第1話 狂魔法科学者令嬢の婚約破棄劇(前編)

「あなたには王族の婚約者だという自覚がないのか!? 研究にかまけて婚約者おれを蔑ろにするなど、言語道断だぞ!」

「……うぐっ」


 銀髪碧眼の美丈夫――婚約者であるレシエル王国第二王子、ソレイユ・レシエル殿下から王城内の彼の私室に呼び出されてそんなふうに糾弾された時、私こと公爵令嬢ピナ・シュテルンはとっさに否定することが出来なかった。

 だって私には、その言葉に十分すぎるほどに心当たりがあったのだから。

 私は「王立魔法研究院」に在籍している魔法科学者であり、魔法研究に没頭しすぎてその他のことを疎かにするきらいがあることは十分に自覚していた。

 ……とはいえ、よりは自制しているつもりだから、あれほどの狂魔法科学者っぷりを見せつけてしまっていたわけではないと思うのだけれどね。


 そう、実は私には前世の記憶というものがある。

 前世の私もまた魔法科学者で、しかも未知の魔法――「魔獣封印魔法」を自分自身を実験台にして実践した結果、若くして死を迎えることになったのだった。

 その死に様は自分自身で選んだものであったから別に後悔しているということはないし、魔法の実験をして死ねるなんて魔法科学者の死に方としてはこれ以上のものはないと思っているくらいである。

 ただ強いて考えるとするならば、死んでしまったがゆえに実験の結果をさらに検証して一つの研究成果としてまとめるというところまで出来なかったのは心残りだったと言えるだろう。

 そんな未練のせいなのか何なのかは不明なのだが、私は前世の記憶を持ったまま再びこの世に生まれ落ちてしまった。

 ……だったら、前世の経験をきちんとレポートにまとめて発表してやろうじゃないの!

 そんな気持ちがあったことに加えて前世から変わらぬ魔法研究への飽くなき情熱も持ちあわせていたものだから、私は再び魔法科学者としての人生を歩み始めたのだった。

 しかし、その結果がこれである。


 ――研究にかまけて婚約者をないがしろにした、どうしようもない貴族令嬢。


 ……うん。確かに、これは私に非があるわ。

 まあ「婚約者おれを蔑ろにするなんて」という言い方に関しては、若干かまってちゃんっぽくてどうなのかなあと思わないでもないのだけれどね……。

 でも、ここは率直に謝るべき場面であるに違いない。

 そう思って素直に頭を下げようとした私だったのだけれど、続いて彼の口から発せられた言葉に、はたと動きを止めることになったのだった。


「しかも、あなたはデータ改ざんの研究不正をしているというじゃあないか! 研究にかまけておきながら研究を冒涜するような振る舞いをするなんて、あなたには魔法科学者としてのプライドというものすらないのだろうか!?」

「……はあ?」


 思わず令嬢らしからぬドスの利いた声が出てしまったけれど、どうか許してほしい。

 彼の発言は、それだけ私にとって許容しがたいものであったのだ。

 前世からずっと、私は魔法科学者としてのプライドを持って生きてきた。

 だから研究に対して手を抜くようなことは決してしなかったし、当然不正行為を働いたことだって一度としてありはしなかった。

 それは天地神明にだって誓えるというのに……何よ、この言い様は?

 ちゃんと事実を調べもせず、私が釈明する余地も与えず、悪人だと決めつけるだなんて……あまりにも許しがたい暴挙だわ!


「己のさかしさがあれば、何をしても許されるとでも思ったのか?」

「……」

「このような女が俺――王子の婚約者だなんて、我が国にとって百害あって一利なしだな」

「…………」

「ゆえに、俺はあなたと婚約破棄することをここに宣言する!」

「ああ、そうですか、そうですかっ! こんなろくでもない男なんか、こっちからお断りしてやるわ!!」


 きっ、と目の前の男を睨みつけた私は、ほとんど反射的にそう叫び返していた。

 私を突き動かしていたのは、自分の誇りを穢されたことに対する圧倒的な怒りの感情だ。

 相手が王子だとか自分の体面だとか、そんなものはすっぽりと頭から抜け落ちていた。

 ……でも、何一つ後悔はないわ。

 たとえここで不敬だと手打ちにされようとも構わない。

 研究者としての自分の誇りに殉じられるのならば本望というものよ!

