第3話 必要なのはあなた

ある日、王宮主催の美術展が開かれた。今年のテーマは『王の美』。新人画家による王自身がモデルを務めた作品が多数展示されており、王自身も初日は会場に来るのではと噂が流れた。

 王は王族の婚姻の儀、祝賀パレード、王宮主催の舞踏会など人に姿を現すのは年にほんの数回。王と近づきになりたい貴族たちは王と近づけるこのチャンスを逃すまいと、こぞって美術展に足を運んだ。

 会場には何台もの馬車が止まり、キャロラインはその光景を遠目に見つめる。会場のドアが開き、待っていた貴族たちが全て会場に入り終わるのを待ち、誰もいなくなったのを見計らい1人で入場した。

 キャロラインは無数に展示されている絵画を見て、時にはじっと見つめたり、溜息をついたり、首を傾げたり、ほぅとうっとりしたりしていた。一通りの展示品を楽しみ、いざ帰ろうかとした時、1人の貴婦人がキャロラインとぶつかった。

「失礼」

 貴婦人は一言だけ口にすると、キャロラインの事を見向きもせず去って行った。キャロラインはちょっと今の出来事が引っ掛かり、貴婦人の後を追いかけた。

 キャロラインが貴婦人に追いつき、声をかけ貴婦人は驚いたような顔をしてキャロラインと会場に戻った。その直後、1人の女性が悲鳴を上げ、貴婦人は咄嗟に逃げようとした。

 しかし、キャロラインは貴婦人の腕をしっかり捕まえており、逃げる事は叶わずキャロラインにどこかへ連れて行かれる。

 キャロラインが向かった先は、叫び声がした部屋だった。部屋の中で取り乱している1人の令嬢を見かけると、すぐさま声をかけた。

「どうかなさいましたか?」

「あ、あの私のダイヤのネックレスが……」

「もしかして、これの事ですか?」

「え? は、はいそうです。一体どこにあったのですか?」

「この貴婦人が拾ったそうです」

 キャロラインは先ほどから捕まえている貴婦人を掴んだまま前に押し出した。

「まぁ、それは何とお礼を言ったらよいか……」

「見たところ留め金が壊れているようです。修理に出した方が良いかと思います」

「あら、本当だわ。このネックレスは母から受け継いだもので、結構年季が入っていたんですの。拾っていただいてありがとうございます」

 令嬢はキャロラインのあまりの美しさに見とれてしまい、貴婦人ではなくキャロラインに礼してしまった。

「いえ、私は何も……お礼ならこちらの貴婦人に」

 キャロラインに促され、貴婦人の方を向き再度礼を述べた。

「あ、そうでしたわね。わたくしったら失礼を…ありがとうございます、ミス……?」

「あ、わたくしはただ拾っただけで、名乗るほどの者でも、おほほ……」

「無事ネックレスも見つかったことですし、展示会をお楽しみください」

 キャロラインはさっと話に割り込み、貴婦人を掴んだまま部屋を後にした。外に出ると、貴婦人がキャロラインの手を無理やり振りほどく。

「ちょ、あんた一体どういうつもり!?」

「何がですか?」

「とぼけるんじゃないわよ! あんた私がネックレスを盗んだ事知っていたくせに、何で黙っていたのよ!? つき出せば良かったじゃない!! どこの金持ちのお嬢様だか知らないけど、悪人を救えるとでも思っているなら能天気すぎて笑えてくるわ」

「私はあなたを突き出すことも出来たけど、しなかった。でもそれはあなたの為とか、あなたを救いたいとか、そんな事ではないわ。」

「え?」

「この国では貴族からの盗みは大罪。もしあなたが捕まれば、相手によっては死刑になる可能性もある。だから私はあなたを助けた。私の駒となる人間が欲しいから、私の利益の為に、私はあなたの命を助けたのよ。がっかりさせて悪いけど、私はそんな崇高な人間じゃないわ」

「……私があなたに従うと思っているの?」

「あいにくお金には不自由がないの。あんなダイヤのネックレスよりも、もっと良い物を提供できる自信が私にはあるの。私の元にくれば、何不自由ない生活を保障するわ。それともまた貴族から盗んで、今度こそ捕まりたい?」

「……どの道、金に困っている私に選択の余地何てないって事でしょ! 良いわよ、あんたについて行って良い物を頂くとしますよ」

「良かったわ。交渉成立ね」

「ちなみに、私がここで逃げたらどうするつもりだったの?」

「それは勿論、私の優秀な部下があなたをどこまでも追って……」

 キャロラインは不敵な笑みを浮かべ、それを見た貴婦人は一瞬血の気が引いた。

「なんてね! 冗談よ。真に受けないで。ところで、あなた名前は?」

「私はルイーズ」

「ルイーズ。今日から宜しくね。私はキャロライン」

 キャロラインは自分が乗ってきた馬車にルイーズを乗せて、自宅へと向かった。馬車の中で、ルイーズはキャロラインを見つめる。キャロラインが視線に気付き、ルイーズに話しかける。

「何か聞きたい事でもあるの?」

「あ、あの、何でネックレスが無くなるって騒がれる前に、私が盗んだ犯人って分かったの?」

「あー、それはね、とても簡単な事よ。今日みたいに貴族がうじゃうじゃ集まる会場には、あなたみたいな人も高確率で一1人や2人紛れ込むものなの。で、今日来た貴族の大半は国王が目当てで、絵画はおまけ。国王がいつ来ても良い様に、みんな姿勢を正して格好をつけている中、あなたは1人あっちこっち動き回り、始終貴族の連中しかも女性の首や耳ばかりに目を向けていたから、最初からあなたの目的は予想が出来ただけよ」

「な、なるほど」

「で、あなたが急にそそくさと会場を後にしようとしたから、これはもう用が済んだんだと踏んで、声をかけたってわけ」

「な、なるほど。でも、そもそも何で盗人に目を光らせていたの?」

「言ったでしょ?私には自分に忠実な部下が必要だったの。お金の為なら何でもする、出来れば器量よしの女性がね。あまり期待しないで、退屈な場所に出向いたけど、期待以上のあなたと巡り合えたから、私にとって良い1日になったわ」

「そ、そうなんだ」

 ルイーズは何でも正直に話すキャロラインに心を惹かれ、今日キャロラインと出会えて良かったと思うようになった。

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