賢いヒロイン検討委員会委員長かしこ

@hanhans

かしこが賢いヒロイン検討委員会委員長になる話

 それはけたたましい音で幕を上げた。突撃のラッパの音だ。

 昼日中に勉強途中で机に突っ伏して半分寝ていた私は、その音で飛び起きる。

「なんやなんや! 何の音や!」

 ラッパの音だ。強制的に叩き起こされた混乱のまま、私は部屋を見渡す。我ながら整理の行き届いた部屋だ。だから勝手知ったる場所であり、ここにそんな音を出すものは。

 あった。

 というか居た。

 謎の人物が、この部屋に。その人はラッパを吹きに吹いている。

「何者や!?」

 と問うても、それはラッパを吹き散らす。しばらく放置すれば止まるか、と待ちに待ったが5分経っても止まらないので、頭に拳骨を落とすとプハイ! と変な音が鳴ってラッパ音は止まった。

「痛いですね!?」

 そりゃそうだろう。だが問題はそこじゃない。

「どこのどいつだ、お前さん」

 ラッパを背負う形にする、女性であるその何某かに、私は問う。見たところ、スーツ姿であるが、普通にあるスーツとは逸脱がある。何か組織の制服、と言ったところかもしれない。

 その女性を、私は睨みつけるが、しかしその何某かはけろっとしている。そして言う。

「はっ、あたしはこの度、賢いヒロイン検討委員会から派遣されたサジマッでございます」

「サジマッ? 変な響きやな。嘘臭え。そもそもなんや、賢いヒロイン検討委員会ってえんは」

 サジマッが胸を張っ回答してくる。

「知らぬはずがありませんよね? 巷で噂の賢いヒロイン検討委員会を」

「いや、こっちはビタイチ知らへん。賢いヒロイン検討委員会なんぞはな」

 ええっ!? とサジマッは大仰に驚く。

「あの賢いヒロインを決める、賢いヒロイン検討委員会ですよ!? つい先日も賢い認定されたヒロインが誕生したばかりですよ!?」

 世間様はそう言うのに敏感なのかしらんが、こちとら浪人生、それも二浪だぞ。そんな胡乱なのにアンテナ立ててる暇はない。

 なので、私はキレ気味に言う。

「賢いヒロインか小堺一樹かしらんが、とにかくあんたが私の部屋にいる理由にならんし、ラッパを吹く理由もねえ。とゆうか、そもそもどこから入ってきやがった?」

「家の人に言っていれてもらいました」

 おかん! と激発しそうになるが、それだけ賢いヒロイン検討委員会というのが世の中に浸透しているということかもしれないと、無理やり納得しつつ、私は言う。

「……そこはまあええ。ラッパも起こそうとしたのもええ」

「いやあれは気分です」

「……ええ! それより、そもそもなんの用や?」

「そうでした」

 とサジマッは言うと、その用を告げてきた。

「かしこ様」

 名前を知られている点を指摘したいが、それよりも。

「いきなり様、言われる筋合いないわ」

「いえ、かしこ様なのです。何故なら」

 そこで力を溜めて、あるいは決意を込めて、サジマッは言った。

「賢いヒロイン検討委員会委員長に、かしこ様は成られたのですから」

「は?」

 青天の霹靂というのはまさにこのことである。そもそも訳の分からない“賢いヒロイン検討委員会”の、その委員長になったとぶっこまれているのだ。冗談などを通り越して。

「意味不明やで。なんで賢いヒロイン検討委員会委員長に、私が? 関係ビタいちなかったやろ」

「これはそういうものなのです」

 厳かに無茶苦茶をいうサジマッ。話としては筋道がないのだが、向こうとしてはこれは確定事項である、という面構えだ。

 当然、納得も何も全てが訳わからない。なので問いかけるという手をする。

「そういうもの、で済ませると思っとるんか?」

 サジマッは首を横に振り、言う。

「そういう反応は慣れています」

「慣れるくらいすなよ、こんなこと」

「ご説明申し上げます」

 此方の反応を無視して、サジマッは話を続ける。

「賢いヒロイン検討委員会会長はこの国のランダムな女性を委員長に迎えるというしきたりがあるのです」

「なんでそんな面倒なことするんや?」

「それには聞くも涙、語るも涙の物語があります」

 これは面倒な話を垂れ流されそうなので、私は牽制をしておく。

「それ、どれくらい掛かるん?」

「それも慣れています。1分、5分、30分とありますが」

「1分で」

「賢いという属性は時によってかなり振れ幅がありますし、人によって受け方も違います。ゆえに、常に新たな視点を入れる為、委員長を頻繁に変えているのです」

「成程」

 分からん。とはいえ、長く詳しく聞くつもりもないから、この際このざっくりな理由でとりあえず良しとしよう。

 そして気づく。

「ああ、だから私の部屋にずけずけ入ってこれたんや。委員長になった、ゆうんで」

「そうなりますね」

 それでもこんな怪しいやつを家に上がりこませるのは無茶ではあると思うが、一応の建前があるならしょうがないといったところか。

 とはいえ、私の頭もやっとこさはっきりし始めた。なので、まず聞く。

「断ることはできるんか?」

「ええっ!?」

 まさかそんな、という顔で言いやがる。こういうのには慣れていないようだ。というか、そんなに名誉なことなのか? どう聞いても胡散臭い話だが。

 そういう疑念が顔に出ていたのだろう。サジマッは腫物に触れるような態度をしてくる。

「この賢いヒロイン検討委員会委員長は、大変名誉な役職でありまして、是が非でもなりたいという方も沢山おられますが、それでもランダムの力を借りてやってきております」

「いや、私は全然名誉に感じへんのやが」

「仕方がありません。切り札を切らせていただきます」

「いくらなんでも切り札切るの早いやろ?」

 そんな言葉も無視して、サジマッは落ち着いた声色でいう。

「……大学、一発合格できます」

「詳しく話聞こか」

 二浪には甘すぎる言葉だから、しょうがないのだ。


「まず、賢いヒロイン検討委員会委員長の仕事についてお話します」

 私の部屋で、おかんが持ってきた麦茶をすすりつつ、私は床に正座しているサジマッの話を聞く。

「委員長かしこ様には、我々委員会が厳選した賢いヒロインに会っていただきます。そして真に賢いヒロインかを決定していただきます」

「厳選するくらいおるんか、賢いヒロイン」

 こくりとサジマッ。

「世は国民総キャラクター性時代です。誰もが憧れのキャラクター性を持ち、あるいはそれを求め、そして認められたい時代なのです」

 知らないうちに世の中にはそういうムーブメントが起きていたらしい。普通に生活していてそうそう出会わないムーブメントなので本当にそうかわりと怪しいのだが、私自身がこのニ年、勉学以外脇目も振らなかったから、大きく見落としているのかもしれないとも思ってしまう。

 なので突っ込まず黙って聞く。

「そんな時代ですので、様々な人が様々な属性、キャラクター性を求め、そしてそれを公的に認められたい。そういう需要に対して、賢いヒロイン検討委員会は日夜検討を取り組んでいるのです」

「自分で言うのはイタイが、機関が認定すれば公然と名乗れる、ってことでええんか?」

「そういうことになります。我々はお墨付きを与える、という機関になるということですね」

「それをそういうのを見る目のない素人にやらせるのは頭おかしいんやないの?」

「必要なのは時々にある変化。これを入れることで、そこを幅広くする。そういう仕組みです」

 ふむ、と私は思考する。言っている内容が都合よすぎる気がしないでもないのだが、大学一発合格を成し遂げるならこの際悪魔に魂を売るのすら厭わない。そういう意志があるので、そこの藪を突いて蛇を出すのもよろしくないと考えつき、サジマッに続きを促す。

「私は具体的に何すればええの? 面接とかか?」

「それもありますが、メインは実地見学です」

「実地見学」

「やはり、頭を使っているところを直に見るのは基本です。今回は3人の候補者がいますので、3カ所を巡ることになります。では早速」

 と言って腰を上げるサジマッに、私は慌てる。

「今からやて!?」

 昼日中だが、そう遠くない時間で夕方になる、と言う微妙な時間帯だ。ここからいきなり実地見学なんて出来るのか? そもそもの場所もわからないので何とも言えないが、無茶な気がする。

 疑問に思う私を尻目に、サジマッは言う。

「善は急げ、時は金なり。他の言い回しも必要ですか?」

「分かるんやが、今から間に合うん?」

「その点は確認済みの案件でございます。それに夜の方が都合の良いのもありますし」

 夜の方が、というのは露骨に怪しい気がするが、そもそも最初からこいつは怪しい。そして大学一発合格には代えられない。飲むしかない。

「それでは、お着替えになってください。ある程度動くことになるでしょうから、動き易い服装でお願いします」

 悪魔に魂を売る覚悟はあるから、やるにはやるが、早い。逡巡する間にもサジマッが部屋から出ていった。

 仕方ないので、私はいそいそと部屋着から外出用の服に着替えた。

 部屋から出ると、サジマッが控えている。それを興味深くおかんが見ている。変に緊張感がある。おかんに「ちょっと出てくる」と伝え、私たちは家から出た。

 外には黒塗りの高級車が止まっていた。場所がもうちょいそれらしい住宅街ならいいが、ここは普通の、平民の住宅街なので、思いっきり浮いていた。今までの流れからこれに乗りそうである。

 ププー!

