第6話 ステファニー嬢の結末

5日間、アリーシャは朝と夜2回小屋に向かい、ミルクとパンを届けているようだった。食事が届けられているという事は、まだステファニーが生きている証拠になる。ルイーズはアリーシャが食事を運ぶのを見るたびに安堵を覚えた。

 そしてついに約束の日、ルイーズは買い出しに行く用をメイド長に言い渡され、すぐにキャロラインの家へ向かう。キャロラインは、ルイーズが到着するとすぐに部屋に通し、小さな小瓶を手渡した。

「これは、隣国の薬で1瓶飲み干せば、数分で体が仮死状態になる物なの」

「仮死状態ですか!? それって、本当に死んだりはしませんよね!?」

「……えぇ。私の知る限りでは、今までに死んだ者はいないわ。この薬を飲ませ、死んだように見せかけ、メイド長と一緒に屋敷からステファニーを連れ出して。理由は、突然死の理由を調べるために、医院に連れて行くとかなんとか、もっともそうな事を言って説得すれば良いわ。」

「わ、わかりました。で、その後は?」

「医院に知り合いがいるから、その人にうちに連れてきてもらうように頼んでおくわ。うちに来れば、しばらく彼女を匿う事も可能だし、もし薬のせいで何か問題が起きても対処できるから」

「わかりました。メイド長に頼んでみます」

「じゃあ、後のことは宜しく頼んだわよ」

「はい」

 そう言ってルイーズは、キャロラインの家を離れ、レッドフォード家に向かった。メイド長に全てを話すと、やはり『仮死』の言葉に驚きを隠せない様子だった。しかし、このままずっと小屋に閉じ込められ、弄られていれば本当の死が訪れる可能性は十分にある。メイド長は意を決し『私がこれを飲ませます』と言い、小瓶を受け取った。

 メイド長の話だと、夕飯の後飲ませる手はずになっていた。ルイーズは、メイド長からの報告をドキドキしながら待っていた。

午後8時過ぎ、メイド長はアリーシャに今日は自分が食事を運ぶと言って、役目を代わった。そして、ステファニーの元へ行く。勝手に薬を飲ませる事に抵抗があったメイド長は、ステファニーに薬の説明をし、ステファニー本人が許可してから薬を渡す事にした。

ステファニーも仮死の話には恐怖を覚えたが、このままここで生きていくのも死んだのも似たような物だから薬を貰うと言った。

夕食が終わると、メイド長は食器を下げた。その後、恒例の継母による暴言、愚痴大会が開催される。ステファニーは少し考えた後、倒れるなら今の方が継母も取り乱すし、その騒ぎに便乗して作戦が速やかに運ぶのではないかと思い、さっと後ろを向き小瓶の薬を一気に飲んだ。

10分ほど経つと、ステファニーの意識は朦朧としていき、座っているのも無理なほど体調が悪なり、その場に倒れた。

その姿を見て、夫人は悲鳴を上げ。悲鳴を聞いてメイド長は察し、他のメイドには食堂で待機するように命じ、アリーシャには伯爵を呼ぶように指示、ルイーズを連れて小屋に向かった。

小屋に入ると、ガタガタ震えている夫人と青白い顔をして倒れているステファニーの姿が目に入った。メイド長は夫人の肩を摩り、落ち着くように促し、屋敷に行って旦那様と一緒に居る様に言った。夫人は同様で何も考えられない様子で、おぼつかない足取りで屋敷へと向かった。

ルイーズとメイド長はステファニーの体を持ち上げて、屋敷に運ぶ。2人とも軽すぎる体に涙をこぼし、メイド長は『今までごめんなさ』とポツリと呟いた。

屋敷に戻ると、伯爵、夫人、義姉のトリシャが待っていた。

「おぉぉ、ステファニー!? なんて事だ!! 何て姿に……」

「あなた、ステファニーの様子を見ようと部屋に行ったらいきなり倒れて……私も急な事で本当に驚いてしまって……」

「ずっとお前から病気がちで部屋に籠っていると聞いてから、いつかこんな日が来るのではないかと思ってはいたんだ……しかし、それがこんなに早いなんて」

「旦那様」

「何だ、メイド長」

「こんな時に、このようなお話は申し訳ないのですが……」

「何だ? 遠慮せず言ってみたまえ」

「奥様の話からすると、ステファニー様は急に倒れられたとのことで、不審死に該当します。なので、念のため医院で死亡理由を調べさせてみてはいかがかと思います。無いかとは思いますが、何か未知のウイルスでも保持していたら、ステファニー様と今まで関わった奥様やわたくし共にも影響がある事なので……」

