第24話 「思わぬ刺客」

 歪んだ森の中を進んでいく。やはりただの森ではないのか、一歩前へと進む度に生気を奪われていくような感じがする。


 しかし、いたく不気味な景観の森だ。木々は歪に捻じれ曲がり、枯れているようで生きているような不気味な錯覚を覚える。葉の一枚をとっても血のように赤く染まっていて気味が悪い。


「気味がわりぃな、ここ……。早くエスカレータに会って鍵を貰わねえと、瘴気が強すぎてどうにかなっちまいそうだ……」

「だね……。なんだかずっと見られてる感じがするし、身体から魔力を奪われてる感じもする……」


 そういうモエカの顔色はあまり良くないように見える。モエカの言う通り、森の木々に魔力を吸われているようだ。事実、俺も一歩歩みを進めるごとに、徐々に息苦しさを覚えている。


「なあ、大丈夫か?アズマ。あまり顔色が良くないみたいだけど」


 どうやら俺の不調も顔色に出ているみたいだ。あまり心配させないように顔に出さないようにしいていたつもりが顔に出ていたらしい。


「俺は大丈夫だ。それよりもお前こそどうなんだよ?無茶はしていないか?」

「なんだってそんな事が言えるのさ……。どう見たってアンタの方がヤバそうじゃんか……。モエカ、アンタもだよ。無理だってんなら引き返そう?」

「そんな、引き返すほどじゃないよ。エスカレータさんの所に行って鍵を貰って帰るだけだよ?早く終わらせて帰ろうよ。難しい事じゃないよ」

「……そんな簡単な事なのかねぇ……。そんな首尾よく行くとも思えないけど……」


 そんな事をサクラと言いながら歪んだ森を進んでいく。スライムの細く長く伸びた身体を辿って、エスカレータ家の館へと歩みを進めていく。


 そうしてしばらく進んでいる内に、スライムが突然俺たちから離れた。


「あたしはビッグな身体が取り戻すために、しばらくここいらでもぐもぐさせてもらうにゃ~。オマエたちは引き続きあたしの身体を辿っていくと良いにゃ」


 そういってスライムはぴょんぴょんとどこかへ行ってしまった。残された俺たちは、スライムの言う通りに細く伸びたスライムの身体を辿っていくしかなかった。


「まあ、心配するんじゃないにゃ。適当にそこいらの木に埋まってる有機物をちゅるちゅる吸うだけにゃ。満足するまで吸い尽くした後は、ちゃんとオマエたちと合流するから、オマエたちは心配せずにあたしの身体を辿っていくにゃ。もしわき道に逸れたら、オマエたちのために残したあたしの身体も枯れてしまうから、ちゃ~~んと辿っていくにゃ?あたしの身体が枯れた分、オマエたちと合流する時間も長くなるから、可及的速やかにエスカレータの館に行くにゃ。もしもあたしの身体が全部枯れたら、オマエたちはこの森から出ることもできなくなるにゃ」


 残されたスライムの身体が饒舌に喋る。やっぱりこのスライムという生き物は度し難い存在だ。勝手に離れていったと思ったら、その後の事まで細かく指示してくる。

 集合意識とでも言うのだろうか。このスライムは当然のようにそれを扱っている。俺は奇妙な気持ち悪さを覚えながらも、スライムの身体を辿りながらエスカレータの館へ向けて、歩みを進めていった。





「これが……エスカレータの館……」



 不意に開けた場所へと出た。そこには、紅くそびえる巨大な屋敷があった。複数の棟が連なっているような、不思議な洋館だ。


「はぇ~~。なんだってこんな気味の悪い森の中にこんな屋敷さぁ、建てンだろうなぁ~」


 ホバがごもっともな感想を述べる。まさしく俺も同じことを思っていた。


 そうして、俺たちはジロジロと館を眺めながら館の周りを散策して回った。そう、俺はダンジョンに入る前に辺り一面を散策して回らないと気が済まない性分なのだ。何か取りこぼしがないものかと気になってしょうがないのだ。


 一通り見て回って正面玄関に来ると、見覚えのある影がそこに立っていた。


「小夜……?」

「……まさか、この屋敷にたどり着くだなんてね……」


 魔王のメイドであるはずの小夜がそこに立っていた。小夜は心底軽蔑しているかのような目で、俺たちを睨んでいる。


「どうして小夜がここに……?」

「そんなことはどうでもいいわ。……せいぜい、魔界の瘴気に当てられて死ぬか、この森の餌食になって倒れるかのどっちかかと思ったんだけど……。存外しぶといようね、貴方たち」

「………」


 銀色のウルフヘアが風に揺れる。呆れたような様子で小夜は続ける。


「まぁ、いいわ。この館に貴方たちを入れさせるわけにはいかない。エスカレータ家に楯突く者たちは私が消してあげる」


 そう言う小夜の懐から、何かキラリと光るものが見えた。


「ッ……!!!」


 そう見えたのも束の間、小夜が突如として視界から姿を消した。


 体が強張り、心臓が締まるような錯覚を覚える。小夜は俺たちを仕留めんと行動を起こしたのだと、俺は直感した。


 急いで身体を逸らして回避行動をとる。瞬間、俺の身体があった所に、小夜のナイフが空を切った。


「な、何しやがんだっ!!!」

「エスカレータ家に仕えるメイドとして、侵入者を排除するのは当然の事……。エスカレータ家にとって、貴方たちは目障りなのよ」


 抑揚のない冷たい声で小夜は答える。一体なんだって俺たちの邪魔をするのか?


 俺たちはエメラルドソードを手に入れるために、エスカレータ家に鍵を拝借しに来ただけだというのに、小夜はそれの邪魔をしてきている。それに、俺は小夜に言われてエメラルドソードとその鍵を探しているのだ。何故妨害してくるのかいよいよ訳が分からない。


「フッ……!」


 小夜がナイフを投げる。的確に急所を狙って投げられたそれは、本気で俺たちを殺そうと本能的に分からせられた。


「マジで俺たちを殺す気か……!」

「させねぇゾ……!」


 俺たちの前にホバが躍り出る。しかし、小夜は何ら狼狽えることなくホバを見据えると、何やら奇妙な動きを見せた。


「ぐィ……!?」


 ホバの動きが止まる。何やら縛られたように身を固めると、ホバはそのまま倒れてしまった。


 何やらボンレスハムのような見た目になっている。いや、アレは縛られているのか?よく分からないが、見えない糸のようなもので身体を縛られているように見える。


 ヒュッと俺の顔の横を何かが横切る。ナイフだ。緩やかな弧を描いて、ナイフが小夜の手に戻ったのだ。小夜は念動力をも操るというのだろうか?


「降伏なさい。貴方たちでは私に敵わない。ここで縛って放置するだけでも、貴方たちは半日で力尽きるでしょう。無駄に抗って死ぬか、降伏して退散するか……。選ばせてあげるわ」

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