第2話 婚約破棄の行方

「ふぅ」

 令嬢は溜息をついた後、事務所を後にした。

 向かった先は、立派な邸宅だった。

 トン!トン!トン!

 令嬢が戸を鳴らすと、執事と見られる男性がドアを開けた。令嬢の事を知っているのか、顔を見るとすんなり家の中に通した。

「ありがとう」

 にっこり笑いながら、軽く会釈をし、令嬢は上の階へと向かった。

 幾つも部屋があるなかで1つの部屋のドアを令嬢は迷わずノックする。

「どうぞ」

 軽やかな声で返事が返ってくると、令嬢はドアを開けて部屋に入った。

「え?キャロライン?」

「お久しぶりね。フレイヤ」

「本当に久しぶりだわ。最近はお茶会にも顔を出さないし、どうしているのかと気になっていたところよ」

「そうだったの、それはごめんなさい」

「まぁ、良いわ。せっかくうちに来たのだから、沢山お話聞かせてもらうわよ」

「もちろん。そのつもりで来たわ」

キャロラインはにっこり笑い、部屋に入り戸を閉めた。

久しぶりの旧友との会話は、社交界の最近の出来事を始め、友人貴族の結婚、婚約情報などいろんな話に花が咲いた。

「婚約と言えば、シーモア家の長男のマリウス卿が婚約者を決めたそうね」

 キャロラインは微笑みながらフレイヤに聞く。

「えぇ、よりにもよって、貴族ではなく商会の娘だって話で、私はびっくりしたわ」

「そうよね、だってあなた幼いころから、マリウス卿と結婚したいと言っていたものね」

「あら、よく覚えているわね。恥ずかしいわ……」

 フレイヤは頬を赤くして、顔を側に会った扇で仰いだ。

「その気持ちってまだあるの?」

「え? そんなの聞いても仕方ないわよ。もう婚約してしまっているんだから……私が何かできる問題でもないし、お父様もこんな事で動いてくれないわ」

「そうね。変な事を聞いてごめんなさい」

「ところで、来週の月曜日なんだけど、仕立て屋で新しいドレスを作りたいと思っているの。良かったらフライヤもご一緒してくださらない?」

「もちろん。たまには息抜きも必要よね」

「ありがとう。じゃあ、来週の月曜日10時に仕立て屋アントワネットで会いましょう」

「ええ、楽しみにしているわ」

 キャロラインはフレイヤに別れを告げ、屋敷を後にした。

 翌日、ジェニファーがキャロラインの元を訪れた。もちろんついたてがあるので、ジェニファーにキャロラインの姿は見えない。

 ジェニファーは前金を持ってきたようだった。キャロラインはそれをついたて越しに受けとると、確認し、ジェニファーは部屋を去った。

 ジェニファーがいなくなったのを確認し、キャロラインも部屋を出た。キャロラインが婚約破棄に向けて動いているうちに、アッという間にフレイヤと約束した月曜日になった。

 フレイヤは10時より少し前に仕立て屋に着いていたようだ。キャロラインが来るのを待っていたら、前から見覚えのある男性がやってきた。フレイヤはその姿を見て思わず声がうわずる。

「マ、マリウスさま?」

「君は、フレイヤ?」

「こんなところでお会いできるなんて、とても嬉しいです」

 フレイヤは頬を赤く染めながら、下を向く。耳まで真っ赤な様子を見て、無意識にマリウスはそっとフレイヤの頬を撫でた。耳の横にある後れ毛がマリウスの指に触れる。

「マ、マリウス様?」

 予想外のマリウスの行動に、動揺しマリウスを見つめるフレイヤ。マリウスも顔を赤らめて、その顔は困惑しているようだった。

「変な事をしてしまってすまない。配偶者でもない女性に触るなんて、軽率な事をした。どうか許してほしい」

「そんなことおっしゃらないでください!私は、嬉しかったです。お慕いするマリウス様に触れられて、とても嬉しかったのです」

「フレイヤ……君は……」

「こんな事言われてもマリウス様は困りますよね……申し訳ございません。失礼いたします」

 そう言い残し、フレイヤはマリウスの元から去った。

 一部始終を見ていたキャロラインがマリウスに近寄る。その姿は、フレイヤと会った時とは異なり、まるで庶民のような服装だった。

「マリウス卿。私が話したことが本当であると分かって頂けましたか?」

「君か。君のお陰で、僕は間違った事に気付けた。礼を言うよ」

 そう言うと、マリウスはキャロラインに銀貨を2枚渡して、足早に去って行った。銀貨を受け取ると、キャロラインは満足そうな笑みを浮かべた。

 後日、マリウスはジェニファー嬢に婚約破棄の書類を送付。フレイヤには愛情の籠った手紙を送った。無事婚約破棄を完了させたジェニファーは、今回の事で心に傷を負ったと話、父親にはもう2度と意に反した婚約をしない事を約束させ、騎士との仲を認めさせることに成功した。

 婚約破棄を身勝手にし、女性の心を傷つけたマリウスは、社交界から避難の対象になりそうだが、マリウスとフレイヤが実は初恋同士というのを知ると、周りの反応、特に女性は一気に考えが変わり、この恋を応援しようというムードに包まれた。

 フレイヤの家系もそれなりの名前を持つ伯爵家、2人の恋愛に反対する親族もいなかったので、マリウスとフレイヤが婚約するのにそんなに時間はかからなかった。

 一見、初恋同士がたまたま町で再会し、お互いの気持に気付いたという美談であるが、裏ではキャロラインが自分の息のかかった従者を使い、前もってマリウスの気持ちを聞いておき、同じ日同じ時間に呼び出して偶然を装って鉢合わせたなんて事は誰も知らない。

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