 多少感情的になっている自覚はあるにせよ、私は本心からそう思って発言する。

 だが、ソレイユ殿下は特に激昂するようなことはなかった。

 ただ淡々と「なるほど」とだけ呟き、皮肉げに嗤う。


「どうやら、どこまでも相容れなかった俺たちの心は最後の最後にようやく一致をみたらしい。互いに納得しての婚約破棄という形で、な」

「……そのようですね。それで、私のことをどうなさるおつもりですか? 不敬だと手打ちにでもなさいますか?」

「いや。あなたと顔をあわさなければ、それで良い。ゆえに、あなたには国外追放処分を命じる。シュテルン公爵には俺から話をしておくが、決して反対するようなことはしないだろう」

「そうでしょうね」


 ……だって私の父親あのひとは、私に対する愛情なんか欠片も持ち合わせていないのだから。

 私が国外追放処分を受けたとなれば、止めるどころかむしろ清々したと率先して私を追い出しにかかるに違いない。

 その光景が目に浮かぶようだわと、私は思わずふっと笑みを零してしまったのだった。


「それでは、処分も決まりましたのでもう御用はございませんよね? 私はこれにて御前を失礼させていただきます」


 もう二度と会うことはないであろう人だけれど――いや、これが今生の別れになるのだからこそ、私は礼儀を尽くしてこれまでで最も美しく見えるように礼の姿勢を取る。

 私は決してあなたに捨てられた女などではなくむしろこちらからあなたを捨ててやったのだと、私は彼に未練など欠片も残していないのだと、全身からそう訴えかけるように。

 そうして顔を上げ、一切振り返ることもなく堂々と胸を張って退室したものだから私が気付くことはなかった。

 ――去りゆく私の背を、ソレイユ殿下が目を眇めてじっと見つめていたことなんて。

 桃色の髪を颯爽とたなびかせ、菫色の瞳をただ前だけに向けて歩いていた私には、彼が物言いたげにぐっと唇を噛んだことだって当然知る由もなかったのだった。


***


「さて、これからどうしようかしら……?」


 ソレイユ殿下の私室を出た私は廊下を歩きながら、早速ではあるがこれからの自分の身の振り方を考え始めた。

 まず真っ先に排除した選択肢は、実家である公爵家を頼るというものである。

 先程も言った通り私は家族との折り合いが悪く、絶対に私を助けてくれることはないと断言することが出来る。

 となればとりあえず早急に一人で国外に脱出し、行った先の国で何らかの職を得て生活をしていくのが常道というものであろう。


「とはいえ、そこで研究者としての職を得ることは厳しいわよね。一時の留学のような形ならまだしも、圧倒的な実績を残しているわけでもない外国人研究者が常勤で職を得るなんてことは、この国でだって難しいことなのだから……」


 現実的に考えれば一番働き口がありそうなのは、良家の子女の家庭教師あたりが妥当なのではないかなと思う。

 私はこれでも公爵令嬢にして王子の婚約者という立場だったから相応の行儀作法は一応身につけているし、勉学に関しては言わずもがな。

 だから、自分ならば家庭教師をやりきれるだろうという自信は持っていた。

 しかし――。


「でもそうしたら研究に費やせる時間はしばらく確保できそうにはないわよね。まあ、研究資金だってろくに得られない状況に陥るのだから、時間だけあったってどうしようもないといえばそうなのかもしれないけれど……」


 今も昔も私を突き動かすのは、魔法研究への情熱だ。

 研究が出来ないというのは、私にとっては手足をもがれるに等しい大事であった。

 とはいえ、手足がもがれようが何だろうが、とにかくまずはきちんと生計を立てて生きていかなければ話にならない。

 だから断腸の思いで「研究はいったんお休みしなくては」と決意しようとしたところで――。


「わわっ!?」


 ――何かにぶつかった私は、そのまま後ろに転倒しそうになってしまう。

 だがすんでのところでぐっと力強い腕に抱きとめられたものだから、なんとか無事に体勢を立て直すことが出来たのだった。


「し、失礼しました! 前をよく見ていなくて……」


 見上げた先にいたのは銀縁眼鏡をかけた栗色の髪の青年――私の知人、レイノルド・ルテルマンだ。

 私と同じく王立魔法研究院に在籍する魔法科学者で、他国の研究所から留学してきている研究者の一人である。

 研究分野が違ったために直属の先輩というわけではなかったのだが、分野違いだからこそ新たな知見が得られることもあるので、会えば会話くらいは交わしていた。

 そんなふうに少なくとも顔見知り程度の関係性は築けていたためだろうか。

 彼は私の顔を見るなり心配そうな表情を浮かべ、「……顔色が悪いですが、何かありましたか?」と尋ねてくる。


「無理に聞き出すつもりはありませんが、もし僕でもよろしければ相談に乗りますよ?」

「……ありがとうございます、先輩。あの、実は……」


 強気で構えていたつもりだったけれど、自分の研究者としての在り方を否定された挙げ句に婚約破棄やら国外追放やらをいきなり突きつけられて、かなり心が悲鳴をあげていたらしい。

