第33話 「新たな道」

「彼女は……二人は、可愛そうなんだよ。私も助けれたかもしれないけど……私にも守るべきものがある。あの人間たちの暴走は、私には止めれなかった。……ううん、違うね。怖くて止めれなかった。怖気ついちゃったんだ。再び人間を敵に回すと考えると怖くって……ね」


 バアルはそこまで話すと、静かに俯いた。


 俺は言葉が出なかった。ネメアの獅子にそんな過去があるとは思いもしなかった。バアルの言う通り、話を聞く限りでは、ネメアの獅子は完全に被害者だ。彼女を責める事はできない。


 だけど……。


「だけど……。俺はどうすればいい?ネメアの人食い獅子の過去は分かった。だけど、今の状況を放っておく訳にはいかないだろう?今、ネメアの人食い獅子の被害に遭っているのは何も関係のない一般人ばかりだ。その人らを助ける事はしても良いと思うんだが」


 バアルの眉がピクリと動く。


「何の関係もない……ね……」


 バアルがぽつりと呟く。しばらくの沈黙の後、バアルはやや重く口を開いた。


「本当に何も関係ないと思う?」


 少し低い声でバアルは俺に問うた。その声色に、俺は少したじろいだ。


「いろんな人間が彼女の元へ訪れて、唾を吐いて、暴力を浴びせて行ったわ。本当に、本当に、何人も、何人も、何人も……。確かに彼女は無差別に人間たちを殺して周っている。無関係な人間も何人も殺された。それは私も残念な事だと思ってる。けど、そうじゃない人間もいる。彼女に暴力をけしかけて、今もなおのうのうと生きている人間だっている。それに……」


 バアルが言葉を区切る。


「彼女のお兄さんを殺して、彼女をあんな姿にした張本人たちは、まだ生きてる」


 バアルの目に怒りの色が見える。バアルはこの事件に関して、本気で怒っているのだ。俺はそれを知らずに、能天気な事を言っていたと、恥じ入る思いになる。


「それに信じられる?その人間たちは結婚して、子供まで作っているんだよ?首謀者の六人のうち、二人は殺されたんだけど……。それでも子供を作って、幸せな家庭を作っているのがいると思うと……とても私は許せない」


 バアルは続ける。


「他の人間が戒めるならまだしも、ダーディアンや他の町の人間たちが彼女たちを殺めた時に、盛大に祝ってるのを私は見た。私はこれが人間の総意なのかと思ったよ。残念だけど……私は彼女を止める気にはならないし、彼女の気の済むまで手を出さないつもりでいる」


 バアルはそれまで話すと、再び黙り込んだ。


「……以上が私の意見かな。何か言いたい事はある?」

「ぅ……。いいや……」

「そ。じゃあ、話はこれで終わりね。残念だけど、鍵は渡せない。彼女を傷つけるかもしれないものを渡すのは、私はイヤだからね」


 そう言ってバアルが去ろうとした時、モエカが口を開いた。


「わたしは、違うと思う」

「……?」

「モエカ……?」


 不意にモエカが口を開いた。その目はどこか悲しい色を帯びながらも、何かを見据えているようだった。


「わたしもわかるよ。わたしも痴漢されたり、セクハラを受けることもあったもん。だけど、すべての男の人を嫌ってる訳じゃないし、アズマくんみたいに優しい人だっていっぱい知ってる。ヤケになって無関係なヒトを傷つけて周るよりは、一度立ち止まって、考えてみるべきだと思う……な……」


 モエカに続いてサクラも語る。


「……アタシも同意見だよ。アタシだってクソ親父やクソ女の浮気相手に散々体を触られたり、セクハラよりひどいことだってされてきた。だけど、アタシが嫌ってるのはそいつらだけだし、他のヒト達を嫌ってる訳じゃない。ネメアの人食い獅子は復讐をするには、ちょっと度を越してると思う。無関係のヒトを巻き込みすぎてるんじゃないかって思う……かも……?」

「………」


 バアルが目を閉じて黙り込む。どうやら、二人の言葉を聞いて少し考えているようだ。

 やがて、少しの沈黙の後、観念したか少し呆れたように口を開いて、俺たちに告げた。


「そう。わかったよ。貴方たちの意見はよくわかった。だけど、約束してくれる?」

「な、何をだ?」

「必ず彼女を助ける事。彼女を否定しない事。彼女を救済する事。これらを守れるというなら、鍵は渡しましょう」

「……アズマ」


 サクラが小突く。


「ああ……。分かった。最大限努力する」

「ん、よろしい。……けど、私からも助言しましょう。エメラルド・ソードを手にしたところで、彼女を傷つける事は難しいと思う。彼女の持つ特殊な毛皮もそうだし、何より……あの剣は力を失ってるんじゃないかな」

「………」


 バアルが言うには、遥か昔に封印された伝説の剣は、長い時を経て力を失っているかもしれないという事だ。可能性は否定しきれないが、俺たちがネメアの獅子に勝つには、これしか方法がないというのも確かだ。可能性があるにしろないにしろ、俺たちはこれにかけるしかない。


「ああ、分かった。いずれにせよ、俺たちにはこれしか道がないんだ。凡人の俺らには、伝説の剣の力を借りるしか方法がない。それと、ネメアの獅子……。慈愛の神であるバアル様は俺たちに道を示してくれた。なら、その行いに報いるように、俺たちもネメアの獅子を救ってみせよう」

「……その言葉、信じてるよ。……さあ、これが鍵だ。お行き、勇者たちよ」


 俺たちはバアルから伝説の剣に続く第三の鍵を受け取った。……これで鍵がすべてそろった。俺たちは、ネメアの獅子を討つべく……いや、彼女を救うべく、エメラルド・ソードを探し求めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る