第4話 レッドフォード家

今日もキャロラインの事務所には、どこかの令嬢らしき人が悩みを相談しに来ていた。

「あの、あなたの噂を聞いて、是非助けていただきたくここを訪れました。あなたの専門分野ではないかと思うのですが、宜しいですか?」

「助けるとは誰の事をですか?」

「私の友人を助けていただきたいのです」

「なるほど。何か事情がありそうですね。まずはお話を伺ってから、助けるか判断してもよろしいですか?」

「はい。私の名前はシャーロット・スチュワート。私にはステファニーと言う名の幼馴染がいたんです。私が彼女に出会ったのは5歳の頃で、彼女の母親はステファニーを生んですぐ流行り病でなくなったと聞きました。なので、父1人子1人の状態が数年続き、彼女が10歳になると彼女の父親が再婚をし、新しくお母さんとお姉さんが出来たんです。ステファニーは、家族が増える事をとても喜んでいました。新しいお母さんは厳しい方と聞きましたが、彼女は父親の幸せを大切にしたいと、どんなに厳しい躾をされても、文句1つ言わずに従っていました。以前、偶然ですが彼女の背中を見てしまったことがあるのですが、鞭打ちのような跡があり、私は咄嗟に彼女に聞いてしまったんです。そしたら、彼女は笑いながらただ一言『大丈夫』って言ってきました……。それを聞いて、私は触れられたくない事なのかと思い、そのまま口を噤んでしまいました。それから私は、家での扱いを気にはしながらも、彼女が外出する事が出来、私と楽しくお茶を楽しめているのだから、ステファニーとの時間をただ楽しもうと思いました。しかし、ここ数年で外出の頻度は徐々に減っていき、この1年は文通でしか交流がないのです。さすがに心配になって、彼女の家を何度も訪ねましたが、彼女の母親と姉に毎回『体調を崩しているから会えない』と会う事を拒否されてしまい、一度も会う事が叶いませんでした。そして、唯一の繋がりであった手紙も3か月ほど返事がないのです」

「なるほど……。だいぶ深刻な問題に聞こえますね。3か月も連絡がないとなると、命の危険の可能性も十分にあり得ます。これは早急にステファニー嬢を救わなければいけませんね」

 そう言うと、キャロラインは紙に何か書き始め、小窓から出して令嬢に渡した。

「こちらが契約書になります。目を通して問題なければサインをお願いします」

「え? 金貨1枚で請け負ってくださるのですか!?」

「えぇ、この問題はかなり非人道的な事柄のようですので、早急かつ低価格で請け負いたいと思いました」

「まぁ、何とお礼を言ったらよいか……。ありがとうございます」

「お礼は全て解決してからにしてください」

「は、はい」

「ステファニー嬢の生死にかかわらず、代金は頂きますので、そこはご了承くださいね」

「はい……」

「そんなに暗くならないでください。まだ彼女が亡くなったと決まったわけではないのですから。こちらも今日から早速動きますので、シャーロット様はご自宅でお待ちください」

「分かりました」

 キャロラインはシャーロットが部屋から出るのを確認すると、隣の部屋で待機していたルイーズを呼んだ。

「話は聞こえていたわね?」

「はい」

「あなたにはやってもらいたい事があるの。まず、ステファニー嬢が住む屋敷にメイドとして潜入し、どこにステファニー嬢が監禁されているのか探るのよ」

「内容は分かりましたが、そんな簡単にいきなり来た女をメイドとして雇ってくれますか?」

「その点は大丈夫。私が何とかしましょう」

 そう言うと、キャロラインはルイーズを連れて自宅に戻り着替えを済ませる。その姿を見てルイーズは驚きを隠せなかった。戸惑うルイーズの腕を引っ張り、馬車に乗りどこかへ向かった。

 しばらく馬車を走らせ、馬車が止まるのを待つと、窓から景色を見た。目の前に広がるのは、庭園に色とりどりの花が咲く庭師による芸術とも言える庭があった。その奥に見える屋敷も、とても大きくて立派だった。景色を見てルイーズはキャロラインに尋ねる。

