第9話 死神VS無銭飲食
そこからのヘルは酒を飲む勢いが止まらず、時折呂律の回ってない訳の分からぬ呪文を口ずさむ謎の機械と化していた。
「……はぁ仕方がない、完全に手が付けられなくなる前に切り上げるか、帰るぞヘル」
「あ、ふぁあい」
閉店が近いのか店内も静かだし、迷惑になる前にここを出よう。
オレはヘルに肩を貸しながら店の会計へと向かった。
「すみません、会計をお願いします」
「…………」
……誰もいない?
オレはヘルを椅子に座らせてカウンターを覗いてみる。
「何だ?誰もいないのか…………えっ?」
カウンターの下に会計係が倒れて――これは血!?――その時だった。
背後から溢れ出る強烈な殺気と悪寒に押されオレは反射的にその場にしゃがみ込んだ。
それとほぼ同時に後ろからの強烈な風切り音と共にカウンターが真っ二つに切断されて慌てて振り返る。
そこにはオレの背丈を超える大鎌を構えたこの世のものとは思えない狂気を醸し出した漆黒のボールガウンに身に纏う気味の悪い女が立っていた。
「カカカ、外シた、か」
首の位置がかなり低い特徴的な猫背の所為で白とピンクの長髪がだらんと顔にかかり、髪の間からオレをねっとりと覗く死んだ魚の様な光の無い赤い瞳が彼女の不気味さを際立てている。
黒い衣装と大鎌、そのいで立ちや雰囲気からオレは死神を連想した。
「な、なんなんだこいつ!」
こいつはヤバイ。
本能がそう察し、気が付けばオレはヘルの手を引き店を飛び出していた。
「はわっ!マズダ様どうしたのですか!」
「いいから走れ!!ヘル!!」
今は酔っ払いに状況を説明している暇はない。
一刻も早くあのバチクソヤバイ奴から逃げないと。
「……逃がサナイよ、速度向上、デスサイズ」
死神は奥で何かを呟いた。
その直後、店の中にいた筈の死神は突如オレ達の目の前に瞬間移動して大鎌を振り上げていた。
「……っ!」
「死ネ……」
そしてオレが叫ぶ間もなく死神は持っていた大鎌を振り下ろした――。
その瞬間、音が消え、目に映る景色はモノクロになり周りの人や物、その全てがまるで時が止まったかのように凍り付いて動かなくなった。
▽ ▽ ▽
『……あーあ、結局増田君ってよく分からない異世界でよく分かんない奴に喧嘩売られてもうゲームオーバー手前じゃん。死にゲーか何かと勘違いしてんの?【人生】を』
凍った世界で聞こえてきた謎の声。
この声、脳内に直接響いてくる。
『増田ヒロムっていう冴えない人間は、例え異世界に行こうが結局ダメダメな駄目人間なんだよな~』
駄目人間かどうかなんて関係ないだろうが。
……はッ、何が異世界だよ。
治安悪過ぎだろ。
いきなり襲われるだなんて、そんなの回避できる訳ねぇじゃん。
『逃げずに戦ってみれば……いや、無理か(笑)。仕方ないよね。だってさあんな化物じみたやつに絶対勝てないんだろうし』
ははは、お前の言う通りさ。
オレだってもっと力があれば、才能があれば、あの瞬間移動する化物に立ち向かうかもな。
だからオレが悪いんじゃない。
悪いのはオレの落ちぶれた……生まれ持った能力と報われない才能、そしてこの運命だ。
『……あーはいはいそうだね……でもさ、世の中には逃げるが勝ちって言葉もあるんじゃん?元の世界でも逃げる事に関しては超天才だった
は?一体どういう――。
『……近い内に
▽ ▽ ▽
「はっ!ここは?」
……オレは何か変な夢を見てた気が――ってそうだ!ヤバイ、死神の鎌が目前に迫ってきている!!
『キュイン!キュキュキュキュイン!』
オレが死を覚悟したその瞬間、本当にいきなりの事だった。
脳内に直接、やけに軽快で何故か興奮を覚える音が響き渡った。
「は?なんだ?今の音」
『スキル【
は?
スキル獲得?
『スキル【
うおお体が勝手に動いて!
制御の効かなくなった体はオレにも理解できない複雑な動きで振り下ろした鎌を的確に避け、死神の背後を取る事に成功した。
「……アレを躱シタ?」
死神は怪訝そうに首を捻りながらぶつぶつと独り言を呟いている様子を尻目にオレはヘルを連れそのまま無我夢中で近くの路地裏へと入っていき走り続けた。
「はぁはぁ……はぁ」
5分程走り続けただろうか、ヤツが追ってくる気配はない。
オレ達は死神を巻く事に成功したようだ。
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