第11話 月下の死闘その1

 ――スタッ。


 死神は屋根の上から静かに飛び降りてオレ達の前方に着地した。


 「悪イガお前に用ハ無い、だが邪魔立てスルノならば切り捨テル」


 死神は刀を構えたアドラに向かって、バグった機械音の様な口調で啖呵を切った。


 「……やれるものなら、どうぞッ!」


 アドラはそれに応えると同時に突風の様な俊足で死神相手に突っ込んでいった。


 「……速イッ!」

 

 死神はアドラに応戦しようと鎌を大きく構える。


 「速度向上!」


 速度向上……恐らくあれはバフだろう。

 その言葉と共にただでさえ速かったアドラのスピードのギアが更に一段上がり、一気に死神との距離が縮まった。


 「……スピードが更ニ上がッタ?」

 「一の太刀月の風ルナティックカーム

 

 高速で疾走しながらでも一切ブレが無く構えられていたアドラの刀に緑色のオーラが宿る。

 そのまま、間合いに潜り込んだアドラはその刀ですかさず死神に斬り込んだ。


 「……間ニアわなイッ!」

 

 アドラの接近からの切込みは恐らく死神の想定以上に速かった様だ。

 ヤツは大鎌を振るう事が出来ず、間に合わせ的に鎌の柄の部分を使って初撃をなんとか凌いだ。


 「まだまだァ!」


 だが、アドラの攻撃の手は止む事は無かった。

 一閃、また一閃と巧みな剣捌きで激しく攻め続ける。

 アドラの舞い踊るかの様に華麗で正確無比な連続攻撃は刀を振るう毎にどんどんと加速していく。

 その様は静かな凪から激しく吹きすさぶ暴風へと変化する一陣の風であった。

 

 死神はアドラの激化する連続斬りを前に思うように鎌を振るえず防戦一方だ。

 

「いいぞ、アドラやるじゃねぇか」

 

 正義のホームレス悪役令嬢剣姫だったか?

 あいつ、口上はメチャクチャだったがやりやがる。


 「ほらほら!切り捨てる!なんて言ってた割にその程度かしら?」


 しかし、あれだけの速度の攻撃を無傷で凌ぎ切っている死神は、とんでもない化物なのだが……勝負の行方はアドラの優勢である事に間違いはない。

 

 「……隙の無イ連続技ヲ使ウ事で鎌ヲ封殺すルとハ、やりオル」

 「それは、どうも!!」


 死神も負けじと巧みに鎌を使い反撃を試みる。

 アドラと死神、刀と大鎌。

 互いの武器がぶつかり合い、文字通り激しい火花を散らす。

 

 「凄えぇ……」


 一瞬の隙が命取りになる戦いが目の前で繰り広げられている。

 すまない、オレはこの戦いに付いて行く事は出来ない。

 なにしろオレの目にはアドラ達の繰り出す斬撃は殆ど見えていなかった。 

 これが目で追えないっていう感覚なのか、きっとヤ〇チャ視点ってこうだったんだろうな。


 「接近戦デハ分が悪イ……速度向上」


 アドラの隙の無い連撃を前に勝機を見い出せない様子の死神は距離を取る為に身体強化を発動させた。

 さっきまでより動きが速くなった死神はアドラの攻撃を受け止めるのではなく、躱す事で距離を取っていき後方へと退避していく。


 「逃がさないわ!速度向上!やあああ!」

 

 当然、アドラは死神を逃すまいと自身に身体強化バフをかけて追撃の刺突を繰り出した。

 逃げる死神と追うアドラ、スピードならアドラに分がある筈だ。

 

 「よし、いけぇー!決めちまえ!」


 あの速度での突きなら回避もガードも間に合わない!

 勝ったな!第一章完!みんな解散!


 「掛かっタ……設置魔法セットマジック蜂の巣パラライズ・マイン


 突如死神がオレには聞き取れない位の小さな声で何かを口走った。


 死神とアドラ、両者の間の地面に突如魔方陣が浮かび上がる。

 追撃行おうとしていたアドラは意図せずとも、そのまま魔方陣の中に飛び込む形となってしまった。

 アドラを検知した魔方陣はブゥーンという低い音を発すると共に不気味な明滅を始める。 


 「……これは設置魔法!ったく!」


 危険を察知したアドラは足に大きく力を入れてその場で踏み止まり、踏み込んだ力を利用してバク宙しながら空を舞い後方へと緊急回避した。

 その一瞬、後に魔方陣は一段と大きく発光し地面から数本の電撃が轟王と共に打ち上がった。


 「ふぅ、危ない危ない」 


 本当に危なかった。

 あんなのが当たってりゃたまったもんじゃない。


 …………違う!まだだ!!


 「アドラ!!前だ!!前を見ろ!!」

 「え?」


 ……俯瞰視点ではすぐに気が付けたが、アドラには打ちあがった電撃の後、舞い上がった土煙の先の光景を認識出来ていなかった!

  死神が鎌を仕舞い、懐に隠し持っていた短剣シミターを構えて前に突っ込んでくるのを……。

 

 「形勢逆転ダヨ」

 「なっ!」

 

 アドラはまだ態勢を立て直せていなかった。


 「……クソォ!!」

 

 この戦いに勝つにはアドラが必要だ。

 オレはそれだけを考えて全速力でアドラの元まで走った。


 「アドラぁああああ!!」


 ――何とか間に合った。

 オレは走り抜けた勢いそのままでアドラを力いっぱい突き飛ばした。


 「なっ!マズダ!」


 オレの行動が功を制しアドラに死神の凶刃は届かなかった。

 だが……。


 「……くっ」

 「ホウ、獲物が自ラ向かッテ来るトハ」

 

 アドラに向けられていた死神の刃はオレの腕に深く突き刺さり、傷口からはドクドクと真っ赤な血が流れ出していた。

 

 「はぁ、はぁ……いてぇ」


 【マズダ】HP12→2 


 たかが腕の傷……んな訳あるか。

 ……致命傷も致命傷だ。

 こちとら大怪我に慣れていない一般人だぞ。

 腕から零れ出る血と痛みだけで意識が朦朧としている。


 「マズダ!ちょっとしっかり!」


 傷を負ったオレにアドラが駆け寄ってくる。


 「馬鹿野郎!来るな!」


 死神はその隙を逃さず、スカートの中に隠し持っていたもう一本の短剣シミターをアドラめがけて投げつけた。


 「……ぐぅ!」


 アドラは直撃こそ避けたものの短剣シミターによって右太腿を切り裂かれてしまう。


 「ソコノ剣士、よく健闘シタ、しかし異路同帰……結果ハ変ワラない。麻痺毒ガ塗っテある」


 麻痺毒?それじゃあアドラは?

 

 「なっ……るほどね、どうりで……いきなり……体が動かなくなった……訳だ……」


 アドラは体を痙攣させながら死神を睨みつけたが、その後力なく地面に突っ伏した。


 「おい、アドラ……嘘、だろ?」

 「……終ワりダね」


 再び月が雲に隠れ、闇と静寂が支配するスラムの中で死神の発した勝利宣言だけが不気味に響きわたった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る