「どわああっ!」

 背後にいたサジマッのラッパの音で、私は驚きの声を出してしまう。

「ビビるやろがい! 後ろから声かけんな!」

「車はあちらにございます」

「見りゃわかるわ! というかなんでラッパ吹いた!?」

「趣味です」

 真剣の極致の顔で言われたので、お、おうってなる。趣味ならしょうがないか……。

 そう思っていると、サジマッは車のドアを開ける。

「どうぞ」

 流れるような所作である。馴染んだ動き、というやつだ。これに否を言うのは難しい。

「お、おう」

 私は唯々諾々に車に乗り込む。中の装飾は別に派手ではなかったが、それゆえに妙にお高い雰囲気がある。賢いヒロイン検討委員会とかふざけた名前のとこにしては質実剛健ということか。

「どーも」

 と、声がする。サジマッの声ではない。運転手がいるようだ。

「どうも。……ひとまず名前聞いてええか?」

「ハヤイだ」

 そう答えたのは、胡乱な雰囲気の男だった。帽子を深くかぶり、目線が読み取れない。服装はサジマッと同じようなものだ。制服なのだろうか。

 そしてサジマッもだが、ハヤイとは独特の名前だ。コードネームなのかもしれない。何故コードネームなのか、だが、よく分らん委員会だからそういうことなのだ、ととりあえず納得することにした。

「俺は運転手だ。それ以上のことはしない」

「はあ」

「サジマッも早く乗れよ。時間は無限じゃないんだろ?」

「分かってますよ、ハヤイ先輩」

 そういいながら、サジマッは私いる側の反対のドアを開けて入ってくる。

「先輩後輩があるんやな」

 私の言葉にハヤイがなぜか笑う。

「何かおかしい事ゆうたか?」

「いや、別におかしくない。ただ返答代わりに笑っただけだ」

「けったいなやつやな」

 また笑うハヤイ。どうにも変なやつだ。あまり相手しない方がいいと見た。

 視線を自然にサジマッに移すと、その手に書類がある。

「まず、こちらの方です」

 サジマッが渡してきたそれは、履歴書のような書類だった。そこには。

「襟永まりも」

 名前を読みあげる。この人に会うのか。

「まずはそちらの方のところが、タイミングとしてはよいと思われますので、今から向かいます」

「ふむ」

 書類に目を通す。が、文字列が頭に入ってこない。どうやら今の状況にまだ頭の方が全然ついてこれていないらしい。職業のとこの文字列が訳わからない。漢字とカタカナとなんか日本語じゃないのが合わさって、上滑りする。

「えーと、職業、どゆこと?」

 間抜けな言葉を吐く私に、サジマッは優しく伝えてきた。

「やや単純化して言うと、脳生理学の博士、ということですね」

「それもう普通に賢いヒロインでいいんやないか? 博士て、賢いの当たり前やん」

「何事もちゃんと確認しないといけません。そのエントリーシートで書いてあることだけが真実ではありませんし」

 そりゃ、そういうのは出来るだけ嘘になり過ぎないレベルの盛りはあるだろう。だが、博士ならもう賢いに決まってるだろ。

 と一瞬思うが、これで大学一発合格がもらえるのなら、楽な作業なのでは? と気付いた。これは美味しい仕事だ。

 その時はそう思っていたのだ。


 博士というからには居るのはどこかの研究所だろうとは思っていたが、そこはベタに大学の研究室だった。

 そこは、私の狙っている大学なので何度かオープンキャンパスに来てもいる。ここの大学生になったら、と言う妄想を持って中を徘徊したことすらある。なので、ここの大学生でもないのに土地勘があるくらいだ。

 時間は夕暮れ。大体の人が帰る時間だろうが、襟長まりも嬢はまだいるとのことである。

「脳生理学の研究ってこんな時間までやるものか?」

「時間による脳の変化、とかもあるでしょうから、一概には」

 サジマッの言葉に一応納得する。歩みは研究棟に向いている。家路に着く人とすれ違う。それより少ないが、我々と同じ方に駆け足で行く人もいる。いろんな時間帯が、ここにはあるようだ。

 そんな人の流動の中を歩いていると、その先に一つの扉が現れた。第一研究室、という札に、『脳研』と書いたボードが吊るしてある。

「ここ?」

「ここです」

 『脳研』、とはシンプルだ。シンプル過ぎて胡散臭さが漂っている。

 とはいえ、どうせ楽な作業だ。少々胡散臭くても、賢いのは確定。これでさっさと認定で仕事は終わり。いやあ、これで大学一発合格なんて、ちょっと怖いくらいだ。

 などと青写真を妄想していると、声がする。なんかついてきていたハヤイだ。

「なんぞ陶酔してないで、入ろうぜ」

「あんた、運転以外何もせんのとちゃうんか?」

 またハヤイがゲハハッと笑いだす。

「それ、肯定? 否定?」

「肯定。確かにそうだな。まあこれ以上はしないから気にするな」

 こいつうざってえ……。とはいえ、喧嘩になって大学一発合格がなしになるのは困る。なのでここは放置することにした。

 サジマッの方を向き、聞く。

「時間の方はええんかな」

「予定していた到着時間です。ドンピシャですね」

「ほな」

 私は、扉をノックする。

「開いてます。どうぞ」

 ややか細いが、声が入室を促してきたので、私は扉を開け、中に入る。

「失礼するで」

 私たちはゾロゾロと部屋の中に入る。そこはいかにも研究室然とした場所だった。机と椅子が乱れてあり、あちこちに本や書類などがある。まだ移動の導線があるだけましだろ、と言わんばかりのギリギリの乱雑さである。

 なもんで、見ただけでは襟長さんの居場所がわからない。書類によると身長は低い方だったから、この散らかし具合では発見は困難と言える。

 そこで、サジマッが声を出す。

「襟長さま、どちらにいらっしゃっいますか?」

「ここです」

 との声と同時に、脇の書類の山から頭が出てきた。いきなりだったので驚いて声を上げかけたが、その前にハヤイが大声も大声でゲハハハハッと笑いだしやがったので叩いた。

「いきなり大声を出すんやない! ほら見ろ、襟長さんが部屋の隅っこに行ってもうたやないか!」

 ここから隅まで、この堆積具合でも抜け道みたいなのがあるらしい。たぶん、襟長さんくらい小さくないと使えなさそうではあるけれど。

 襟長さんがその隅で警戒している。私は、それを解こうと話しかける。

「ああ、すんまへん、ちょっとこいつはけったいなとこがありますよって」

 しかし、結構強めに殴ったのにハヤイの笑い声が止まらない。そこにサジマッが、

「ハヤイ先輩、流石に失礼ですよ!」

 とたしなめると、ハヤイはすっと笑い止んだ。そしてしょげかえった。いい歳っぽい男が後輩にたしなめられると言うタイプの情けなさが溢れている。

 こういうとこに一々つっこみ入れたいところだが、この流れを続けても生産性はない。さっさと無視して、襟長さんの怯え状態を解除せねば。

 と思っていると、サジマッが襟長さんが半身を隠す畳まれたカーテンまで物を倒さないよう慎重に行き、そして優しく声をかける。

「大丈夫です、襟長さん。もういきなり大声で笑ったりとかしませんから。したらあたしがぶっとばしますので」

「ふぅぅぅうぅぅぅ」

 襟長さんは大きく深呼吸。そして掴んでいたカーテンから離れる。

「すいません、お見苦しいものを」

 か細い声がそう言う襟長さん。背も低いしで、庇護欲に駆られる人もいよう。姿の雰囲気も控えめで、しかしその道では知らぬものがないレベルとは資料にあった。個人的には大学で最先端の研究を、というのでもうちょっと主張の強い人物だと思っていたが、意外とか弱そうな人である。

