第10話 正義のホームレス悪役令嬢剣姫アドラ=フィオーネ

 「あいつから逃げることが出来たのは良いものの……しかし、ここは一体どこだ?」 


 ただでさえ土地勘が無い上にあの狂人から逃げる事だけを考え、適当に走り抜けた所為でこの場所が何処なのか皆目見当がつかない。

 道はガタガタだし街灯が殆ど見当たらない。

 むき出しの土壁やトタン、木の切れ端で出来たボロ屋がひしめき合う様に建ち並び、あちこちに積み上げられたゴミや側溝からは不快な匂いが漂ってくる。

 中央街の綺麗で整然と整備された街並みとはかけ離れた雰囲気の場所だ。

 

 「うげぇっ、オロロロロロロ」

 

 ヘルは側溝に向かい虹色の物体を勢いよく吐き出していた。

 

 「……すまん、酔っぱらいに随分激しい運動をさせちまったな」

 

 オレはヘルを介抱してから彼女を物陰で隠れるような場所に一旦座らせた。


 「ここで待っててくれ。帰り道を探してくる」


 この辺は明かりも少ないし、道も複雑に入り組んでいる。

 物陰に隠れながら移動すれば見つかる事はないだろう。

 ヘルを隠した後にオレは追手に十分注意しながらこの場所を軽く散策し、王城まで安全に戻るルートを探る事にした。


 「このやけに臭くて陰鬱で治安の悪そうな雰囲気から察するに、多分この場所はスラムってやつだな」


 まぁそれ以外にあるか?っていう感じの場所だが。


 「……やぁ、少年。こんな夜更けに、こんな場所で何してんの?」

 「うおっ!なんだ!誰かいるのか?」


 死神……ではない。

 初めて聞く声だ。

 街灯が一切無い真っ暗闇だったのでオレはすぐ真隣のゴミ山に座っているボロ切れを纏っている存在に気が付かなかった。


 「誰だお前は?」


 雲の切れ間から顔を出した月が真っ暗なスラムを照らし、謎の人物の詳細を露わにしていく。


 そこにいたのは肩までかかるサファイアの様な濃い青のボブヘアにぴょこんと生えたアホ毛が特徴的な少女。

 翡翠色のツンとした瞳に月明かりに輝くきめ細かい白い肌はスラム街には似つかわしくない高貴さとどことない儚さをオレに感じさせた。


 「はじめまして、私の名前はアドラ、しっかし今日は月が綺麗ね……少年も月見?ところで君の名前は?」


 変な奴。

 それが第一印象だった。

 しかし不思議と悪い感じはしなかった。


 「……マズダだ。月が綺麗ってあれか?愛の告白だっけ?」

 「あはは、なにそれ?面白いね君、マズダだっけ?その恰好もしかしてあんたって冒険者?あるいは勇者だったりとか?」

 「……違うな」


 初めて会ったやつにわざわざ素性を明かす必要は無いだろう。

 というか『そうです、オレが勇者です』なんて名乗るのは普通に恥ずかしいしな。

 

 「へぇそっか……だったら何であんなヤバイ奴に追われてたの?……ほら」

 

 そう言ってアドラと名乗る女はオレ達の前方に見える家の屋根を指差した。

 

 「あ?あの家に一体何が……あ、あっ、あいつはッ!!」


 その屋根の上にはさっきの死神が立っていた。

 死神は月明かりを背にし、二つの赤い瞳を不気味に光らせてこちらをじっと見つめていた。

 

 「……うッ!」

 

 死神の放つ殺気の所為だろうか?

 ヤツとこうして対面しているだけで体中から汗が止まらない。

 ……無意識に体が震えて足が動かない。

 

 「【勇者殺し】噂に聞いていたけどすごい迫力ね」

 

 アドラは死神を一点に見つめそう呟く。

 勇者殺し?あいつそんな趣味の悪い異名を持ってやがるのか。

 ……そうか!あいつオレが勇者だと知っていて、だからオレを狙ってきたのか!


 「クソッ!オレは勇者なんかじゃねぇ!だから帰れ!帰れよお前ェ!!」


 死神は何も答えなかった。

 静寂の空間でオレの精一杯のブラフの叫びだけが虚しくスラムにこだまする。


 「ねぇ、マズダ一つ提案があるわ」


 アドラはササッとオレに近寄って小声で告げる。


 「へ?こんな時になんだよ」

 「あんたアレに襲われてるって事はやっぱり勇者でしょ?私を勇者のパーティに入れてくれない?そうすれば一緒に戦ってあげるわ」

 「はぁ!?」


 それはあまりに唐突な提案であった。

 さっき出会ったばかりの見ず知らずのこいつをパーティに入れる?

 普通なら即お断りの場面だが……オレはヘルの様子を思い出す。

 ……駄目だ、酔っぱらって眠りこけているに違いない。


 「あまり時間は無いわよマズダ、さぁどうすんの!」

 

 クソッ!ここで死んだら絶対に後悔する。

 命あっての物種、もうどうにでもなれ!ダメで元々!人生はギャンブルだ!


 「あーもう!分かった、この状況をひっくり返せるんならパーティ加入位安いもんだ……でも後悔すんなよ。オレ、クッソ弱いぞ。」

 「モーマンタイよ。それじゃあ、契約成立ね……勝ったら飯奢りなさいよ!」


 『パーティ加入申請が来ました』

 『はい』『いいえ』


 オレは迷わず『はい』を押した。

 パーティの欄にオレとヘル、そしてアドラの名前が表示される。


 名前:アドラ=フィオーネ

 性別:女

 年齢:16

 胸 :中

 異名:白夜の剣姫

 種族:人間

 装備:月光のアヴリーゴ

 武器:月翔【嫦娥】【スロット★★★】【攻撃強化(小)】【攻撃強化(小)】【速度強化(中)】

 レベル:62

 HP :1500

 MP :250

 攻撃:900+500

 防御:200+100

 速度:1000+500

 魔力:100

 賢さ:100

 運 :30

 特殊スキル:【剣術の極意】


 ……こいつデカい口叩くだけある。

 ヘルよりもレベルが高いしバチクソ強いぞ!


 「さぁ飯が賭かってるんだから、さっさと終わらせるわよ!」

 

 アドラはボロ切れを脱ぎ捨て、その下に隠されていた青い宝石と見事な金装飾が施された純白の鞘から刀を抜いた。

 アドラの抜いた刀は月光を反射させて神々しいまでの輝きと七色の閃光を放ち、辺りの暗闇を切り裂いた。

 そのギラギラとした刀の輝きはダイヤモンドにも劣らないと感じさせた。

 ……まぁ正直本物のダイヤモンドを見た事はあんまりないんだけどな。


 「そんじゃ、正義のホームレス悪役令嬢剣姫アドラ=フィオーネ、参るわ!」


 ……いや、お前の異名ダッッッサ。

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