 彼が醸し出す穏やかな雰囲気に絆されて、私は言える範囲で自分の事情を説明することにしたのだった。

 つまり、自分がこの国にいられなくなってしまったということと、しばらくは研究活動から離れることになってしまいそうだということを、掻い摘んで。


「なるほど……」


 ぽつりと呟いた彼は、何かを考えるように一瞬瞑目する。

 そして――。


「もしよろしければ、僕と一緒にいらっしゃいませんか? 実は僕、この度母国に帰国することになりまして。実家で一つ研究所を運営しているのですけれど、お望みであればそこで研究員として雇いますよ。あなたほどの優秀な研究者が埋もれてしまうというのは、あまりにも惜しいことですからね」


 開いた瞳を優しげに細めて栗色の髪を右手でくしゃりと掻き上げたレイノルドは、少しはにかみながらそんな提案をしてくれたのだった。


「ほ、本当ですか!?」


 あまりにも自分に都合の良い話だったため、私は半信半疑でそう問い返す。

 国外で正規の研究者職を得て働けるだなんて、もし実現するならこれ以上の展開はない。


「嘘なんか吐きませんよ。まあ、採用にあたって一応試験くらいはしますけれどね。あなたほどの実力があれば、何一つ問題はないでしょう。研究者にはちゃんと研究資金が割り当てられますし、今後の展開が期待される研究には追加資金だって支給されます。つまり、思う存分研究に打ち込める環境が保証されているというわけです」