 露骨にジロジロ見るのもよくない。私は話を変えようと言葉を出す。

「いやあ、あの笑い声は私もビビりましてん。ホンマ、後で私の方からもきつーくゆうときますさかい」

「大丈夫です、済んだ事なので」

 こういうとこは、冷静に対処している。冷静に対応してカーテンに隠れたその行動はともかく、賢いヒロインに応募するだけはあると言ったとこか。

 それから、私たち(襟長さん含む)は導線を器用に移動して、一応の応接間のように使っているらしい、少し開けた場所に腰を落ち着けた。

 さて、とサジマッが切り出す。

「こちらは、賢いヒロイン検討委員会委員長のかしこ様です。私は付き人のサジマッと申します」

「どうも」

「どうも、脳行動生理学教授の襟長まりもです。今回はわざわざお越し頂き有難うございます」

「いえ、こちらこそお時間を取って頂き有難うございます」

 これは私が話す必要性がない。そもそもここでは喋らず相手の様子を見るように言われている。

「では早速、面談に入らせていただきます。まず、この賢いヒロイン検討委員会の賢いヒロイン検定に応募した理由をお聞かせ願えますか?」

 定番なのか澱みなく言うサジマッに、

「それは当然、ワタシが賢いからです」

 襟長さんはそう言い切った。

「賢いから、賢くないと、いけないのです」

 と思ったら意味深に呟く。いきなり何かありそうな雰囲気だ。

 そこにはサジマッも気づいているようだが、あえて話を続けさせる。

「何故、賢くないといけないとお考えですか?」

「それはそうでしょう。世界クラスの叡智の集まる大学で教授職。これで賢くない訳がないでしょう。そこにきてこの美貌」

 確かに、襟長まりもには知性美といえるものがある。顔の半分は瓶底眼鏡で目立つのに、髪も手入れの手間を掛けない短髪のボサクサで化粧っ気もない。それでも美しいと感じさせる。

 その謎美貌を振り撒きつつ、襟長さんは続ける。

「賢いヒロインとしてこれだけ高いレベルで纏まっているのは、他の方には無理でしょう?」

 多少鼻につく言い草だが、先に私が思ったように、賢いヒロインとしてはわざわざ検討することもない気がする。

 それでも、サジマッは言った。

「それを証明する何かを見せてもらうことになっています。何かありますでしょうか?」

 こういうとこの研究成果とかって軽々に見せてくるんだろうか。そもそもそれって見ていいものなのか? などなど思うが、まあこれも仕事のうちなようなので、ここはサジマッの言動に乗っておこう。

「……成果物ならあります」

「お見せいただいても?」

「問題ありません。用意に時間がかかるので、少々お待ちください」

 そう言うと、襟長さんは席を立ち、退室していった。

「……大丈夫なんか?」

「何がです?」

 焦りつつ聞く私に、サジマッは余裕綽々で若干腹が立つくらいである。

「なんか見ちゃまずいもんでも出してきたらことやろ」

「企業秘密とかはどうしてもあります。そこを触れ回らないのも仕事のうちです。この辺については、しょうがないと思っていただきたいですね。こういうのは避けては通れません」

 とバッサリと切って捨てると、いきなりラッパを取り出して吹いた。

「るせー!」

 私が切れ散らかす。だがサジマッは余裕綽々である。

「斯様、いきなり何かをされたらどうにもならないものです」

「それとこれとは話が違う気がするんやけど?」

「かしこ様はもうちょっと余裕を持った方がいい、ってことだな」

 ハヤイが知ったような口をきいてくる。いや、まあ私よりはこの職を知ってるんだろうけど。

 そこに襟長さんが戻ってきた。

「用意が出来ました。こちらの部屋に来ていただけますか」

 はいはい、と私たちは襟長さんの後について、用意の済んだ部屋に向かった。

 そこは殺風景、というより必要なもの以外何も置いていない部屋だった。さっきの乱雑さとは正反対である。

 置いてあるのは、なにやら計測するものだろう機器と、

「機械腕」

 それはそうとしか言いようがない、機械の腕であった。ボンテージみたいな構造の服もどきが付随している。

「襟長様、これは?」

「私の研究については知っておられますね?」

 襟長の言葉に、私たちは頷く。確か脳生理学。そしてこれは機械腕。

「……?」

「疑問に思われるかもしれませんが、これは脳生理学の研究の一環です。脳からダイレクトに意思が伝われば、このような機械も自在に使える。そういうのを確認しつつ副腕を使えるようにするプロジェクトです」

 そういう襟長さんは、唐突に私の手を取り、機械腕のある場所まで引っ張っていく。

「え? え?」

「何事も体験するのが一番です」

 どうやら、これを使わせるつもりらしい。これは想定外では? とサジマッを見る。

 視線が合う。

「頑張ってください」

 労いの言葉が欲しい訳じゃねえんだよ! と思ったが言う余裕がないくらいに、襟長さんの力は強い。それもそのはずで、既に襟長さんは機械腕を装着済みであった。

 色んな意味で退路が断たれている。仮にも委員長にさせる仕事かよ。とも思うが、少し興味もある。分かりやすいガジェットで、実際にそれで運搬されているのである。興味が出ない訳がない。

 そう言い訳を脳内で成立させていると、私は椅子に座らされた。

「これからワンダー1の接続実験を開始します」

「はあ」

 ダジャレかよ! と思ったがギリギリで口からは出なかった。ハヤイのヤツが笑っているが、襟長さんは気づいていないので、私もスルーする。

「先に言っておきます。何が起きても責任は取れません」

「先にゆうことの中でもワースト3に入るやつやろそれ」

「基本的には問題はありません。しかし、不測の事態はどうしたってあるものです。その時は」

「その時は」

「……そうらないことを祈ってください」

「ワースト3全部がこのタイミングで揃うこととかある?」

 ハヤイがゲハハッゲハゲハッ笑っていやがる。後で絶対殴る。

「と言うのは冗談です。ワタシの作ったシステムなので、問題があろうはずがありません」

「ははは」

 笑えるか! だが粗相のないように、あとせめてこっちは冷えっ冷えなのを伝わるようにと、乾いた笑いをする私。伝わりはしなかったが。

 襟長さんがえっちらおっちらと機械腕の付いた服もどきを私に装着する。この辺は案外ローテクである。

「では、接続しますね。気を楽にして下さい。精神をフラットに」

 ちょーっと無理難題だが? な精神状態で、私は身構える。

 背中にちくりとした痛みしかなかった。代わりに変な所に触っている感覚がある。これが機械腕の感触なのだろうか。

 見れば機械腕が襟長さんの手を握っていた。

「今、手を握っています。感覚はありますか?」

「はい。いや、ほんまにありますね」

 もう一揃い腕があったらこんな感じなのか。それだけでこの体験は得難いものだろう。

 と、感慨に耽っていたら、機械腕が勝手に動き始める。握っていた襟長さんの腕を力を込めて突き放すと、私が思ってもいない動きをしました。

「は?」

 機械腕が足代わりになり、テクテク歩き出す。ハヤイの方に。一足跳びで、瞬時に間合いを詰める。

「あん?」

 足代わりだった機械腕が大きく振りかぶり。

 その手が手刀として叩き込まれる。が、片手では体の動きは支えられず、体勢が崩れる。そして手刀はハヤイを絶妙に外した。

 いきなりの動きだったので、流石のハヤイも笑うのを忘れてしまっている。

「えと、襟長さん、これどうやって止める?」

 と私が言う間にも、機械腕は動いている。横薙ぎの構えに。

「いやいや止まれや、止まれ!」

 私が声に出しながら強く考えると、横薙ぎの構えは途中で止まった。が、体勢が片手だけで支えるには無茶な止まり方をしているので、横にスーッと倒れていく。

 動けと念じるべきか? でもまた攻撃行動に出るのでは?