「そうか、確かにそれもそうだな……」

「では、これ以上ステファニー様に誰かが触れるのは危険な可能性もありますので、私とルイーズでステファニー様を馬車に運び、急いで医院に連れて行きます」

「わ、分かった。宜しく頼んだよ。メイド長」

「もちろんです。旦那さま」

 夫人の動揺が皆に伝染し、レッドフォード伯爵も娘を急に失った事で頭が混乱している事もあり、想像よりも速やかにステファニーの移送は完了した。

 医院に着くと、1人の男がルイーズたちを出迎えた。中世的な顔立ちで、髪はプラチナブロンド、少し伸ばしている髪が顔にかかり、月夜に照らされたその姿は幻想的にさえ見えた。

「お待ちしておりました。ステファニー様とルイーズ様、そしてメイド長様ですね?」

「はい」

「要件は伺っておりますので、こちらでステファニー様はお預かりして、皆様は一旦お屋敷へお戻りください。ここからの作業はわたくしの方で全て手配済みですので、ご安心してください」

「わ、わかりました。よろしくお願いいたします」

 ルイーズとメイド長は深く頭を下げ、医院を後にした。

 屋敷に戻ると、メイド長は執事にレッドフォード伯爵の居場所を聞き、書斎へと向かった。書斎に入ると、まだ動揺を隠せないでいるこの屋敷の主人であるレッドフォード伯爵、側には白々しい演技を続ける夫人とその娘がいた。

 メイド長がこの2人のバカげた演技を見ながらも、平静を保っていられるのは、事実を知っている事に他ならない。もし、本当にステファニーに何かが起きて、急死したとなれば、こんなに冷静に手続きを進めていられないだろうし、原因と思われる夫人と娘に泣きさけびながら掴みかかっていただろう。

 だが、メイド長がここまでの気持をステファニーに寄せていることなど、誰も知らない。その理由は、彼女がステファニーを陰から守るため、そしてその為にこの屋敷で長く雇ってもらうのに、常に公正な立場を選んでいたからだ。この彼女の努力が実を結び、今の彼女の行動に誰も怪しむ者はいなかった。

 メイド長の姿を見ると伯爵は駆け寄ってきく。

「娘は? ステファニーはどうなった?」

メイド長は、深く息を吸い、深呼吸を数回してからレッドフォード伯爵を見た。

「旦那様、ステファニー様は明日検視されると伝えられました。こちらに戻ってくるのは数日後かと思われます。今我々が出来る事はただ報告が出るまで待つこと、あとは葬儀の手配をする事だけです」

「そうだな……。君の冷静さが今は心強い。ありがとう」

「お気遣いのお言葉ありがとうございます。しかし、私はやるべき事をやっているだけですので、あまり気になさらないでください。それでは、私は他のメイドにも伝えなくてはいけませんので、失礼させていただきます」

 メイド長は深くお辞儀をし、書斎を去った。

 一息つくと、他のメイドに今日起きたことを伝える為に食堂に向かう。食堂にはルイーズが先に待っており、何が起きたのか気になって仕方がないメイド達がルイーズを質問攻めにしていた。

 何を聞かれても、自分の口からは何も言えないと何とか今まで黙っていたが、止まない質問に徐々にイライラし始めた。その時、やっとメイド長が姿を見せ、ルイーズはホッとした。

「皆さん、ずっとここで待機させてしまってごめんなさいね。今日はとても不幸な出来事が起こりました。……我が屋敷のステファニーお嬢様が急な病状悪化により、お亡くなりになりました」

「えぇ!?」

「そんな!?」

「どういう事!?」

メイド達の動揺が広がり辺りが騒がしくなったので、メイド長は一喝し静まらせた。

「急死と言う事で、何か原因が他にもある可能性があるので、ご遺体は医院へと運ばれました。数日後にこちらに戻ってくる予定なので、葬儀はその後となります。そして、明日からこの屋敷は喪に服すこととなるので、皆もマナーを守り今まで以上にしっかり旦那様、奥様、トリシャ様にお仕えするように」

「はい」

「では、今日は解散とし、明日に備えてしっかりと休息を取る事」

 そう言うとルイーズ以外のメイドは部屋に戻った。メイド長はルイーズの姿を見て、今まで溜めてきた涙が零れ落ち、心の内を吐露した。

「本当に、本当にお嬢様は大丈夫よね……」

「えぇ、私の主は優秀ですので、安心してください」

「分かったわ。怪しまれたら困るから、私たちもさっさと寝ましょう」

「はい」

 この国では、喪に服す期間は1週間から10日と決まっており、その期間は主によって決められる。喪に服す期間、家族は勿論喪服の着用が義務付けられる。そして、屋敷に使えるメイド達も黒いレースのベールを被って、給ししなくてはいけない。

