第4話 Re:無気力の呪い

 「……あんた、一体」

 「申し遅れましたわマズダ様、私の名はヘルミリシア=クアドラプルメギストス=マンユ」

 

 オレが彼女を問いただそうとした瞬間、逆に彼女が自らこちらに微笑みながら歩み寄り自身の名を告げた。


 「お、おう……名前長いな」

 「ヘルとお呼びくださいね。私はこの世界の死と破滅の女神、世界の危機に際して現世に顕現させて貰いましたの、以後お見知りおきを」


 自らを神と名乗った少し気の触れているヘルなんちゃらさんはそう言うとオレに一礼した。


 「か、神?」

 「ええ、そうですわ」

 

 このセクシーなかわいこちゃんが神様?世界の危機?

 ヤバイ、頭がバグる。


 「単刀直入に申し上げますわマズダ様、異世界から来た勇者である貴方にはこの世界を救って頂きたいのですわ」

 「……はい?」 


 あ、ふーん。

 オレの知っている現実ではないとは思っていたが、この世界はそういうやつね……悔しいがヲタクなので超速理解できた。

 さっきからずっと勇者と呼ばれていたのはそういう事か。

 

 「と言われてもだな、女神……ヘルだっけ?いきなりそんな事言われて『はい、分かりました』なんていう奴はそうそういないと思うぞ?」

 「マズダ殿の言っている事は尤もじゃが一先ずワシらの話を聞いてはもらえんか?」

 「はぁ、せっかくだし話を聞くだけなら」

 

 ……あくまで話を聞くだけだがな、ただの工場作業員のオレが?世界を救う?無理無理無理。

 そのまま「オレは世界なんか救わん、帰るぞ」っていう展開も面白いっちゃ面白いが、まぁここはベターに話を聞いてやるとしよう。

 オレはゲームだと出来るだけ友好度を下げない様に立ち回るタイプなんでね。

 

 「……それでは勇者殿――」

 「――いいえ、マズダ様あんなヒゲのかったるい話なんて聞かず、外を歩きながらお話ししませんか?そちらの方が状況を理解され易いかと?」

 「へ?」


 グラモン王が口を開くよりも先にヘルが会話に割り込み、とんでもない事を口走った。


 「ヒ……ヒゲって……それにワシってそんなにかったるい?」「お、王よ!お気を確かに!」


 ヘルの言葉が余程ショックだったのか、分かり易く落ち込んでしまったグラモン王の周囲に従者たちが一斉に集まっていく。


 ……なるほど。

 確かにこのえちえち女ただ者ではないな。

 王と称される人物に対しあれだけの無礼を働いても一切咎められていない。

 彼女が神だというのもあながち嘘ではないのかもな。

 

 だとすると話を聞くべき相手は王ではなくヘルの方だな。


 「分かった。グラモン王、悪いがオレはこのヘルって子と外で話してくる」

 「うー……うっ、うむ、それがヘルミリシア様のご意向であるならば。ワシはそれに従うまでだ」

 「うふふ、それでは城下へご案内しますわ。そしてこの国がいいえ、この世界が受けた【呪い】をお見せしましょう」

 「……呪い?」

 

 ヘルは意味深な言葉を残し、謁見の間の外へと向けて歩き出した。

 そしてオレは黙って彼女の後を追うのだった。


 城内を歩いている際にオレはヘルからこの国、リント王国についての説明を受けた。

 この国では古の時代より大小様々な危機が起きる度に異世界から勇者と称された一般人をフードデリバリー感覚で勝手に呼び出してきたらしい……。

 ちなみにその生贄となる一般ピーポーの選定に携わっているのが目の前にいる女神ヘルだそうだ。

 

 「勝手に連れて来られた人間は本当いい迷惑だな」

 「大抵の人間は最初は嫌がっていてもその内、自身が勇者であるという快楽と愉悦に落ちますわよ、寧ろそういう甘い考えの堕落した人間を選定しているのですけどね」

 「おい、さり気無いオレを含めたディスりとエッチな本とかにありそうな表現はやめろ」

 「わざと、ですわ」

 「けっ!」


 しかしこいつ、随分とハッキリえぐい事言いやがって。

 

 だが非常に残念ではあるがヤツの言葉には一理、いや万理ある。

 オレが現実に戻ってもどうなる?