 どうすべきか全く分からないから、姿勢は崩れ、倒れていく。

「あああ!」

 と、声だけしか出せない私の体に当たるもののがあった。

 見ず知らずの人だ。その体が、私の体に当たり。

 その瞬間、回転が来た。くるり私は縦回転させられていた。

「はわっ!?」

 背中から着地の形になる。上手く力を制御されたのか、痛いということはなく、軟着陸の形になった。

「おっとっと」

「大丈夫かね?」

 何者かが、そういってくる。白衣姿の男性だ。それ以外は比較的大雑把なタイプの見た目をしている。

「いや、助かりました。有難うございます。の続きにはあれですが、どちら様で?」

 という問いの答えは違う方から来た。

「ヒロ先輩!」

 襟長さんがそう言って起き上がった私とヒロ先輩とやらの間に割り込んでくる。

「まりも、なんでかは知らんが、トーシローにワンダー1を繋げるとか、性急過ぎるぞ。慣れたやつでも危ないってのに。何を考えているんだ?」

「それは……」

 詰めの雰囲気になっているところでサジマッの言葉が割り込む。

「どなたですか?」

 ヒロとやらは、うん? と答える。

「自己紹介がまだだったな。祖出宏でヒロだ。ここでこのまりもと同じとこの教授やってる。で、あんたたちは」

「我々は、賢いヒロイン検討委員会のものです」

 その言葉に、珍しいものを見る目つきになる祖出さん。

「はあー、本当にあったのか賢いヒロイン検討委員会。……つまり、その賢いヒロインになろうってのが、そこのまりもか」

「そういうことになりますね」

「どうしてまた」

 しょげかえっている襟長さんが、ぽつりと言う。

「このプロジェクトに、……箔が欲しかったんです。いつもヒロ先輩に頼ってばかりですし。特に資金面は」

「だけも、そういうのはお前はやめとけって言ってただろー。で、その結果がこれだぞ」

「うう……」

 ちょっと合間に入っていけない雰囲気。単なる先輩後輩の関係性ではなさそうな。

 だが、サジマッはその点に対して全く無頓着で言う。

「では委員長。賢いヒロイン判定を」

 このタイミングでそれを私に言えってのか!? というか、何言えってんだよ!

 と思っていたら、ヒロさんが口を開く。

「こいつが頭がいいか、というなら俺は太鼓判は押すが、賢いかというのには、反対するね。まだ未完成な技術を、危険なタイミングで使ってしまった。これは賢い、とは真逆の状態だろう」

「先輩……」

「いや、マジでちゃんとしろよ、こういうのは。ご時世なんだし」

「うう……」

 襟長さんがへこたれているが、ちゃんと私の意見を述べねばならない、という雰囲気である。これが委員長の重圧というものか。

 私は覚悟を決める。

 そしてポーズも決める。事前に教え込まれていたものだが、するとなると本当に覚悟が必要だった。相当恥ずかしいが、私は言い切る。

「検討の結果、襟長さんは賢いヒロインとは認定されませんでした! 危険を度外視しての行動は賢いとは認められません! これにて閉会!」


「いや、あのポーズはないやろって話な訳や」

 私はサジマッに問い詰める。既に移動の車中である。話を聞いてハヤイがゲラゲラしている。

「決まり事ですので」

 と、サジマッはにべもない。まあ、そこはもういいとしよう。やって後二回だし。その二回でも憂鬱だが。

「で」

 と私は切り出す。

「もうちぃっとばかし暗いけど、次行くんか」

「時間は有限ですよ、かしこ様」

「っても、もうちょい簡易なスケジュールあるやろ」

「このタイミングを逃すと次に会えるのがいつかわからないのです」

「そんな激務な人なんか?」

「いえ、ギリギリまで予定が分からないだけです」

 サジマッが若干のイラつきを見せている。今日の出会いだが、サジマッが時間にうるさいタチのようなので、それ故だろう、とあたりをつける。

 そこに話が及ばないよう、私は話をすれ違わせる。

「そもそも、何しとる人なん? 職業欄に何も書いてないんやが」

「ハンターです」

 うん、ハンター。……ハンター?

「なんや、ハンターって。猟師か?」

「いえ、ハンターです」

「何をハントするんや?」

「妖精です」

 うん、妖精ハンターね。……妖精ハンター?

「そないな仕事があるんか? 担ごうとしとらん?」

「このあたしがそんなことをするとお思いですか?」

 すんごい真剣な顔で言ってくるが、まだ出会って半日もたたないので、実はそういうことするヤツだ、と言う可能性が捨てきれない。

 なので正直に言う。

「しない保証がないやろ」

「ああっ! あたしは信用されていない!」

「まだ会ってから5時間程度やからな? そう言う冗談なのか分からへんねん」

「正確には5時間28分です」

「それはええねん。サジマッが信用置けないって話やろ」

「信じていただけませんか」

「流石に荒唐無稽やで、妖精ハンター」

「世の中には知られていない、未知の分野もあるのです。これもその一部」

「そうだぜ、イインチョー。俺たちはそう言うのに特に巡りあうんだ。創作の世界のようなのにな」

 ハヤイも言うが、と言っても。

「さっきの襟長さんのも大概やったが、それでもすんなり受け入れられんわ」

 妖精ハンターねえ。ハンターやっていけるくらい仕事あるなら、世の中に知られてても良さそうだが。

 と、黒塗り高級車が駐車場に止まる。

「ここから少し歩きます」

「はーい」

 降りた先は、オフィス街の一角だ。時間は深夜になりつつある。街灯はあっても居酒屋などもないので、人の気配が無いだけで異様な雰囲気を感じる。

 何かあるかもしれないとは思う。それが妖精なのかと言うと悩ましい所だが。

「こんなとこにおるん、その」

「刃さん」

「そう、それ」

 刃と書いてエッジと読ませるらしい。トンチキな名前だが、自称らしいので、つまりセンスがトンチキな人だと言うことだ。

 その刃さんが、この辺りにいるらしい。と言っても街灯が微かにしか届かないビルとビルの間とかに屈んでいたりとか、見るからに怪しいムーブはしてはいないだろう。

 と、ビルとビルの間を見ると、そこには屈んでいる謎の人物がいた。

「……あれか?」

「あの方ですね」

 またついてきているハヤイがゲハハッと。肯定だろうか。

 サジマッに問う。

「あれに話しかけるの?」

「接触しないと始まりません」

 そりゃそうだが。あの場所のあの人に話しかけるのは勇気が要るぞ。

 私が逡巡していると、埒が開かないと見たかサジマッが人影に向かった。そして、その人影と話をすると、すぐに一緒に戻ってきた。

 仕方ないので挨拶する。

「どうも、賢いヒロイン検討委員会委員長、かしこです」

「刃だ」

 本当にエッジって言ってるよこの人。と内心で恐々とする。表情には出さないよう苦労するぞ、これは。

 話の方は今回もサジマッが進めていく。

「早速ですが、賢いヒロインだとご自身が思うところなどがあれば教えてください」

「言葉など不要。行動で見せる」

 全体的に武骨で押す気らしい。確かに風体はカタギの人じゃない。賢いヒロインに応募しているので女性なのはまず間違いないが、それでもガタイの良さは尋常じゃない。妖精ハンターにこのゴツさは必要なのか? とも思う。

 服も、質実剛健という感じでツナギ、作業服である。一見すると業者の方に見える。そう見せるのも目的ではあるのだろう。あと、実際妖精ハンターという業者の方、ということかもしれないが。

 その上でワンポイントとして洒落た帽子をかぶっている。どこで売ってんだそれ、というレベルのつば広帽である。それが作業服と親和性を全く見せておらず、だから一見してあれ、って言いたくなる風貌になっていた。顔の精悍さと帽子の華やかさがコントラストになっている。とも言える。

 そう、私が観察していると、

「……いた」

 と刃さんが言うので、その視線の先を見ればそこには街灯に照らされた小鬼がいた。

 小鬼だ。本当に小鬼ってあんな感じなのか。初めて見たからびっくりだ。まあ小鬼。ぱっと見醜悪な風貌ってやつである。てか。

「あれ、妖精なんか? イメージ違うが」

「妖精だ」

 とだけ言うと、刃さんはその得物を手に持つ。

 ゴツいにゴツい、レンチのようなものだった。

「刃物違うんかい!」

「……銃刀法があるから」

 ビックサイズのレンチも不用意に持ってたらあんまりよくなさそうだが、ぱっと見ではやっぱり業者の方である。帽子が無ければ本当に業者の方で押し通れる感じだ。ますます帽子が謎である。

 その刃さんが、小鬼との距離をじりじりと詰めていく。一気に行って頭を潰すのではと思っていたので、グロ映像を見る可能性が少し減ったのはありがたい。だが、でかい人がでかいレンチをもって小鬼ににじり寄る、という絵面の厄介さは中々伝えにくい。非常に映像カロリーがあるものだ。

 と見ているうちに、小鬼が刃さんに気づいた。さあどう出るのか。

 小鬼が逃げた。やんぬるかな。あのガタイででかいレンチ持ってたら、そりゃ逃げる。

 対する刃さんの動きは予想以上に俊敏だった。速さでは逃げる小鬼とそん色ないものを見せている。

 すぐ追いついて、しかし小鬼は方向を変える。それを追いかける。

 逃げる小鬼。追う刃さん。街灯の下でチラチラ映るそれを遠くで見つめる私とサジマッとハヤイ。

「追わんでええよな、私ら」

「下手に行くと運悪くレンチに直撃とかありそうですし、餅は餅屋です。遠くから見ていましょう」

 ギャハハとハヤイ。違いないとでも言ったつもりなんだろうか。

 逃走する小鬼。追う刃さん。ぱっと見千日手のようなグルグルをしている。

 しかしよく見ると追い込まれている形に見える。さっきから同じところをグルグルしているが、意図的に一定の方向に逃げないよう動いているし、動かされている。動く方向を狭められているというか、最終的にある一点に収れんするような動きに見える。

