第25話 「堕落の森の吸血鬼」
「ぐぅ……!!」
無数の糸とナイフに翻弄される。小夜は持ち前の機動力と糸、ナイフを使い、自在に距離を取って、俺たちの接近を許さない。
ただの糸であれば魔法で焼いたり剣で切ったりできるかもしれないが、小夜の用いる糸はワイヤーのように固く、絹のように柔軟でどうにも対処できない。
それに、あちこちに糸を張り巡らせているせいで思うように動けず、俺の振るう剣も糸に阻まれて、うまく戦えない。
段々と体も重くなってきている。他のみんなも同じようで、皆一様に顔を歪めている。動きも鈍くなってきて、明らかに体力を消耗している。
「くっ……!効け、効けっての……!」
コルネーが必死にチャームを飛ばしている。しかし、どういう訳か小夜には露ほども効いていないようだ。
魔弾は弾かれ、同性相手にも効くはずのチャームが効かない。チャームをかけて動きを封じることもできないのだ。
「コルネー!!!霊体化して脱出はできないのか!?」
「むり!!!この糸ヘンよ!!!変な魔力でコーティングされてるせいで全然抜けれない!!!」
「くそったれ……!!!」
万事休す。俺たちは完全に袋の鼠の状態だ。思うように戦えない歯痒さに苛立ってしまう。
「分からないかしら?貴方たちが束になっても私には近付くこともできない。絶対にね」
……小夜の言う通りだ。剣を振れば糸に阻まれ、魔法を放てば糸にかき消される。ヘタに動けばワイヤーが肉と鎧を切り裂いてくる。俺たちは小夜の手のひらの上で踊らされているのだ。
「断言できるわ。ここで貴方の喉にナイフを立てて、殺すことができるって。でも、貴方たちはどうかしら?満足に動くこともできずに、私に弄られるだけ……。こんな無意味な戦いを続けて何になるというのかしら?さあ、早く諦めてマルクルの元に帰りなさいな。貴方たちの旅はここで終わるのよ」
「ぐっ……!くっそォ……!」
小夜がナイフが構える。しかし、俺たちは信じられない光景を目の当たりにすることになる。
「………え……?」
鈍い音と共に、小夜の身体を"ナニ"かが貫いた。それは深紅のように赤く、奇妙で歪な光を放ち揺らいでいる。
「………くだらない……」
ふと、そんな声が頭上から聞こえてきた。それは幼い女の子のような声で、氷のように冷たい印象を与えた。
「ダ、ダラク……様……!」
「何を遊んでいるのかしら?小夜……」
「も、もうしわけ……!」
「謝罪の言葉が聞きたいわけじゃないの……」
小夜の身体に更に槍が突き刺さる。溢れ出る血が紅い槍を伝い、怪しく光っている。
小夜の痛みに喘ぐ声がいやに耳に残る。理解が追い付かずに呆然としている所に、ゆっくりと降りてきたダラクと呼ばれた少女が俺に語りかけた。
「こんにちは、勇者さん。私の不躾なメイドが迷惑をかけたわね。私から謝っておくわ。ごめんなさいね」
「え……。いや、そんな……」
感情の読めないような気味の悪い微笑みを投げかけるダラクと呼ばれる少女。しかし、いやに白い肌をしている。不気味なマントから覗くドレスも死灰のように白く、髪色も真っ白だ。生気を感じさせない佇まいに、俺は不気味な感じを覚えた。
「私はダラク・カルメシ・エスカレータ……。ここ、クレイドル・オブ・フィルス《不浄の館》の主よ」
「ッ……!!」
ダラク・カルメシ・エスカレータ……?俺は眩暈を覚えるようだった。本当に、この少女こそが、俺たちの求めるダラク・カルメシ・エスカレータだというのか……?
「貴方と、不躾なメイドとのやり取りからある程度は事情は把握しているわ。マルクルからのお使いらしいわね?魔王から勇者が派遣されるだなんて……。どういう風の吹き回しなのかしら?」
「え、えっと……」
緊張から頭がこんがらがって言葉がうまく出てこない。少しの間しどろもどろしていると、不意にダラクが口を開いた。
「ふふふ……。さしずめ、あの小娘も私の首を獲りに来たという事かしらね……?いつまでも自らの軍門に下らない辺境の吸血鬼に嫌気が差したのでしょう……。そうでしょう?勇者さん……」
「ッ……!!ちがっ……!」
「アタシたちはアンタから鍵を借りに来たんだっ!!持ってるんだろう!?エメラルドソードに通じる鍵を!アタシらはそれを借りに来ただけなんだッ!!」
ナイスだサクラ……!俺の言いたかったことを全部言ってくれた……!
「ふゥん……。あの鍵をねぇ……。ますます話が見えてこないわねぇ……。なんだってそんな鍵を求めてるのかしら……?
何もない空間にダラクが腰をかける。なんだか見えない椅子にでも腰を下ろしたかのようだ。
侮蔑とも疑いとも言えない目を俺たちに向けてくる。さしずめ下等生物を見下すかのような侮蔑に満ちた眼差しだ。
「あの剣は私たち魔族、引いては魔界そのものを消し去るほどの強力な力を秘めた伝説の剣……。ヒトと神が一体となって作り上げた勝利の剣……。それを知っての物言いかしら……?」
「ど、どういうことだよ……」
「魔界そのものを消し去る力を持つほどの剣をそう簡単に渡すとお思いなのかって聞いてるのよ……。あの剣は貴方たちが持つにはあまりにも強大すぎる……。どういう目的か知らないけど、彼の剣に通じる鍵を渡すわけにはいかないわ……」
飽きたとばかりに目を閉じて、ダラクは腰を上げた。
「消えなさい、愚かな人間。伝説の剣を持つには、余りにも貴方たちは脆弱すぎる。先代の魔王を倒し、一度は魔界を滅ぼした伝説の剣を貴方たちに渡すわけにはいかない。悪いけど、私たち魔族に楯突く敵対分子としてここで滅させてもらうわ」
そう言って、ダラクは深紅の槍を手に取った。
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