 今までと変わらぬ底辺生活送るだけだぞ。

 だがこの世界のオレは違う、なんたって世界を救う勇者様なんだぜ?

 待遇や周囲からひしひし感じる熱視線なんかは底辺工場の平社員の時とは訳が違う。

 

 そんで、だ。

 まずはこの世界がイージーモードか?ハードモードか?

 その見極めをする為にも勇者であるオレが立ち向かわなくちゃならない【呪い】ってやつがどんなものかを確認する必要がある。


 そんな訳でが分かるという王都の城下町までやってきたのだが……。


 「ここって……一応王都だよな?」

 「勿論ここは王都の中央街ですわ」

 

 オレは城下の街を見て唖然とした。

 中央街というだけあってレンガ造りの立派な洋風建築が立ち並んでいる通りは圧巻だが、一つだけ大きな違和感を感じる部分があった。

 

 「……ガラガラッだな」

 

 違和感の正体は人の数だ。

 通りを行き交う人も、そこにある商店も一様に疎らで建物の数と規模に対して人の数が明らかに少な過ぎる。 

 ゴーストタウンとまではいかないが、あまりの活気の無さに少し気が滅入るレベルだ。

 ……廃墟好きとか退廃的な風景が好きな人にとってはたまらないんだろうがオレには刺さらなかった。

 

 「これじゃまるで地方都市のシャッター通りじゃないか」

 「地方はここの比ではありませんわ。呪いの影響で文明が崩壊寸前の場所すらあるそうで」

 「文明崩壊?その……ヘルだっけか?結局の所、呪いって何なんだ?ここに来たら分かると聞いたがさっぱり分からんぞ」


 こんだけの人がいなくなる呪いだ。

 さぞかしとんでもなく恐ろしいモノなのだろうな。

 こりゃ逃げる準備をした方が良さそうか?


 「無気力の呪いですわ、リント王国では既に人口の7割が呪いの影響を受けているそうです」

 

 ヘルは至極真面目な顔でそう口ずさんだ。

 一瞬オレの頭がフリーズした。


 「へ?は?無気力?」

 「ええ、この呪いはあらゆる生命の気力を奪い、人格を陰湿に改変させて家に引き籠らせ、生産活動……果ては繁殖活動すらもストップさせるとても恐ろしい呪いですわ」

 「ん?んん~ちょっと待て」


 なんだそれ……本当に呪いか?

 確かに人口の7割もそんな奴らがいたらたまったもんではない……うん、ゾッとするな。


 「そして、この凶悪な呪いの元凶は災厄の怪物……天魔ソリトゥス=インキャーラ」

 「ソリトゥス、イ、インキャ……」

 「どうかマズダ様!ソリトゥスを打ち滅ぼし呪いを断ち切って下さいませ!この世界を救えるのは勇者だけなのです!」

 「………………ついていけん」

 「ちょ、マズダ様!どこに行かれるのですか!?」


 ヘルの言葉を無視してオレは中央街を離れた。


 ▽ ▽ ▽


 あほくさッ!!!!!!

 何が無気力の呪いだ?勝手にしてくれ。

 要は引きこもりを増やす呪いだろ?

 オレはそんなバカみたいな理由で滅ぶ世界に付き合わねぇ。

 

 決めた、王に旅に出るって嘘ついて支度金をしこたま頂戴してからとんずらする。

 そんな思いを抱きながらオレは王城へと戻ってきた。


 無気力の所為で滅ぶ世界?

 いくら何でも馬鹿過ぎませんか。

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