「どこかに追い込もうとしとる?」

「ですね。まず体力を削って、という段階かも」

 ギャハハとハヤイ。違いないとでも言ったつもりなのだろうか。

 小鬼が消耗してきた模様である。明らかにふらふらしている。対して刃さんはまだ余力を残しているように見える。妖精ハンターに体力が必須、というかなり人生において無駄な知識が叩き込まれる。

 と、刃さんの動きに変化があった。先ほどからずっと一定の道を行くよう幅寄せて小鬼を追い立てていたのに、すっと一か所、行ける道を残すように隙間を空けていたのだ。

 そこに、ここぞと小鬼が移動する。

 その時だった。刃さんが丁度あった紐を引くと同時に上から、檻が降ってきたのだ。

 がしゃん音を立てて、その檻は小鬼を捕らえる形になった。着地音からしてそれほど重くはなさそうだが、へばっている小鬼にはそれを退かすことはできないようだった。

「上手く追い込んでましたね」

「若干力技な感じもある気がするんやけど」

 賢い追い込みだったが、追い込みが賢いかというと、悩ましい所だ。若干、違う気もする。

 そんな会話をしているうちに、刃さんが私たちのところに戻ってきた。

「あれ、一体なんなんです?」

 私は小鬼のことについて聞いてみる。

 刃さんの答えは端的だった。

「あれは、澱みの形だ」

 それ以上は続かない。やっぱり言葉で語るのをしないタイプなのだな、とやっとこ合点がいった。

 ここで質問攻めという手もあるが、この調子では手間が掛かりそうである。私は謎は謎のままでいいかなあ。と言うスタンスでいくことにした。

 でも、それでも聞いておきたいことはある。

「あれ、殺処分とかやるんか?」

「そうなる。だがここでは周りに影響が出る。場所を変える」

「はあ、どこで?」

「これに書いている時間と場所に来てくれ」

 というと、刃さんはメモ用紙をサジマッに渡して、檻の中からへばっている小鬼をつかんで取り出し、いつの間にか出していた麻袋にぶち込んでその口を縛ると、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 あまりに自然にフェードアウトしたので、メモ用紙の内容について問いかけることが出来なかった。

 そのメモ用紙、内容が分かるようで分からない。数字は時間なのは分かるのだが、文字らしいものがのたくっていて解読が難しい。これは直に聞いた方が早いのだが、肝心の刃さんがもう既に撤収してしまっている。バイクの排気音が聞こえてきたので、これはもう追いかけるのは難しそうだ。

「……幸い時間はあるようですから、解読しましょう」

 めんどくせえ……。

 誰もが声には出さないが、そう思っているのは明らかだった。


 一晩明けて、朝。私の家に帰ってきて、サジマッとハヤイを部屋に上げて、そしてメモ用紙の解読が終わってお開き、だったが、サジマッとハヤイは黒塗り高級車に戻っただけで、そこで就寝した模様である。

 そして、私より早起きしている。

 朝早く、目覚めたらベッドの近くでサジマッが待機していたのだ。

「そこまでするか?」

「委員長に対しては当然の行為です」

 さよか、と思いつつ、この後のスケジュールを確認する。

 刃さんが指定した時間は、お昼遅い頃。今は朝。時間はある。

 この隙間に、サジマッは予定を組み上げていた。

「昼までの間に、もう一人の賢いヒロイン候補者と面会します」

「本当に時間詰め詰めやね。それ早いの?」

「朝食を食べる余裕はあります」

「それくらいしか余裕ないんな」

「あるだけましだと思ってください」

「無茶苦茶ゆうなあ」

 私はげんなりするが、とりあえず飯は食える。私はもさもさ部屋を出て階段を降り、キッチンで食パンをトースターにぶち込んで、洗い終わっているコップに冷蔵庫から出した麦茶を入れ、それを飲みながら食卓につき、食パンが焼けるのを待つ。

 そこで、既に座っていた母が言ってきた。

「かしこ、ちゃんとやっとるか?」

「無茶苦茶ざっくりした言い方やな。何が言いたいねん」

「さじまさん? あの人は出来た人やから、変な迷惑かけたらあかんよ?」

「うーん」

 迷惑はかけてないと思う、というより迷惑かけられている面もある。とはいえ、サジマッが持ってきている事案が全体的に迷惑なだけで、サジマッは悪くない、はず。

 なので当たり障りのない返答をする。

「あれはあれで結構あれやで?」

 サジマッには聞こえぬよう、だったが反応が見えたので聞こえたやも。

 同時にトースターから食パンが立ち上がった。焼けた。

 それを取りに行き、冷蔵庫からジャム瓶を取りだしてから着席し直し、瓶から卓上にあるスプーンでジャムを取り出し、それをパンに塗り、もぐもぐ。

 サジマッが真顔で聞いてくる。

「誰があれですか?」

 スルーする気はない模様だ。タイミング測ってやがった。

「あれはあれよ。君はあれ」

「そうだろうとは思っていました」

「なら、聞かんと自分の胸の内で完結させとけ」

「でも、納得は出来ていません。あたしはあれではないのです」

「自覚がないやつは大体そうゆうねん」

「でも」

「デモもストもない」

「かしこ」

 私たちが問答をしているとこに、おかんが割り込んできた。

「ちゃんとさじまさんのゆうことを聞き」

「この場合、聞いてもサジマッがあれじゃないって程度やけど?」

「今やない。この後もや。あんたにきっちり関わってくれる人やで。大事にせな」

 何言ってんだ、おかん。案件だったが、おかんは真剣な目をしている。何がそんなにツボだったのかだが、そこからサジマッに信を置いているのが分かる。

 なので、私は答えた。

「まあ、関わり合いがある内は善処するわ」

「……ちゃんとするんやで」

「はーい」

 と言っているうちに食パンを食い切り、残っていた麦茶も飲み込むと、私はサジマッに言った。

「そういうことやから、後もうちょっとだけちゃんと付き合ったるわ」

「よろしくお願いします」


 目的地に向かう車中。ハヤイが運転する車は、順調に移動していた。車窓は、既に馴染みがない辺りに差し掛かっていた。

「で、今日の面談相手は?」

「この方です」

 書類には今まで同様に写真がついてきている。見るに、普通の女性に見える、が、なんか頭に変なものが付随している。

 第一印象を素直に言おう。

「猫耳か?」

「その通りです」

「科学的なん? それとも精霊的なん?」

「そこはハイブリッドですね」

「ハイブリッドかー」

 賢いヒロイン検討委員会をしていると、かなり世界的な突端に対しての受容が変わってくるらしい。ハイブリッドかー、じゃ済まないレベルの話だが、なんというか、慣れた。

 そして、慣れてきたから気になる情報もここで聞いた方が角が立たないだろう、という理解も出来ている。ので、聞く。

「人耳はあるん?」

「猫耳持ちに対してあまり聞けないことを、今聞いて聞いてきますか。流石です」

「そういうのはええから。どっちなん?」

「この方、新山楓様の耳はどちらもある形です。猫耳はアタッチメントになりますから」

「ほな、ほぼ飾り耳ってことかいな」

「耳としての機能は、そうなりますね」

 そういう機構を生む経緯、というのは気になるが、あまり深くかかわるのも良くなさそうではある。下手するとまた国家機密レベルのことかもしれない。不用意な深入りは禁物だろう。その精神で、昨日の機械腕も深入りはしなかったのだし、それは維持してよさそうだ。

 私がそういう予断を作り上げている間に、黒塗り高級車は目的地に着いたようだ。

 避暑地、といったところだろう。私の住んでいる辺りにもあるとは知らなかったが、確かにこの辺りは夏がそんなに暑くない辺りと聞いたことがある。林がいいのか、湖がいいのか。あるいはその両方かも。

 とにかく、そういう避暑地の別荘の管理人として、新山さんはいるらしい。ついた先は結構大きめの別荘だ。少し奥まった場所にあるが、湖も徒歩圏内。いい立地と言えよう。そこに謎の猫耳アタッチメントというのが、なんとも金持ちの道楽感が強くて、逆にしっくりくる。

 その別荘の入り口から、女性が出てきた。写真通りの猫耳装備の、新山さんである。カタログスペックは比較的標準な方なので、身長も平均の私と同じなので、目線が合いやすい。

