狂魔法科学者令嬢は婚約破棄されて初めてあなたの底なしの愛を知りました

桜香えるる

プロローグ

 前世、私は「魔法科学者マジカルサイエンティスト」の端くれだった。

 新しい魔法を研究し、そして自分自身の手で実践することを至上の喜びとしていた。

 魔法のこととなると目の色を変え、倫理観すら忘れかけることもあったものだから、私を「狂魔法科学者マッドマジカルサイエンティスト」と呼ぶ者もいたくらいだ。

 だから、当時の私にとってこれほどまでに興味深い魔法をこの手で実験できることは本望でしかなかったのだ。

 ――たとえその結果、自分自身が命を落とすことになるとしても。


「待て! やめろ! やめるんだ!!」


 誰かが絶叫している声がぼんやりと聞こえてくるが、私の体が動きを止めることはない。

 ひらり、ひらり。全身に魔力をたぎらせ、教えてもらった通りの足捌きで踊りを踊っていく。


「本当にこれだけで出来るのかしらね? ……誰の手にも負えなかった、あの凶暴な魔獣を『封じる』などということが」


 どどっという足音を立てて向こうから迫りくる魔獣の姿を、私はたっぷりの好奇心と僅かな疑念を抱きながら視界の端でちらりと捉える。

 視線を外し、そのままくるりと一回転。


「さあ、いよいよフィナーレだわ。体中に魔力をたぎらせて、規定の踊りを踊りきる。そして、それが終わったら……魔獣にこの身をくれてやれば良いのよね?」


 だん、と大きな足音を立てて舞い終えた私は、そのままその場に直立不動で仁王立ちしていた。

 獲物を狙い定めた魔獣は、私に向けてスピードを上げて駆けてくる。

 そして――がぶり。

 魔獣は私の体に、一切の躊躇をすることなく噛みついてきたのだった。

 刹那、脇腹に感じたのは想像を絶するほどの鋭い痛みだ。

 だがすぐに、そんなものは一切気にならなくなってしまった。

 だって……足元の地面が突然光り始めたかと思ったら、どういうわけだか魔獣の姿が一瞬にして目の前から消えてしまったのだから!


「もしかして……成功した? 本当に魔獣をこの身に封じることに成功したというの!? うふっ、あははははっ!!」


 ……ああ、なんと素晴らしいことなのかしら!

 新しい魔法を見ることが出来た喜びに陶酔し、私は顔を綻ばせて哄笑する。

 だが、意識を保っていられたのはそこまでだった。

 ばたり、と私は膝からその場に崩れ落ちる。

 最後になんだかとても温かな感触に包まれたことと、ひどく凶暴な気持ちになったような気がしたことだけは、朧気な記憶の中に残っているのだけれど……。

 だがその記憶を最後に、私の意識は永久とこしえの闇に沈んだのだった。

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