 喪に服す期間、朝食・昼食・夕食は食べるものが国で決められており、レッドフォード家でも朝から喪中用の食事が厨房で作られていた。

 いつもならバラバラに取る朝食だが、喪中期間はそうはいかない。出来るだけ家族が揃って食べる事も国王の命によって決められていた。

 不幸があった翌日ともなれば、皆無口になる。結果、ナイフやフォークと言った銀食器がお皿に当たる音しか聞こえてこず、メイド達は今まで以上に緊張した。

 食事が終わると、メイド長は伯爵に呼び止められた。

「メイド長、今いいかな?」

「もちろんです。旦那様」

「今日結果ってわかるのかな? 解剖は今日からだろ?」

「他の病死以外の死因ともなると、大事だろ? なるべく早く把握しておきたいんだが……」

「お気持ちはお察しいたします。今日医院に立ち寄って進捗具合を聞いてみますね」

「ありがとう。本当に君は素晴らしいよ」

 昼過ぎになると、メイド長は外出し、約束通り医院に向かった。そして昨日ステファニーを引き渡した男に会う事にしたのだが、男は医院のどこにもおらず、空振りに終わった。

屋敷に戻ると伯爵が結果はどうだったかと聞いて来たが、あまり嘘を付きたくなかったメイド長は『まだ数日かかると言われました』とだけ答え、ルイーズの元へと急いだ。

「ルイーズ!!」

「は、はい!」

「今日旦那様にせがまれて、医院に行ったけど昨日お嬢様を受け渡した男は居なかったわよ!!

どうなっているの? お嬢様は本当に大丈夫なのよね?」

「ちょっと! メイド長!! 声を落としてください。そんな大きな声で話して誰かに聞かれでもしたらどうするつもりですか?」

「だって……私はもう不安で仕方ないのよ!!」

「分かりました。明日、私がお嬢様のいる家へお連れします。それでとりあえず今は落ち着いてもらえますか?」

「分かったわ。約束よ!」

 あまりに大きな声でメイド長が話してきたから、誰かにバレてないかとルイーズは冷や冷やした。

翌日、メイド長は医院から遺体を運んだ2名は診察を受ける様に言われたと嘘を付き、ルイーズと2人で屋敷を抜け出すことに成功した。

ルイーズはキャロラインの家へと急いだ。メイド長と同様、ルイーズもまたステファニーの状況が気になって仕方が無かったのだ。

家に着くと、外から女性の笑い声が聞こえてきた。その声を聞いてメイド長は持っていたカバンを落とし、咽び泣いた。

「ス、ステファニー様……」

 ルイーズがノックすると、キャロラインが戸を開けた。

「いらっしゃい」

キャロラインはにっこり笑って2人を迎え入れた。

部屋に入ると、ソファに座るステファニーの姿が目に入った。その姿を見て、メイド長は駆け寄ると泣きながら今までの事を謝罪し始めた。

「ステファニーお嬢様……。本当に、本当に生きていてくださって、私はとても嬉しく思います。今まで助ける事が出来ず、本当に本当に申し訳ございませんでした」

「アン……。良いのよ。私はちゃんと知っていたものあなたがいつも陰で助けてくれた事。母の鞭打ちを止めるために、わざと嘘の呼び出しをし、こっそりパンとミルク以外の食べ物を与えてくれていた事……。そして、私が外出できなくなってからは、友達のシャーロットと文通するのを手伝ってくれていた事……。あなたの支えが無ければ、私は良くて今頃まだあの小屋の中、悪くて本当に命を落としていた事でしょう。あなたには本当に感謝しきれません」

「ステファニーお嬢様、有難きお言葉、痛み入ります」

「良かったですね! メイド長!!」

「ルイーズ! 新人のあなたを信じてみて本当に良かったわ」

「ゴッホン! お喜びのところ申し訳ないのですが、まだ作戦は完了していません」

「と、言いますと?」

 メイド長が焦る様子で聞く。

「医院からは遺体が紛失したと伝えてもらいます。今のレッドフォード家の状況ならそれで特に詮索もして来ないでしょう。なので、あとはステファニー様の身柄をどうするかと言う事なのですが……。実は、私はもう1つ別の依頼を受けていまして、そちらにステファニー様の身柄を引き取ってもらう事になっております」