「新山様、ですね?」

 サジマッが声をかけると、新山さんは深くうなずいた。猫耳も自然な動きをしている。

「賢いヒロイン検討委員会の方ですね。お待ちしておりました。さあ、どうぞお入りください」

 私とサジマッ、そしてハヤイも別荘に入っていった。

 内部は外観から見えたように、空間を大きく使ったものだ。天井が高い。それだけで高い家に見えてしまう。調度品や装飾品の感じも、いかにも高いものでござい、としているが嫌味には見えない。家の雰囲気をしっかり演出している、ということだろう。

 その中で、私たちは客間のソファに座る。対面には、新山さん。ぱっと見では単なる主婦の方に見える。服装とかについてはゆるい家なのだろう。そのゆるさが、単なるハウスキーパーに猫耳ガジェットをぶっこむという謎のムーブに繋がっているのだろう。

 そういう観察をしているうちに、丁寧に座っているサジマッが定番の質問を始める。

「さて、新山様。新山様はこの家の方の推薦ですが、ご自身はどこが賢いヒロインだと思われますか?」

「えーと、この猫耳のその性能面だと思われます」

 方向性は若干目くらましがあるが、これって実は企業案件ってことか? そういうのもあるんだな、賢いヒロイン検討委員会。

「性能というのは?」

「知力を向上させるとのことです。実際どれくらい上がっているのか、試したことがないので分かりませんが」

 企業案件かと思ったが、単に活用し方を考えてないというタイプかもしれない。ゆるい会社なのか?

「その知力の向上というのは、どういう形なのでしょうか」

「分かりやすいのは計算力ですね。暗算が素早く出来ます。買い物に便利ですよ」

 本当に活用し方分かってねなこれ。そっち方面としては宝の持ち腐れ感はあるが、さておきどれくらいの計算力なのか。

 サジマッは、それを試す為に、質問を始める。

「478円7本のものの消費税軽減税率込みの金額は?」

「3613.68円。四捨五入で3614円ですね」

「3012×162は?」

「48794です」

「4x²-y³=28のxとyの数値は」

「xは3、yは2ですね」

「1000までの素数を上から7つ」

「997、991、983、977、971、967、953です」

 ミリ秒の遅滞もなく、答えを返してくる。確かに知力が上がっている、というのは確認できる。

「どうでしょうか」

 新山さんが奥ゆかしく聞いてくる。確かに、賢いのは賢いようである。

 だが、そんなにすんなり賢い判定していいのか。と思っていたら、サジマッがもうちょっとという感じで話を切り出した。

「他にお仕事の様子も拝見出来ますか?」

「大したことはしていませんが」

 そう言うと、新山さんは立ち上がった。私たちも立ち上がる。

「それでは、少しデモンストレーションをしてみましょう」

 そう言い、新山さんは移動を開始する。私たちも後に続く。一旦キッチンに寄りそこで何かの小瓶を手に取る新山さん。

「なんです、それ」

「塩です」

 何故塩、である。料理でもするのか? このタイミングで? キッチンにいるからある意味ではそれが妥当だけど。

 しかし、そうではないようで小瓶を持ったまま、新山さんは移動し始める。それに私たちはゾロゾロ追従していく。

「どこに行くんです?」

「奥にある裏口です」

 広い別荘なので、奥まで行くのでも時間はかかる。その合間に、

「この別荘はですね」

 と、先導する新山さんが話し始める。

「立地が少々よろしくないのです」

 ぱっと見ではむしろ好立地ではなかったか? 湖も近いし、やや奥まっていて静かだし。

「いい場所やないですか」

 と言うと、新山さんは溜息。

「場所としてはそうですが、ここは元々は道祖神のお社のあった場所なんです」

 不穏な言葉だ。あった、と言うからにはもうないのだろうけど、そのないになる経緯に嫌な予感を覚える。

「それはもしかして……」

「お察しの通りです。この別荘を建てるために取り壊しました」

「移転とかは」

「旦那様は道祖神なんて単なるハリボテだ、という風に考えていらっしゃったらしく、そう言うのは全く」

 一昨日までの私なら、それについて全く同感、道祖神なんて、だ。しかし小鬼を見たのが昨日。そして今なので、嫌な予感がヒシヒシとする。このまま裏庭について行っては良くないのでは?

 不安が増す中、裏庭の入り口に私たちは立つ。やー、な感じ。私は霊感はないと思っているが、それが今開花する可能性だってある。それくらいに、嫌な雰囲気である。

 ププー! ラッパの音がした。びっくりして魂消る。すぐに我にかえり、私はサジマッに怒鳴る。

「びっくりするやろ! 変なタイミングで吹くなや!」

「すいません、破邪のつもりで……」

「ラッパで破邪できるって聞いたことないぞ、……ほらあ、新山さんが腰抜かしかけとるぞ」

 タイミングがタイミングなので、相当キたのだろう、新山さんは立つのがやっとといったとこだ。

 その覚束なさ見せる新山さんを、ハヤイが助けていた。

「大丈夫ですか?」

 いつもの笑いを止めて、真摯に対応している。ははあ。

「そういう趣味なんやね」

「下心ありみたく言うなよ。ちゃんと善意もある」

「そこで本心をゆう辺りは見直したわ。もっと小狡いやつかと思っとった」

「割とひどいこと言うねえ。と、それはさておき」

 ハヤイが新山さんをシャンと立つまで補助しつつ言う。

「この先、やっぱりなんかあるんですかね?」

 問われた新山さんはこくりと。

「幽霊がでます」

「幽霊。幽霊、ほんまおるんやな……」

「っても、幽霊はよくいるんだがな。委員長の家にもいたぞ」

「やめーや、意趣返しか」

「単なる事実、……と」

 ハヤイの言葉が止まる。と同時に、新山さんがら動いた。小瓶の中の塩を手に乗せそれを振り撒いたのだ。トラディショナル・シオマキである。

「へえ、清めの塩か。ちゃんと効果あるもんだな」

「先人の知恵ですからね。効果は毎度ここを清めるわたしが保証します」

 ハヤイにそう答える新山さん。いや待て。

「ハヤイが霊感があって見えるんは胡散臭いからええ」

「胡散臭いってお前」

 無視。

「ええんやけど、なんで新山さんは霊のおる方が分かったん?」

「これです」

 と新山さんは耳を、猫耳を指さす。

「猫とか動物というのは、よく虚空を見たりしてますよね。あれは霊が見えている、という話もあります。そこで実際試しに猫の力を宿してみたら、霊が感知できるようになった、という訳です」

「という訳ゆうて、話無茶苦茶過ぎるんやけど?」

「まあ、見えてない人に言っても理解されないとは思います」

 と、新山さんは普通に達観人なことを言う。

「俺は見えるから分かるよ。確かにこの辺りは霊がいる雰囲気だ。というか、そこの扉、開けるのか?」

 というのは、奥の裏庭に出るであろう扉である。地味に洋式の家なので、靴は履きっぱなしだから、即応できる。

 というのはさておきハヤイが懸念するその扉は、霊感がない私には全く普通の扉だと感じた。若干暗いくらいだ。

「この辺り、電球がないんかいな? 妙に暗いが」

「あー」

「あー」

 ハヤイと新山さんが異口同句。つまりハモった。

「なんぞ?」

「サジマッ、ここ、暗いか?」

 ハヤイがサジマッに問う。サジマッははてな? と。

「いえ、今まで通ってきた廊下と同じ明るさです。……暗いですか?」

「暗いやろ、……ってもしかして」

 うんうん頷くとハヤイ。

「発生するかもとは思ったが、どうやらそうなったらしいな。素質あるぜ、委員長。ここは普通に見れば、明るさは変わらん。だから」

「あー! あー! 聞きたくない! 聞きたくないぞ!」

「まあ、この先を見れば一気に開眼もありうるから、聞かなくてもいいぞ」

「ああー!」

 いきなり霊感に当たりそうなうえに、この先は霊の巣窟とか言われたら、恐ろしいったらありゃしない。

 しかし、ここで帰る訳にもいかない。仮だが賢いヒロイン検討委員会委員長だ。怯えて帰るなんてそんなわけには。

「では、開けますね」

 新山さんがそう言うと、扉に手をかける。

 そして私はそこで気づいた。ここを見るのは賢いヒロイン検討委員会の仕事外じゃないか?

