第5話 虐げられた令嬢

ルイーズがレッドフォード家にやってきて最初の朝を迎えた。昨日メイド長に言われた通り、起きると食堂に向かう。食堂ではすでにメイドが何人か待っており、今から朝礼が始まるようだった。

列に並び待っていると、少ししてメイド長がやってきた。

「もうすでに知っている人もいるかと思うけど、今日から王宮のメイドの教育をする事になりました。自己紹介して」

「おはようございます。今日からこちらでお世話になります。ルイーズ・エヴァンスと言います。宜しくお願いします」

「ルイーズさんは、王宮から預かっているメイドと考えて、皆さん失礼のない様に!」

「はい」

「じゃあ、今日からアリーシャと組んでもらうわ。分からない事があれば彼女に聞くように」

「はい」

「アリーシャさん、宜しくお願いします」

「よろしく。王宮からくるメイド何て初めてよ。王宮での話聞かせてよ」

「それが、私はメイドとして入る前にこちらに移されたもので、王宮にはメイドの面接の時しか行った事ないんです」

「えぇ!? なんだ~。あまり縁のない王宮の何か面白いゴシップとか聞けるかと思ったのに残念」

「あはは、期待外れですいません」

「まぁ、いいわ。この屋敷だけでも面白いゴシップはたんまりあるから、私は退屈してないし」

「そうなんですか……」

「そうよ。貴族の家なんて、愛人、隠し子その手の話題には事欠かないからね。私はここに努めて5年くらいだけど、この屋敷はそれ以上にドロドロしたものがあるわよ。きっとあなたもそのうち目にするだろうから、覚悟しておいた方がいいわよ」

「わ、わかりました」

 アリーシャの話の内容から察するに、それ以上のドロドロとはステファニーに関係しており『そのうち目にする』の言葉からステファニーがまだどこかで生きている可能性が高いのではないかとルイーズは考えた。

 初日はとにかくアリーシャの後を付いて回り、屋敷内を把握する日となった。全ての部屋を紹介されたが、どの部屋も怪しい雰囲気は一切なく、メイドも都度出入りしており、変な噂が流れたら困る事を考えると、新入りや不特定多数のメイドには場所は把握できないようにしているのではないかと推測できた。

 しかし、新入りだからと言ってただ機会を待つのは許されない。何とか隙をついてステファニーの居場所を特定し、キャロラインに伝えなくてはならないのだ。

とりあえず出来る事をしようと思ったルイーズは、メイド達の噂から力関係、この屋敷に来た経緯を探る事にした。

調べているうちに分かったのは、この屋敷には7名ほどのメイドがおり、一番権力を持っているのはもちろんメイド長である。彼女は元々前夫人付のメイドで結婚と同時にこの屋敷にやってきたらしい。現夫人よりも、前夫人の方に信頼や忠誠があったとアリーシャが言っていた。その為、現夫人と揉めることが何度もあったとか……。

そんなアリーシャは、この屋敷で2番目の権力保持者のメイド。噂好きで、何でもペラペラしゃべってくれるので、この人とペアになって良かったとルイーズは思った。アリーシャは、外部から雇ったメイドで、外部の中では一番古株。前を知らないからこそ、現夫人とは変な確執もなく上手くやっているようだった。

メイド長がステファニーの境遇を知れば、当然夫人と揉める可能性は高い。それに、非人道的なやり方で監禁しているとなれば、メイド長はステファニーを助けるために、夫人を裏切る可能性もある。そこから考えると、適任者はアリーシャではないだろうかとルイーズは思った。

この屋敷では、朝食はそれぞれ部屋で食べ、昼食もそれぞれが好きな場所で食べるので、唯一家族が揃うのが夕飯の時だった。

ダイニングには、3人分の食事が当たり前のように並んでおり、ステファニーの存在は居ないもののように扱われているようで、ルイーズはこの屋敷の人間に恐怖を感じた。

ふとアリーシャに目をやると、アリーシャはダイニングから去り、どこかへ向う。ルイーズもそっと抜け出し後を追う事にした。すると、アリーシャは外にあるボロボロの物置のような小屋にパンとミルクを持って入って行った。ルイーズは確信した、間違いないこの小屋にステファニーが囚われているのだと。

怪しまれないように、すぐにルイーズは屋敷に戻る。すると、メイド長がルイーズの事を待ち構えていた。

メイド長の姿を見たルイーズの心臓は飛び跳ね。額には冷や汗が浮かぶ。緊張の中ごくりと唾を飲み込むと、メイド長が口を開いた。

「あなたはどうしてこの屋敷に来たの?」

「……」

「時間がないの! 早く答えなさい!!」

 小声で言っていても凄い剣幕を感じる。ルイーズは一か八かメイド長にかける事にした。

「実は、ステファニー様を救う様にとステファニー様のご友人から相談されまして……」

「まさか、それはシャーロット様!?」

「は、はい」

「あぁ、良かった……。あの女狐がこの屋敷にやってきてからと言うもの、毎日、毎日私はステファニー様が救われることを……幸せになる事をただただ願ってた。あぁ、やっと天に願いが届いた!」