「キャロライン様、ここは?」

「ここが例のステファニー嬢の家よ」

「さっきの話の舞台とは思えないほど素敵なお屋敷ですね」

「そうね。管理もしっかり行き届いているし、この中で継母と姉から虐待されているなんて、シャーロットの話を聞くまで、私も確信は持てなかったわ」

「と言うと?」

「実は、ここ数年このレッドフォード家については色々と悪い噂が流れてきていたの。その1つが、戸籍上いるはずのステファニーは社交界に一度も姿を見せていないのに、継母の娘トリシャは舞踏会やお茶会によく顔を出しているって話だったの。すこし不振に思って、よくパーティーを開く貴族連中にステファニーを招待しているのか聞いてみたら、毎回病気を理由に欠席と連絡がくるって言われたわ。だから、私もステファニーは母親に似て病弱なのかと思って、この件はそのままにしていたんだけど、今回依頼として舞い込んだからには、納得いくまで調べて、依頼人の願いを叶える。それがちょっと強引なやり方でもね」

 キャロラインはにやりと笑い、その顔を見てルイーズは寒気がした。

「とりあえず、手始めにあなたをどうにかしてメイドとしてこの家に押し込まなきゃね」

「は、はぁ……」

 キャロラインの意気込みとは反対に、ルイーズは不安いっぱいの表情で返事をした。

――コンコンコン!

 ノックした後しばらくしてドアが開いた、執事と見られる初老の男性がキャロラインとルイーズをじろりと睨み、足先から頭まで一通り見た後、要件を訪ねた。

「わたくし王宮からの使いの者で、今日は奥様にお願いがあってまいりました」

そう言うと、キャロラインは王家の紋章入りの手紙を執事に差し出し、執事はざっと目を通すと応接間へ2人を案内した。

しばらく待つと、ステファニーの継母と思われる貴婦人、その横には姉と見られる令嬢が姿を現した。

「秘書官さま。今日はお越しくださりありがとうございます。本日はレッドフォード家にどのようなご用件で?」

 そう、キャロラインは、王宮の第一王子の秘書官に変装してレッドフォード家に乗り込んだのだった。秘書官はあまり公に姿を見せることが無いので、変装しやすいとの判断だった。しかし、先ほど執事に手渡した王宮の紋章入りの手紙は明らかに本物に見えた。ルイーズはキャロラインがどうやって手紙を入手したのか、気になって仕方がなかった。

「うむ。私も忙しい身の上、手短に用件だけ伝えるとしよう。私の横にいるこの女性をこちらの屋敷で雇っていただきたい。今王宮ではメイドの質が落ちていてな、レッドフォード家はどの貴族に聞いてもメイドの質が良いと聞き、こちらで教育をした後、王宮にメイドを迎え入れようかと思うのだ」

「まぁ、それは嬉しいお言葉です」

「急な要求で戸惑いもあるかと思うが、引き受けてくれればこちらも報酬をはずもうと思う。いかがかね?」

「あの、この件は王の耳にも入るのでしょうか?」

「もちろん、王宮の為に尽力した人物の事は私が責任を持って王に伝える。安心したまえ」

「おほほほほ。ちなみに報酬はいかほどで?」

「うむ。金20枚でどうかな?」

「まぁ、それはまたさすが王宮と言う感じですわね。おほほほほ」

「報酬は、この者の教育が無事終わったら支払う事にする。良いかな?」

「もちろんです。謹んで引き受けたいと思います」

「では、よろしく頼んだぞ」

 レッドフォード夫人も娘のトリシャもキャロラインの変装に気付くことはなく、無事話が終わりキャロラインは席を立ちルイーズを残し屋敷を去った。

ルイーズはレッドフォード家の執事にメイド長を紹介され、支給品を受け取ると、部屋に案内された。初日は特にやる事もないと言われ、早めに部屋に戻る事が出来た。明日からの任務の為、ルイーズは体をしっかり休める事に徹した。

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