 扉が開く。

 そこから記憶が少し飛ぶ。


「いやさ、あれはやっぱり賢いヒロイン検討委員会のすることやないさかいな?」

 新山さんのメンテしている別荘の客間のソファで、私は冷やっこいタオルが頭に置かれている。

 私は、あの場で霊感に開眼した。してしまった。本当に貰い事故だ。

 そして見てしまった。霊を。それも、怨霊の類である。その姿たるや、思い出すだけで身震いする。

「賢いヒロイン検討委員会委員長が都度都度移ろうのは、こういうのもあるのです。見なければ、知らなければよかったものに巡り合ってしまうというやつです」

 私の膝枕と化しているサジマッが、少し申し訳なさそうにそう言ってくる。

 その場で、私は混乱してしまった。そして暴れ、その時に腹に一撃を食らって、意識を失った。気が付いたらこの状態である。

 ちなみに一撃で失神させたのはサジマッである。その後、担いで逃げてきたとのことだ。ある意味命の恩人かもだが、ボディはねえだろ。

 そう考えていると、ハヤイはゲラゲラと笑う。そしていう。

「いやあ、霊感ありとは思ったが、まさか霊力の方も備わっているとは思わなんだよ、委員長」

「耳からくる感覚でしか分からないわたしでも、衝撃と音は伝わってきました」

 キッチンにいる新山さんもそう言ってくる。

 そうなのである。霊が見えるだけでなく、ぶん殴れたのである。それが余計に混乱に拍車をかけたのだが、手の感触、霊をぶん殴った感覚は残っている。これがまたいやぁな手触りなのだ。そして錯乱していたので、危うく新山さんを殴るところだったらしい。でもボディはないだろ。

 そこからは流石に回復してきたので、私は言う。

「そろそろお暇しないと、次の予定があるやろ」

「まあまあ、もうちょっとは時間があります。食事を振舞っていただけるようですし」

「ごはん」

 ごはん! ただ飯! 昨日は晩飯が携帯栄養食だったし、朝はジャムパンだったしだから、ちゃんとしたごはんは一日ぶりだ。

「お昼、出していいですか?」

「ああ、お願いします」

 出てきたのはローストビーフのサンドイッチだった。サラダもちゃんと新鮮なのが提供されている。

 私はむしゃぶりついた。霊力を使った反動なのか、とんでもなくお腹が空いていた。なのでむしゃぶりつく。

「美味しいですか?」

「はい! いや本当に美味ってやつでさあ!」

「キャラ変わってるな」

 うるせえ、という暇ももったいないと、がつがつと食う。

「かしこ様、そんなに急がなくても逃げはしませんから」

 新鮮なオレンジジュースをかっこみ、満足する。

「いや、美味いやつははよ食わんと逃げるで」

 と返しもしておく。サジマッはそうですかと。

 そこに、新山さんが寄ってきた。

「どないしはったん?」

「あの、少ないですが、これを」

 そう言って、新山さんは何やら紙幣をこちらに。

 ピンとくる。これがそもそも企業案件の部分があったのを。

 それで、更に袖の下ということか。

「新山様」

「あ、はい」

 底冷えする声で新山さんの名を呼ぶサジマッ。それに、素になってしまう新山さん。

 一触即発だが、そこでサジマッは、私に言った。

「かしこ様。賢いヒロイン検討委員会としての回答を今お願いできますでしょうか」

 うわあ、このタイミングでか。マジか。今回は完全に私の独断でやらなければならない。しかし今の、一瞬で冷えたこの場でやれとは非道にも程がある。

 だが、あまり待たせてもどうにもならない。一発勝負だ。私は、

「分かったわい」

 と返答し、立ち上がってなんとか謎ポーズを取りながら回答をひねり出す。

「検討の結果、新山楓さんは賢いヒロインにはあたらないという結論に達しました! 理由は」

「理由は」

 新山さんが落ち込んでいる。もしかすると、あの付け届けは新山さん独断だったのかもしれない。だが、問題はそこではない。

「新山楓さんの能力が、結局あのアタッチメントの性能であって、本人由来のものではないことです。賢いのは、事実上あのアタッチメント! ゆえに賢いヒロインにはあたりません! 以上、閉会!」

 私はひねり出した屁理屈を言い切った。


「いやでも、もうちょい情報交換は密にしとこ?」

 車中で、私はサジマッに言う。いくらなんでもさっきのは一発勝負過ぎだ。色々ミスったらあそこでこじれる可能性が多量にあった。

「こればかりは、最終的にはかしこ様の御心ひとつですから」

「体裁よく私に全てを押し付けようとするんじゃねえ。もうちょい多角的に見ればもっとマシな言いようもあったってゆうとるんや」

 ハヤイがゲハハハと笑う。

「そんなもんかね、ってゆうとるんか?」

「だいぶ分かってきたねえ。だが、実際そんなもんかね、だ。この賢いヒロイン検討委員会の権限は、最終的には委員長、かしこ様にある。どの道どこかで検討結果は言わないといけないんだ。そこに完全なんてねえんだよ」

 そうかもしれんが、それでも最大限のことはしたい。せっかくの事なんだし。

 そこで思い出す。付け届けの件だ。

「賢いヒロイン検討委員会って、付け届けとか貰うんはありなん?」

 キッ! とサジマッの視線が鋭くなる。この話題は藪蛇だったか。

「……こういうのは嫌いなん、サジマッ」

「それをやりたい気持ちは分かりますが、しかし許されません。あれだけで、賢いとは言えないとあたしは思います」

 ケラケラハヤイが笑う。そういうやつさ、と言う雰囲気である。

 どうにも、そこは鬼門らしい。お金については気をつけておかないと、などと私は考える。

 さておき、次は刃さんの件だ。

 指定の場所の解読は大変だったが、山の方の採石場だと分かり、今はそこへ向かっている。

 採石場、と聞いて何か嫌な予感がする。かなり碌でもないことに巻き込まれそうな、そんな予感。こういう予感は妙に当たるのが相場だ。

 なので。

「電話口とかで検討結果伝えられんの?」

 と、どうにか行かない方法を言ってみる。

「ちゃんと面と向かって言う方が効果的なので、ダメです」

 にべもない。効果的ってなんだ、とも思うが、そういうものです、と返されそうである。つまり、退路は無いと言うことだ。

「行くしかないかー」

 心底嫌だが、大学一発合格の為だ。そう言い聞かせて、なんとかする。

「そろそろ着くぞ」

 ハヤイが言ってくる。なんとかするのだ。

 再度言い聞かせた。


 その光景は現実味が薄かった。

 採石場は特に変わったものは置いてはいない。何の変哲もない採石場だ。ほぼ使われていないらしく、人影などない。

 だが、いる。

 どうもここは妖精の屠殺場だった模様で、その妖精の怨霊が渦巻いていたのだ。怨霊だと言えるのは、どれも苦悶の表情を浮かべているからである。

 そんな中に、かれこれ2時間いる。刃さんが全く来ないのだ。

「時間指定間違っとらんよな?」

 3度目の質問に、だがサジマッは特に邪険もせずに返してくる。

「間違い無いです。間違いなく待ち合わせの時間から2時間12分経っています」

 サジマッはひたすらイライラしているが、八つ当たりはしてこない。私ではなく、刃さんに全てぶつけるつもりなのだろう。

 ちなみに、ハヤイはここの霊の多さに尻込みして、車で待機している。まあ、車の周りにも霊が行っているので、焼け石に水の行為でしかないが。

 私の周りにも、霊が寄ってきている。下手に見ると見えているのに気づかれるから、出来るだけ無視しろ、とは逃げたハヤイの助言だ。

 とはいえ、渦巻くほどにいる怨霊を完全に無視は難しい。視線が合うのも一度や二度ではない。薄々気づかれているのでは? ともなるが、他に対処法もないので、ひたすら無視する。

「こんななら塩貰っとけばよかったわな」

「……」

 イライラを私に出さない為か、サジマッは無言である。少しくらいなら、愚痴吐いてもらってもいいんだけど。

 と、そこにバイクのエンジン音。刃さんだろうか、と見れば、半日前に見た作業服が目に飛び込んできた。

 バイクが私たちの前に止まり、刃さんが降車する。ヘルメットを脱いで置き、トランクスペースから麻袋と帽子を取り出した刃さんは、一言。

「待たせたかな」

「ええそらもう。サジマッ、刃さんも来たし、もう帰ってええか?」

「ダメです」

 同時にサジマッが横から肘を打ってくる。結構容赦のない一撃で、私は悶絶する。イライラの乗った肘は痛い。

 刃さんははてな? としているので、サジマッが私の意思を無視して話を進めさせる。

「だいぶ待ちました」

「2時間程度だろう」

「正確には2時間と25分です。そして程度というほど短くはありません」

「こちらにも色々あるんだ。そうめくじら立てないでくれ」

 スッと、サジマッの視線が冷たくなる。本気で冷気を放つような、そんな睨みをしている。

 いい加減なことを言っていた刃さんも、それに気づいてたじろぐ。

 だが謝罪の弁は述べない。

 それを確認して、サジマッは冷たく言った。

「仕事のほど、確認させていただきます」

「……だな。見せよう」

 そう言うと、刃さんは担いでいた麻袋から、例の小鬼を取り出す。両手足を括られた小鬼は何かを言っていた。鳴き声のようにしか感じられないが、命乞いかもしれない。

 その頭に、デカいレンチが突きつけられる。小鬼はひっ、と息を飲んだ。

 デカいレンチが振り上げられ、振り下ろされる。無慈悲!