「……っ! 私でよろしいのならば、ぜひ行かせてください!!」


 前のめりにこくこくと頷いた私は、彼の右手を自分の両手でぎゅっと握りしめる。


「では、交渉成立ですね。出発は明日の予定なのですが大丈夫ですか?」

「もちろんです! すぐに実家で荷造りをしてきますので問題ありません!」


 私は王族――この国の最高権力者から国外追放を言い渡された身なのだから、早く国を出ていくに越したことはないだろう。

 私物だってさほどありはしないのだから、荷造りは一晩もあれば十分だ。


「では、また明日」

「はい! よろしくお願いします!」


 ひらりと手を振って去って行く彼の背を、私は深く一礼して見送る。

 そして彼の姿が廊下の先に消えてから、私は実家である公爵家へと帰宅したのだった。


***


「これでもこの家で生まれ育った正真正銘の公爵令嬢なのだけれどね。必要な私物なんて結局これっぽっちなのだから、なんだか笑ってしまうわ」


 公爵邸に戻った私は早速荷造りに取り掛かったわけだけれど……荷物をまとめたところ、手持ちの鞄一つの中に苦もなく収まってしまった。

 その光景に、私は思わず自嘲の笑みを漏らしてしまう。

 とはいえ、これで明日までにやるべきことは全てやり終えたわけだ。

 安堵した私は、そのまま自分のベッドの上にばふりと横たわった。


「ふふっ。これが、この家で過ごす最後の夜なのよね。長かったような、短かったような……」


 そんな詮無い感傷が湧き上がってきたせいであろうか。

 特に思い出したいわけでもないこの家での日々が、瞳を閉じた私の瞼の裏に走馬灯のように駆け巡ってくるだなんて――。


 私ことシュテルン公爵令嬢のピナは、シュテルン公爵と政略結婚で結ばれた前妻の間に生まれた娘だ。

 実母は出産をきっかけに体調を崩してしまい、私が六歳の頃に命を落とすに至った。

 それからまもなくして公爵家に嫁いできた女性こそが、継母である今の公爵夫人である。

 だが彼女は、一人で我が家にやってきたわけではなかった。

 その隣には、私とほとんど年の変わらない娘が立っていた。

 ……後から知った話だが、継母となった女性は長い間父の愛人であった人であるらしい。

 父は母が私を妊娠している時から密かに彼女のもとへ通っており、その結果私の誕生からほんの数ヶ月後に娘が生まれたのだそうだ。

 つまり、私と彼女――エルダは、正しく父を同じくする姉妹だった。

 ……正直に言えば、母を裏切った父や継母、そして異母妹・エルダに何も思わなかったわけではない。

 しかし、全てはもう取り返しのつかないことだし、揺るぎない現実として彼らは私の新しい家族になったのだ。

 ここは割り切った付き合いをしようと心に決め、私は彼らににこりと微笑みかけてみせた。


 だが、事はそう上手くは運ばなかった。

 継母と異母妹が私の存在をひどく嫌がり、徹底的に無視をしてきたのである。

 父はそんな二人を咎めることもせず、むしろ積極的に同調するような始末。

 屋敷の主がこの調子では、使用人たちが自然と私のことを軽んじるようになってしまうのも必然の流れであった。

 もちろん私のことを心配してくれる使用人もいなかったわけではない。

 私に寄り添って話しかけてくれたり、こっそりとお菓子を差し入れてくれたり、様々に気を配ってくれる人たちもいた。

 だがそういう人々は、見つかり次第すぐに継母の手で容赦なく解雇されていってしまう。

 結果として、私はたちまちのうちに公爵家の中で完全なる孤立状態に陥ってしまったのだった。


 やがて、私の部屋は公爵家の家族の私室が並ぶ屋敷の二階の一室から屋根裏部屋へと移された。

 三人は私の存在などすっかり忘れ去り、彼らだけで完璧な家族の形を形成している。

 そんな光景を見ても全く辛くなかった……と言えば、それはそれで嘘になってしまうのだけれど。

 とはいえ、疎外感で私が憔悴しきってしまうということもまたありはしなかった。

 だって、私には心の支えとなるものがあったのだから……。

 それが魔法研究であり、研究を通して出会った人々の存在であったのだ。


「そして、その中で出会った人のうちの一人が……他でもない、ソレイユ殿下なのよね」


 意外なことに、彼との出会いは貴族令嬢としてのものではなかった。

 彼が王立魔法研究院の視察に訪れた際にたまたま案内役を務めたのが、私たちの初めての出会いとなったのだ。

 彼は多くの研究者たちに熱心に研究についての質問を繰り返していたのだけれど、それは同行した私に対しても同様であった。

 彼があまりにも的確に質問を重ねてくれるものだから、私もまるで同僚研究者に接するかのようにかなり専門的な内容まで早口で長々と話してしまって……。

 話の切れ目でふと正気に戻り、やってしまったと顔色を青ざめさせた私は、もっと初心者向けの平易な内容で簡潔に喋るべきだったわと背中に嫌な汗をかきながら自省する。

 だが当の殿下はといえば、話の間ただの一度も嫌な顔を浮かべなかったばかりか、驚くべきことに私の行った説明を完璧に理解してくれていたのだった。

 むしろ興味深く聞いてくださっていたようで、その後も度々私の話を聞きたいと所望されるようになったくらいである。


「だからといって、それが婚約にまで結びつくとは想定外も良いところよね……」


 ……いやまあ、正確に言えば、別にこの対面で気に入られたことが婚約に至った主たる要因というわけではないのだと思うのだけれどね?