 メイド長は涙を流しながら、ルイーズに感謝をした。そして、ステファニーをこの屋敷から救う為ならどんな事でもする。自分にも協力させて欲しいと伝え去って行った。

 翌朝、ルイーズは買い出しに行くとメイド長に伝え外出し、キャロライン元へと急いだ。キャロラインの自宅に行き、昨日の出来事を全て話した。

 キャロラインはルイーズの働きぶりに感心し褒め、そしてまたレッドフォード家に戻るように伝えた。キャロラインは準備に時間が必要だから5日後にまた来る事を指示し、ルイーズはレッドフォード家に帰った。

 

 この5日間でルイーズが分かったのは、この屋敷の主人レッドフォード伯爵が実の娘を何故助けないのかという理由。それは、他人が聞けば呆れるような話だった。伯爵と結婚して数週間後、夫人はレッドフォード伯爵に泣きついた。「ステファニーがあなたはお母さまではない!! 母親面するなら、さっさとこの家から出て行って!!」トリシャに対しても「この家の本当の娘は私だけよ! あなたが私より良い物を着たり、良い物を食べるなんて絶対に許さない!」そう言うと、トリシャの食事を床に落とし、這いつくばって食べろと指示したそうだ。

しかし、これは全て夫人の虚言。夫人が屋敷に来てから数週間で夫人の心は蝕まれていった。そのきっかけになったのが、以前からいる伯爵家のメイド達に受け入れられていない事だった。

少しでも失敗をすれば「前の奥様なら……」「これだから男爵家の娘は……」「育ちが知れてる」「旦那様は早く離婚なさった方が身のため」と皆が口をそろえて言い、夫人は居場所が無いように感じた。

それに加えて、レッドフォード伯爵は一人娘のステファニーを溺愛していた。親1人、子1人の状態が数年間続いていれば当たり前のことなのだが、夫人は娘への溺愛ぶりに嫉妬し、伯爵の愛が自分とトリシャ以外に注がれるのに嫌悪。どうにかして、伯爵の関心を自分とトリシャにだけ向けさせたいと思う様になっていった。

そこで夫人は手始めに、メイド達にいじめられていると伯爵に伝え、その結果現在のメイド長以外は解雇となった。夫人は本当ならメイド長も解雇にしたかったが、いじめの証人になったのがメイド長だった為それは難しくなった。加えて、伯爵からの信頼も厚いメイド長を無理に解雇させれば、伯爵から不審がられる可能性もあり我慢する事にした。

メイドを全て解雇させると、夫人は次の作戦へと移った。それは、金に困ったメイドを集め新しく雇い、ステファニーに嫌われており出て行かないと父親にある事ない事吹き込むと脅されているいる、娘のトリシャに至っては虐められているという証言をしろと強要する事だった。もしメイドが断ればクビは明らか、お金にも困っているし、従うしか道はなかった。

前回のメイド達による虐めの件もあったので、伯爵は夫人の話を信じやすくなっていた。だが、自分の娘がそんな事するとは簡単には理解しがたく、メイド長にも話を聞くことになった。

メイド長は自分が本当の事を言えば、ステファニーにが救われる可能性も考えたが、もし自分が何らかの理由でクビにされたら、この屋敷にはステファニーを守る人が1人もいなくなる事を懸念し、夫人の訴えに対して『自分がいないところで起こった事のようで、目撃したこともないので証言は控えさせていただきます』と答え、結果伯爵は夫人の訴えを聞くことになり、ステファニーを叱り、夫人が多少厳しく躾をする分には、見て見ぬふりをするようになった。

伯爵の中に最初にわいていたわずかな違和感も消え、数年が経つ頃には消え、今では一緒に食事をとる事もなく、夫人が『ステファニーは病弱で部屋で寝ております』と言えばそれを信じ、ステファニーと顔を会わせる事が減っても何も思わないようになっていった。

ルイーズはこの話を聞いて、酷く嫌悪した。自分の親も自分が小さいころに家を出て行き捨てられたのだ。でも、ルイーズは親が捨てたのは貧しいからで、仕方がなかった事だと自分に言い聞かせて今まで生きてきた。

しかし、ステファニーの境遇を知り、こんなにも非道な人間がいるんだと思い知らされた。

ルイーズは、こんな家族から1日も早くステファニーを救いたいと思うようになった。

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