庭に立っている人間

三鹿ショート

庭に立っている人間

 私の部屋からは、隣家の裏庭が見える。

 何時の頃からか、夜になると、その裏庭に髪の長い人間が立つようになった。

 自室の明かりが闇夜を照らすためか、彼女の真白な衣服が目立っている。

 だが、髪の毛に隠れているため、その表情を知ることはできなかった。

 しかし、身体の向きから、私の部屋を見つめているであろうことは想像することができた。

 見方によっては、彼女が超常的な存在である可能性もあるが、不思議と恐怖を抱かなかったため、私はしばらく彼女を見つめると、床に入るということが日課になっていた。

 朝になるとその姿が消えているため、もしかすると隣人が毎夜のように悪戯を行っているのだろうかと考えたが、隣の夫婦は揃って短髪だった。

 そもそも、毎夜のように裏庭に立つ理由が不明である。

 首を傾げたところで、私は一つの可能性に行き着いた。

 あの裏庭に、彼女が埋まっているのではないか。

 飛躍した思考だが、隣人の男性の顔立ちが整っていることから、妻と離婚して一緒になることを浮気相手に望まれ、それを拒否した上で、面倒な事態を避けるために彼女を埋めたのではないか。

 それが事実ならば、隣人は犯罪者である。

 悪事を働いた人間は、罰せられなければならない。

 だが、これは私の想像であり、真実ではない。

 しかし、一度抱いてしまった妄想から逃れることができなくなってしまったため、私は行動を起こすことにした。


***


 誰もが眠っているような深夜に、私は隣家の裏庭に忍び込んだ。

 裏庭で明かりを点けては目立つため、自室の窓掛を全開にし、光が外の世界に漏れるようにしておくことで、少しは作業をしやすいようにした。

 裏庭を歩き回ると、明らかに柔らかな部分が存在していた。

 おそらく、ここを掘ったのだろう。

 何かが埋まっているということは確実ではないため、私は持参した掬鋤を使い、穴を掘っていく。

 易々と作業が進んでいくが、出てくるものは何も無かった。

 浮気相手が埋まっているということはなく、単なる私の妄想だった。

 だが、疑問は残ったままだ。

 彼女は一体、何故この場所に出現していたのだろうか。


***


 手っ取り早い方法として、私は彼女の姿を撮影すると、それを隣人に見せることにした。

 心当たりがあるとすれば、その可能性が最も高い人間だからだ。

 しかし、夫婦は揃って何も知らない様子だった。

 事実を言っているのかどうかは、不明である。

 だが、彼女は隣家の裏庭に、その姿を見せ続けていた。


***


 最終手段として、私は彼女に接触することにした。

 彼女の姿を確認すると、すぐさま自宅を飛び出し、隣の裏庭へと向かう。

 果たして、彼女は裏庭に立ったままだった。

 私は彼女に向かって、

「あなたは、一体何者なのですか」

 その問いに対して、彼女は何の反応も示さない。

 しかし、最初から期待はしていない。

 もしも彼女が幽霊ならば、私の手が通り抜けるはずだ。

 彼女の実体の有無を確かめるために、私は手を伸ばした。

 その身体に、私は触れることができた。

 これで彼女が幽霊ではないことを証明することができたわけだが、この結果は、最も恐ろしいものだった。

 幽霊でも無い彼女が、何故毎夜のように隣家の裏庭に立っているのだろうか。

 私がそのような疑問を抱くと同時に、彼女は初めて、私にその素顔を見せた。

 それは、隣家の男性の顔だった。

 その可能性は、全く想像していなかった。

 髪が長かったため女性だと考えていたが、確かに髪の長い男性も存在しているだろう。

 だが、わざわざかつらを被り、裏庭に立つ理由が、全く分からなかった。

 目を見開いている私に、隣人は口元を緩めながら、

「ようやく、こうして接触することができましたね」

 穏やかな態度が、余計に恐怖心を抱かせる。

 私はその場に立ち尽くしたまま、

「一体、何が目的で、このようなことをしているのですか」

「あなたをおびき出すためです」

 そこで男性が自宅に向かって頷くと、男性の妻が姿を現した。

 その女性もまた穏やかな表情を浮かべているが、その手には大きな鉈が握られていた。

 加えて、雨が降っていないにも関わらず、雨外套を身につけている。

 奇妙な姿に困惑していると、男性が私の肩に手を置いた。

「我々は、他者が苦痛に喘ぐ姿を見なければ、興奮することができないのです。ゆえに、その生け贄が必要なのです。こうして、人気の無い深夜に、他者の土地に入り込んできた人間ならば、容易に捕らえることができるでしょう」

 その言葉を耳にすると、すぐさま逃げ出そうとしたが、男性の力は凄まじく、その手を振り払うことができなかった。

 恐怖に震える私に向かって、男性は頭を下げると、

「我々は、自分たちが異常な人間であることを理解していると同時に、あなたに申し訳ないと思っています。だからこそ、きみという人間を忘れないために、その首は大切に保管しておきましょう」

 鉈を持った女性もまた、申し訳なさそうな表情を浮かべながら近付いてくる。

 私は叫び声を上げようとしたが、男性が口の中に手を突っ込んできたため、言葉を発することが叶わなくなってしまった。

 私の部屋の明かりを反射する鉈を目にしながら、己の好奇心を呪った。

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庭に立っている人間 三鹿ショート @mijikashort

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