 と、思う間もなく、その現象は起きた。叩き潰されるかに見えた小鬼は、しかしそういうことはなく、レンチに触れた瞬間に霧散した。

 ついで、大音が鳴る。耳を塞がないといけないほどのやつだった。

 しかし、それだけだ。

 相当のグロ映像を覚悟していたので、私は拍子抜けしてしまった。というか。

「じゃあこの霊は何だよ!?」

「霊? 何のだ?」

 口振りから、刃さんは霊感を持っていないようだ。それはいい。

 私は質問を、刃さんに投げかける。

「刃はんは、妖精をどう祓ってるんや?」

「祓うではなくちょっとした超能力だ。ワタシの力を当てれば、澱みが清められる。やたら大きい音を出すのが難点だが」

 となると、やはりここで妖精を屠殺しているのは違う輩ということになる。妖精の屠殺が悪いことか、と言われると全然ピンときてないのだが、いい加減な処理で怨霊を生み出しているのはいただけない。

 その辺りのことを刃さんに話すと、成る程、得心された。

「この辺りで事故が不自然なほど多い。妖精のせいでないから、そういう類では、と思っていた」

「やはり、知る人ぞ知る、やったんやね」

 ああ、と刃さんが請け負う

「そういうのが得意な知り合いがいるから、話をつけておこう。教えてくれてありがとう」

 いえいえ、となったところで、サジマッが言った。

「それではかしこ様、賢いヒロイン検討委員会として刃様がそれに相当するか、回答をお願いします」

 そりゃ、今しかないのはわかるよ。それでもタイミングおかしくねえか? と言いたくなるほど、会話の切れ目に強引に捩じ込んできた。

 こうなれば、回答しない訳にはいかない。そもそも、この回答を求めて来ているのだし、これを延ばすのはよろしくない。

 今言わなければ。

 少しの逡巡の後、私はあたおかなポーズをとり、言った。

「検討の結果、刃さんは賢いヒロインにはあたらないと判断いたします!」

「何故?」

「理由は」

 一呼吸おく。そして言った。

「あまりに時間にルーズ過ぎます! 特に他人の時間を奪うようなルーズさは、賢いとは程遠いと判断いたしました!」

「むう、それはそうか」

「納得いただけたので、これにて閉会!」


「うーん」

 家へと帰宅する道中、私は黒塗り高級車の中で微かに唸っていた。

 それに、サジマッが反応する。

「どうしました?」

「いやあ、なんかイマイチスッキリとせんのや」

「賢いヒロイン認定にですか? それはしっかり出来ていたように思いますが」

「そこやけど、そこやないんよ」

「と言いますと?」

「結局、3人とも賢いヒロインやないことになった訳やない?」

「ですね。ああ、誰か認定しててもよかったかも、とお思いですか」

 私は頷く。

「そや。誰か一人くらい、賢いヒロイン認定しててもよかったんやないか、とな」

「どの方も、相応に賢いヒロインに近くはありましたが、それでも完全無欠ではありませんでした」

「でも、その辺は匙加減でもあるやないの。十分賢いヒロインではあったんやないか、とな」

 サジマッが沈黙する。そこに、ハヤイが口を挟んできた。

「今更なんだ、罪の意識じゃあるまいに」

 そしてゲハハッと笑う。

「罪の意識ではないんよ。何てえか、物足りないゆうか」

「となると、別口だな」

 罪の意識とは別口の、何とも言えない物足りなさ。なんだこれは。

 うーん、とまた唸っていると、サジマッが覚醒のラッパを吹く。うるさい。

「るせーっ!!」

 私が怒鳴り散らかし睨み散らかすが、サジマッは意に返さず、言う。

「認定してないからでは?」

「認定はしてないが?」

「ではなく、賢いヒロイン認定がやりたいのでは?」

「あー」

 認定をしなかった、それ自体が物足りなかったということか。なかなか盲点だし、認定したいという欲があったことにも驚く。いつの間にか、しっかりと賢いヒロイン検討委員会委員長になっていたのだろうか。

 しかし。

「やっぱり難しいもんやね、賢いっていうんは」

「そうですね」

 思い返す。

「襟長さんのは危険やったなあ。ああいうのはしたらあかんね」

「そもそもなんであの機械腕は暴走したんでしょうかね」

「……」

 少し心当たりが、ハヤイぶん殴りたいというのがあの時あったが、それは黙して語らず。それに気づかれる前に話を逸らす。

「刃さんは、時間にルーズだったか」

「思い出すだにイライラしますね」

 本当に怒りがあるようなので、から笑いして話を逸らす。

「で、新山さんは、自身の能力やなかった」

「あと袖の下」

 また怒りがあるようなので、やはりから笑いして話を逸らす。

 ハヤイがまとめる。

「総じると、命の危険を看過せず、時間に厳しく、自身の能力でやっている。あとは金で操ろうとしない、か」

「それが賢いの条件ですか」

「一部分やろけどな。でもそんなに外れちゃいないやろ」

 ケケケとハヤイ。

「そんなの当たり前みたいな気がするがねえ」

「当たり前が一番大変なんやないか?」

「そんなのサジマッでも当てはまるだろ」

「あたしですか、先輩?」

「ああ、幽霊の出たとこで委員長の命の危機を救ったりしてたし」

「私にはそこの記憶はいまいちやけど、まあそうやね」

「逃げただけですが」

 それと、とハヤイが続ける。

「時間には厳しいし」

「ちょくちょく刃さんにキレとったもんな」

「キレてないです。イラつきはしましたが」

 それがキレてる。というと角が立ちそうなので、知らぬふり。

 ハヤイが更に続ける。

「能力としては抜群のスケジューリング」

「カツカツだとも言えるんやけど」

「詰め込み過ぎというほどではありませんよ」

 そこは討議が要るねー。だがやはり口には出さない。キレてるサジマッは怖い。

「金と職業意識のバランスもいい」

「賄賂は受けないのは偉いね」

「偉いですね」

 と言うことは。

「サジマッが、賢いヒロインやった?」

「認定してみれはいいんじゃねえの?」

 それもそうか。と、私は宣言する。

「検討の結果、サジマッ様は賢いヒロインだと認定いたします!」

「いや、しなくていいです」

「サジマッ、サジマッ様に認定書を」

「もらわなくていいです!」

 場が和やかになる。この一体感から去るのは少し寂しい。

 だが、いいことがある。大学一発合格!

 色々な目に遭ったが、それは全てこの為に。

 と、一人浸っていると、サジマッが言った。

「さて、次の予定ですが」

「……待て。なんや、次の予定って」

「次の予定は次にある予定です。流石に分かりますよね?」

「そうやない。何で次があるんや。3人で終わりちゃうんか」

「3人で終わりと言いましたか?」

 記憶を弄る。

「……、ゆうとらんな」

「そういうことです。大体、大学には入れるのは確定していますが、入学の時期まではまだ時間がありますね?」

「……、あるな」

「かしこ様には、賢いヒロイン検討委員会に適正がありますし、判断も優れています。是非、大学入学まででいいので、今後もお付き合い願えないでしょうか」

 私は、悩む。確かに大学一発合格が決まっているなら、暇ではある。そういう意味では、今後どうしよう、というところに、このお誘いだ。

 うーん、と考える私に、ハヤイが言った。

「なんだ? 悩んでるのか?」

「そうや」

「悩むんなら、賢いヒロイン検討委員会も、悪くないって思ってるってこったな」

 成程、そういう取り方もあるか。最初は嫌々ではあったけど、今はやってもいいかもしれない、と悩んでいるのだから、悪くはないと思っているのか。

「かしこ様、どちらですか?」

 サジマッが聞いてくる。特に懇願という感じではない。こちらに判断を任せてくれている。

 そのサジマッとやっていくのも、悪くないかと思ってしまった。なにせ賢いヒロインだし。

 だから私は言った。

「じゃあ、賢いヒロイン検討委員会委員長かしことして、しばらくやってこか」

 こうして、第十代賢いヒロイン検討委員会委員長に、私は正式に就くになったのだった。

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賢いヒロイン検討委員会委員長かしこ @hanhans

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