 私は客観的に見れば公爵令嬢という貴族令嬢としては最高位の位置におり、未婚で婚約者もおらず、殿下との年齢の釣り合いの観点でも何一つ問題はない。

 その意味では異母妹も条件を満たしてはいるわけだけれど……あとはもう、年齢順だろうか。

 よほどの問題でもない限りは、長女と次女ならば長女から選ぶというのが一番順当だと思われたのではないかなと思う。

 もし直接の対面が婚約に何かしらの影響を与えているとしたら、それは私の人柄や立ち居振る舞いに大きな問題はないという確認程度のことにすぎないはずだ。


 とにかく、我が家に王家からの婚約の申し出が届いたとき……それはもう、屋敷中が上を下への大騒ぎになったことは記憶に新しい。

 なぜ自分ではなく異母姉が王子の婚約者なのだと、幼子のように癇癪を起こしてわめき続けたエルダ。

 エルダに同調し、自分の娘こそが婚約者の座に相応しいと夫に泣きついた継母。

 そして愛する妻子の願いを叶えてやりたいと、自分の権力の及ぶ限り裏工作を図った父親。

 ……だが結局のところ、公爵家ごときが恐れ多くも王家の意向に真っ向から逆らえるわけなどなくて。

 当初の王家からの申し込み通り、私がソレイユ殿下の婚約者として選定されるということで最終的には一応の落ち着きをみたわけである。


「でもまあ、そんな婚約生活も今日でおしまいなんだけれどね……」


 今回の婚約破棄騒動について、何が悪かったのかと改めて冷静になって考えてみると……はっきり言って、よく分からなくなってくるなというのが正直なところだ。

 もちろん、殿下自身が言っていたように「研究にかまけて婚約者をないがしろにした」という部分は全くもっておっしゃる通りだと思う。

 だから、それこそが私を見限るに至った大きな理由ではあるのだろう。

 しかし、それだけだったならばどうしてもっと早くに私を切り捨てなかったのだろうか。

 私という人間の性格はずっと変わっていないし、研究所に視察に来た殿下ならば私が研究に命を捧げた人間であるということくらいは婚約前からご存知だったはずである。

 婚約者となる女性に「もっと自分に構ってほしい」と望むのなら、そもそもその座に据える人間を私以外の「普通」の女性にしておけば良かったのだ。

 たとえ婚約で性格が変わることを期待していたのだとしても、変わらない私を見たならばもっと早くに見限って婚約破棄を宣告してくれば良かったのだ。

 いずれにせよ、取れる手立ては他にもあったはずだと思うのだけれど……。


 ――どうして、今だったのだろう?


 ――どうして、こんな理由でだったのだろう?


「……あーもう、全然分からないわ。というか、私の研究だってあんなにも興味深そうに見ていたじゃあないの! だから研究にも理解がある人だと思っていたのに……一体何なのよ。どうして今更、こんな展開に陥らなくてはいけなかったというの!?」


 虚無感に襲われてはあとため息を吐いたところで、ばんと乱暴に私の部屋のドアが開けられた。

 見れば、そこに立っているのは醜悪な笑みを浮かべた私の異母妹・エルダだ。

 彼女はふんと尊大に鼻を鳴らすと、私をまるで下劣なものを見るような視線で睨めつけて嘲笑してくる。


「あんた、殿下から婚約破棄された上に国外追放処分になったんですって? お父様から聞いたわ。あははっ、ざまあないわね! というか、もとからあんたなんかには王子殿下の婚約者だなんて分不相応だったのよ! 屋敷で顔を合わせるのも嫌でたまらなかったし……万事、これで清々したわ!」

「……そうね。私もこの家に、未練なんか欠片もないわよ」

「この家の全ては、私がもらうわ。そして当然、ソレイユ殿下も私のものよ」

「……そうね。身分や年齢を考えてみても、あなたが一番次の婚約者に近い位置にいるでしょうね。とはいえ、殿下は物ではなくて感情のある人間なのだから、そういう言い方はあまり良くないと思うわ。政略から始めても個人的な恋愛から始めても構わないと思うけれど、いずれにしてもちゃんと殿下と向き合って関係を築いていきなさいよね」

「少なくとも、研究にかまけて婚約破棄をされたあんただけには言われたくない言葉だわ。そして、あんたのそういう偉ぶったところがあたしは大嫌いで大嫌いで仕方がないのよ!」

「……そうね。確かに、私に言えたことではなかったわね」


 次にソレイユ殿下の隣に立つ女性として最有力なのは理屈で考えるならば異母妹になるのだろうなと冷静に判断しつつ、並び立つ二人の姿を想像すると何となくもやもやとした気分がして少し嫌な言い方をしてしまったなと自省する。

 もうこれ以上何も言うまいと口を閉じた私は、なおも睨めつけてくる異母妹と数瞬の間じっと見つめあっていた。

 だが、先にふいと視線を外してぽつりと呟く。


「……私は明日の早朝に出発するから、見送りは不要よ」

「言われるまでもないわ。誰があんたなんかの見送りをするというの」

「じゃあ、これが今生の別れになるということね」

「もちろんよ。永遠にさようなら、お姉さま・・・・


 ……最後の最後にものすごくいやみったらしく、これまで一度も呼んだことのない呼称で私を呼んで立ち去っていくなんて。

 そんなエルダがなんだかあまりにも彼女らしく思われて、私はふっと微笑んでしまう。

 父親と継母は私の前に顔を出すことさえしなかったけれど、想定内なので別に構うことではない。

 さっさと就寝して早朝に起床した私は、一応の礼儀として「今までありがとうございました」という書き置きを枕元に残すと、そのまま一人でレイノルドが滞在する宿舎へと向かっていたのだった。

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