第26話 「VSダラク」

 マントが翻り、翼の形を成す。威圧するように大きく広げられたそれは、歪に捻じれ曲がっており、さながら歪に育った木の幹のようにも思えた。


 ひどく禍々しい。ダラクの歪んだ思想を表しているようにも思える。


 小さな体から広げられる大きな翼。その翼の背後に佇む赤く大きな洋館。そして、その周りに並び立つ醜く歪んだ枯れた木々たち……。すべてが彼女のために用意された、壮大な舞台のようにも見えた。


「さあ……貴方も私のコレクションに入れてあげるわ……!」

「ッ……!!」


 ダラクの身体から赤い波動が放たれる。その瞬間、俺たちの周りに張り巡らされた小夜の糸がバツンと弾けた。


 弾けた糸に気を取られた一瞬の隙に、白い何かが俺に突進してきた。ダラクが攻撃を仕掛けてきたのだ。


「ぐっ……!?」


 キィンッ!!!


 剣と深紅の槍から激しく火花が飛び散る。ダラクは攻撃が防がれたと見るや否や、すぐさま次の一手を打った。


「ふっ……!」


 ゴウと槍が空を切り、俺の頭をかすめる。ダラクは本気で俺たちを殺しに来ていると、俺は直感した。


「でやあっ!!!」

「ふんッ……!」


 サクラがダガーで切りかかるが、ダラクは軽くそれをいなすと、槍の尻でサクラを突き飛ばした。


「ぐぁ……!」


 みぞおちに深く突き刺さったのであろう。サクラは低く呻きながら腹を抑えてうずくまってしまった。急所に入ったのか、口元からは血が垂れている。

 ダラクはその様子を一瞥すると、氷のような冷たい視線を俺に向け、自身の周りにいくつもの深紅の槍を浮かばせた。


「まずい……!」


 穂先がすべて俺の方に向いている。あの何本もの槍で俺を串刺しにするつもりだ。


「ふふっ……」


 ダラクが小さなナイフで自分の手のひらを傷つける。そして、その血を空中に塗すと、一斉に槍が俺に向かって放たれた。


 ドドドドドッ!!!!


 的確に急所に放たれた槍の弾丸は、辛うじて構えていた剣で弾道を逸らせた。

 ……急所に当たらなかっただけで俺の身体は傷だらけなのだが。


「私の魔法は血を武器に変える魔法……。私の血の一滴は、鋭い刃であり、鉛の弾丸でもあり、鉄壁の壁にもなる……。私の身体から血が流れている限り、貴方たちに勝ち目はないわ……」


 高く空へ上がったダラクが空中で腕を薙ぐ。瞬間、空中にきらめいた輝きが俺たちを襲った。


 バァン!!!


 血の弾丸が地面を抉る。たった一滴の血が、地面を抉り爆発させるほどの威力を持っているのだ。……これは確かに厄介だ。厳しい戦いになりそうだ。


 ……だが、戦わない訳にはいかない。ここでダラクを倒せなければ、ネメアに勝てるはずがないのだ。ネメアは絶対無敵の毛皮を持っている。しかし、ダラクにはそれがない。攻撃が通じる以上、勝機はあるのだ。


「猛れ嵐よッ!吹き荒べッ!!」


 剣を地面に突き刺し、魔力の嵐を召喚する。

 猛り狂う魔力の嵐が俺の身体を包み、周囲の空間を切り裂いていく。


「っ!」


 突如として攻勢に踏み出した俺に油断したのか、ダラクに一瞬の隙が見えた。すかさず俺は魔力の風を剣に纏わせると、ダラク目がけて突進した。


 風の勢いに乗り、ダラクと距離を詰める。虚ろを突かれたようにダラクの視線が俺に集中する。


「見切った……!そこだァ!!!」


 剣を振り下ろしてダラクを斬る。確かな手ごたえを感じる。魔力の風に乗ってダラクの血が宙を舞う。


「─────っふふふ………!」


 不敵にダラクが嗤う。その声を聞いて、俺はふと我に返った。


「話を聞かない子は命を落とすだけよ……?さあ、死になさい……」

「ッ……!しまっ……!」


 気付いたときには遅かった。俺に周りには既にダラクの血がいくつも舞っている。このままでは身体中を貫かれてしまう……!


「風よ……!」

「遅いわ……!」


 ダラクが俺に手の平を向ける。そして、勢いよくそれを握った。


「─────ッッッ……!!!」


 体中を無数の血の柱が貫く。痛みの閾値が限界突破をしているのだろう。痛みは感じなかった。


「アズマァ!!!」

「アズマくん!!!」


 二人の声が聞こえる。視界が揺らぐ。俺は重力に引かれるままに、地面へと落下していった。


「アッ……ぐぅ……っ!」

「アズマくん……!ど、どうしよう……!ひどい血だよ……!」

「よその心配をしている場合じゃないわよ……!」


 ダラクがモエカに急襲を仕掛ける。痛みに興奮しているのか、紅い眼光が狂気に揺れている。


 鮮血が宙を舞う。自身の丈を優に超える長大な槍を自在に振り回してモエカを追い詰めていく。モエカも必死に距離を取って魔法弾を浴びせるが、ダラクも槍で魔弾を弾いてモエカと距離を詰めていく。


「ダァッ!!!」


 サクラがダガーで斬りにかかる。視界の端にサクラを捕らえたダラクは、サクラの方へ振り向くと、奇妙に身をのけ反らせた。

 ダラクの傷口がサクラを向く。ダラクの傷口が露わになる。ダラクの傷口がサクラに向かって開かれる。


「っ……!!」


 瞬間、ダラクの身体から無数の紅い槍が飛び出した。


「───────ッ!!!」


 無数の槍がサクラの身体を貫く。サクラは目を見開いて槍の中で身体を震わせている。悲鳴さえ上げることもできず、虫の息の中ダラクに身を任せている。


 やがて、無数の槍はダラクの中に消えていき、血まみれとなったサクラの身体が地面に落とされた。ダラクはそれを一瞥すると、視線をモエカへと移した。


「ひっ……」


 モエカが小さく悲鳴をあげる。ダラクの氷のような冷たい視線がモエカを貫く。圧倒的な力を前に、モエカは戦意喪失していた。


 俺たちでは勝てないとそう感じていた時、遠くからダプダプと重い何かが跳ねてきているのが聞こえた。


 俺たちにはもう一匹仲間がいる……。そう、スライムが帰ってきたのだ。

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