「え!?」

「それは、どこのどなたですか?」

「ステファニー様を見ず知らずの者のところになどやれません!!」

「ステファニー様、そこでお聞きしたいのですが、昔小等学園で1人の男の子を助けたことを覚えていませんか?」

「……えぇ、確か他国からの交換留学で来た方だったかと。外見が私達とだいぶ違い珍しかったので、いじめられていたところを私が止めた記憶があります。とても素敵な肌の色、目の色をしていて、この国の事にも興味がとてもあり私はその方と良く図書室で勉強をしておりました。しかし、ご家庭の事情か何かで急に国に帰る事になってしまい、それ以来あっておりませんが……それがどうかしたのですか?」

「素晴らしい! 依頼主と全く同じ話をされましたね。これで安心です」

「えっと、話がまだ分からないのですが……」

「実はその方は、隣国の王子だったのです。王位継承者は兄の次で2番目だったのですが、こちらに交換留学に着た後にそのお兄様が病死してしまい、今は第1王位継承者として国を支えておられます」

「そうだったんですね。彼ならきっと素敵な国王になるかと思います。で、その事とわたくしになんの関係がありますの?」

「その王子様が私の2件目の依頼主なのです。依頼内容は、初恋のあなたを見つけ出すことでした」

「まぁ、初恋!?」

ステファニーは驚きながら、頬を赤らめた。それを見たキャロラインはにっこり微笑みながら、話を続けた。

「えぇ、王子様からはそのように聞いております。もしあなたも同じ気持であるのなら、王子様の信頼する従者が本日到着する予定となっておりますので、その方と隣国へ向かっていただければ、こちらとしてもステファニー様の身柄をどうするか心配する手間が省けるのですが……」

 話がどんどん進んでいるのに焦ったメイドは、耐えられず声を荒げて会話に割って入った。

「ちょっと!! 黙って聞いていれば、あなたは何なの? せっかくこれから幸せになるステファニー様を訳の分からない国の王子、しかもそれが本当かも分からないのに『はい、どうぞ!』と任せる分けないでしょう!!」

 ステファニーの方を振り向いてさらに続けた。

「ステファニー様! わたくしがいつまでもお側にお仕えして、あなた様に苦労が無いように尽くしますので、こんな怪しい話に耳を傾けないでください」

「アン、あなたの気遣いは本当に嬉しく思うわ。お母さまの代から私にも良くしてくれて、本当にありがとう。でも、私この話受けてみたいと思うの。隣国へは行った事もないから、最初は苦労が絶えないだろうけど、この国はもうつらい記憶ばかりで私は残りたくないの。いっその事、心機一転他の国に行ってしまった方が良い気がするのよ」

「そうなんですか……」

メイド長はがっかりして肩を落とした。

それとほぼ同時にドアをノックする音がし、キャロラインは玄関へと急いだ。

階段を上がり、皆が待つ部屋へ笑顔で入ってきた。

「皆さん、紹介いたします。隣国のハリス王子様です。なんと、ステファニー嬢にお会いしたい一心で、ご本人が来てくださいました」

「え? ハ、ハリス?」

「そうだよ、ステファニー。久しぶり」

「えぇ、久しぶりね。あなたが本当に私をあなたの国へ連れて行ってくれるの?」

「そうだよ。昔助けてくれた恩はまだ返してないからね。僕で出来る事なら何なりと頼ってくれ」

「ありがとう」

「キャロラインさん、アン! 私、決めました! ハリスの国へ彼と行きます! そしてアン、あなたにも一緒に来て欲しいの。どうかしら?」

「わたくしで宜しいのなら、喜んでお供いたします」

 メイド長は涙を流しながら、ステファニーの手を取って感謝を表した。ステファニーは助けを呼んでくれた幼馴染のシャーロットに手紙を残し、ハリスとアンと急いで国を発った。

 数日後、伯爵家に手紙が届き、そこにはステファニー嬢の遺体が紛失したと書いてあった。普通なら大事になるところだが、伯爵の関心はもうステファニーにはないので、余計な詮索や責任を問うなどはしなかった。空の棺で葬式をあげ、7日後喪が明けると、レッドフォード家はステファニーがいた頃と何も変わらない日常を送るようになった。

 キャロラインは、シャーロット宛の手紙を郵送した。シャーロットは手紙を読み、喜びの涙を流し、証拠が残らないように火を灯し捨てた。

 数年後、隣国のハリス王子が婚約者を迎え入れたというニュースが流れた。もちろん相手はステファニー嬢。

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悩める貴族助けます~貴族相談役の策略~ LAYLA @layla_layla

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