池と少年少女

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 私は目撃した。家の庭で遊ぶ子ら。線の細い年長の少年が何事か進言する。言われた娘は後退り、前方へ猛進する。その先には、池と少年。当然、尻もちをつく。娘は、罵詈雑言とともにその場を去る。間もなく、少年は泣き声を上げることになる。

「子供とは、面白い生き物だなぁ」

 室内から、腕組みをして一部始終を眺めていた。

「そんな、しみじみと言われても」

 隣には、困り顔の友人が居た。濡れ鼠の少年の父である。友人は深く溜息を吐く。そして、風呂の用意を頼むためにその場を去った。首を横に振りながら歩く背中は、哀愁があってなかなか興味深かった。そうだ。このままでは風邪をひいてしまう。バスタオルを手に、私は庭に降りる。濡れそぼる少年にそれをかけてやる。

「先刻、里穂りほに何を言ったの」

 しゃくり上げる少年が、一瞬、私を見上げる。目をそらし、少年はその言葉を再度繰り返した。意外性、極まれり。私は腹を抱えて笑い転げていた。そのようすを怪訝そうに窺う、我が友人。

「とうとう壊れたか」

 私は目尻を擦る。少年を片手で指し示す。

「里穂に、『どうしてスカートはくの。おかしいよ』って言ったそうだよ」

 唖然とした友人は、てのひらで自らの額を強く打った。

「それは、お前が悪い」

「そうなの」

 少年は、不思議そうに呟く。

「だって、ものすごく変な感じがしたから」

 友人と私は息を呑んだ。里穂と里見さとみは、瓜二つだ。この子は、うっすらとでも年上の友人のことを覚えているのかもしれない。父親である私ですら、里穂が女の子であるという事実を奇異に感じてしまうことがある。それは、娘自身も思っていることなのだ。スカートなんてはきたくない。人形あそびもままごとも嫌がる。それでも、妻に里穂を里見と同一視させないがために、私は娘に「女の子であること」を強要してきた。私は、里穂の意思を無視してきたのだ。可哀想なことをした。庭に奇妙な静寂が流れる。やがて、風呂が沸く。

 少年と友人は、帰っていった。少年の疑問は、裁きそのものだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

池と少年少女 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説