す。

 リボンも眼鏡も魔道具で、視線を逸らすようにできている。


「すごいわよね、その魔道具。イフィちゃんの髪の色も目の輝きも抑えられているもの」

「最近完成したばかりなんですよ、この魔道具。

 技術課のシャニイさんに作ってもらったんです。これがあると、街中を歩いても変な目で見られないので助かっています」


「シャニイちゃんに作ってもらったんだ~。大丈夫? 何かされなかった?

 あの子、イフィちゃんのことが好きだから」


 ペレアさんの言葉に私は苦笑した。


「実は、髪の毛を少しだけ……」


 シャニイさんは魔法の解析を専門としている技術課のエースだ。

 彼女の作る魔道具はどれも優れている。が、研究熱心すぎてちょっっと変わっている。 この姿を隠す魔道具を作ると言ってくれた時も、


『お金? いりませんわ、そんなもの! 

 え? それではイフィ様の気が済まない?

 ならば代わりに、お体の一部をいただけませんこと?

 できれば、眼か、髪か、歯か、爪でもよろしいわ。

 まあ、怖がらないでくださいな!

 痛くしませんし、先っちょだけ、先っちょだけですから!』


 と言われ、押し負けた私は髪の毛を人差し指の長さほど彼女に渡したのだった。

 ……変な研究に使われないといいけど。


「あらあら」


 ペレアさんはそれ以上深く聞かずに、ビールをグラスに注いでくれた。

 うん、シャニイさんの魔道具のおかげでこうして酒場でおいしいビールが飲めるのだから良しとしよう。


「あれ、もう始めてんのかよ?」


 頭上から聞き馴染んだ若い男性の声がした。

 同僚のハル・サダだ。


「そうよー、だって遅いんだもの。イフィちゃんと二人で始めちゃった。

 ハル君、どうしたの?

 また初心者のクエストを手伝ってたの?」


「あ、そこにいたの、イフィ・オールか。

 すげえな。魔道具で変装してるから全然わからなかった」


 そう言って、ハルは私の目の前にドカッと座った。

 ハルも私やペレアさんと同じ受付課の所属だ。担当は冒険者ギルド内での初心者のサポート。クエストを受注したばかりの冒険者がクエストをクリアできるように助言や、時には一緒に魔法使いとしてクエストに参加したりする。


 結構な肉体労働だ。


 一歩も動きもしない私と運動量に差がありすぎるとからかってくる。

 実際その通りだ。ハルは魔物の討伐クエストに同行した帰りは特に、疲れ果てている。

 だけど、今日は肉体的な疲れではなく、どこか落ち込んでいる様子だった。


「どうしたの、ハル? 何かあった?」


 年が近い故の気安さから声をかける。

 するとハルは重いため息をついて言った。


「どうやら、俺らの誰かがクビになるらしい」

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