夢が叶う瞬間

三鹿ショート

夢が叶う瞬間

 私は、己が社会から排除されるべき人間だと理解している。

 その証拠に、また一人の女性の生命を奪ってしまった。

 だが、こうしなければ、私は生きていくことができないのだ。

 人間が呼吸を止めようとすると苦しくなってしまうように、私は女性の生命を奪わなければ、精神状態が安定しないのである。

 ゆえに、仕事から帰宅する途中の女性を背後から襲い、腹部に隧道を作成すると、仲良く並んで写真を撮影した。

 満足した私が転がっている女性の処理の方法を考えていると、不意に、足音が聞こえた。

 勢いよく振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 おそらく、私の犯罪行為を目撃していたのだろう。

 そのような人間を放置すれば、私は然るべき機関に逮捕されることになる。

 しかし、捕らえられることに対する恐怖心は、全く無かった。

 一人でも多くの女性を殺めるために、邪魔が入らないようにする必要がある。

 だからこそ、目撃者を生み出さないことが必要なのだが、私の悪事が露見するような事態に陥れば、素直に受け入れようと考えていた。

 何故なら、私は悪人であり、存在していては何の利益にもならないからだ。

 私は全てを諦め、凶器を地面に投げると、その場に座り込んだ。

「早く通報するがいい。逃げも隠れもしない」

 だが、私の予想に反して、彼女は落ちていた凶器を拾うと、私に手渡した。

 その行動に首を傾げていると、彼女は真っ直ぐに私を見つめながら、

「私の生命を、奪ってくれませんか」

 そう語る彼女の顔面には、多くの痣や傷が存在していた。

 また、腕や脚にも切り傷や火傷のような痕が存在し、彼女の表情や双眸には明るさというものがまるで無かった。

 この世界から逃げ出したいが、自らの手で人生に終止符を打つことが出来ないために、私に頼んできたのだろう。

 彼女の身に降りかかった数々の出来事を想像すると、同情してしまう。

 それが理由というわけではないが、私は彼女の頼みを断った。

 彼女は不満げな様子を見せないが、

「何故ですか」

 その言葉に、私は正直に答えた。

「私が欲しいものは、己が幸福だと思っている人間が放つ、恐怖や絶望の叫びである。おそらくきみは激痛に苦しむだろうが、私が望むものを持っているとは思えない。ゆえに、私はきみに手を出さないのだ」

「では、私の望みは、永遠に叶わないということでしょうか」

 私の隣に座り込んだ彼女に、私は告げる。

「きみが望むのならば、何時かそれを叶えようではないか。安心するといい、私は約束を反故にするような人間ではない」

 彼女は生返事をすると、その場から去って行った。

 望みを叶えられなかった彼女が通報するかと思ったが、数日が過ぎても私のところに訪問者が無いことから、彼女は何もしなかったのだろう。


***


 それから私は、街中で彼女を見かけた。

 声をかけることはせず、何が彼女を傷つけているのかを知るために、後を追った。

 彼女の帰宅先は、今にも倒壊しそうな共同住宅だった。

 彼女が帰宅すると同時に、室内から怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

 すぐに部屋から出てきた彼女の後頭部に、何かが投げつけられた。

 彼女が共同住宅から去って行った後に確認すると、それは酒の空き缶だった。

 急いで彼女の後を追うと、彼女は大量の酒を購入し、それを手に自宅に戻った。

 しかし、それで彼女の一日が終了したわけではなく、やがて煽情的な衣服に着替えると、繁華街の方へと向かった。

 誰かと待ち合わせをしているかのように道端に立っていると、一人の男性が彼女に話しかけた。

 その男性は父親ほどの年齢であり、二人は腕を組むと、宿泊施設に入っていった。

 たった数時間の観察だが、彼女が荒んだ日々を送っていることはよく分かった。


***


 彼女が留守の間、彼女の自宅に入ると、内部はまるで塵の屋敷だった。

 空き缶が散らばり、異臭が漂い、虫が壁を這っている。

 その中で、赤ら顔の男性が酒を飲んでいた。

 おそらく、彼女の父親なのだろう。

 突然の訪問者である私に対して男性が怒鳴り声をあげるが、私は相手を殴り倒すと、その首を踏みつけた。

 苦しげな様子の彼に対して、私は低い声を出した。

「生活を立て直し、娘を大事に扱わなければ、二度と酒を飲むことができないようにしてやろう。これが冗談だと思うのならば、同じ生活を続けるがいい。すぐにこの世界に別れを告げることになるだろう」

 目を見開く彼の顔面に、残っていた酒を浴びせると、私は部屋を後にした。


***


 私の言葉が効いたのか、彼女の父親は態度を改めたらしい。

 作業着で朝早くから家を出ると、日暮れに帰宅するようになった。

 そのうち、段々と彼女の表情も明るくなり、学校の友人と思しき人間たちと帰宅するようになっていった。

 これで良かったと、私は頷いた。

 彼女が幸福にならなければ、その願いを叶えることはできないのだ。


***


 数年後、私が夜道で押し倒したのは、彼女だった。

 彼女は私のことを憶えていたのだろう、口元を震わせながら、

「何故、今になってこのようなことを」

 彼女の疑問に対して、私は正直に答える。

「きみは今、幸福ではないか」

 彼女は会社の上司や同僚からも評判が良いほどの辣腕で、最近では学生時代の友人との結婚が決まったようだ。

 まさに、順調な人生を送っている。

 そのような人間の断末魔を聞くことが私の生き甲斐であるということを、彼女は忘れてしまったのだろうか。

 涙を流しながら懇願したため、私はその眼球を抉った。

 私を説得しようとしたため、全ての歯を抜いた。

 未だに抵抗を続けようとしたため、腕を切り落とした。

 それでももがいたため、腹部に穴を開けると、臓器を引っ張り出した。

 ようやく大人しくなったところで、私は彼女との写真を撮影した。

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夢が叶う瞬間 三鹿ショート @mijikashort

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