第20話 「まおうさま?」

「我が暗黒の城へ来た事、褒めてやるぞ……。クククク……。あっはっはっはっはっ……!」


 俺たちと相見える魔王と思われる女が不気味に高笑いをあげる。魔王の不気味な笑い声を聞いた俺たちは、すかさず戦闘態勢をとった。


「いやー、申し訳ない!ようこそサテリコンへ!君たちの来訪を歓迎するっ!」

「っ!!?」


 突如として魔王が雰囲気を変えた。その様子はあっけらかんとしており、俺たちの想像する魔王の姿とは大きくかけ離れていた。


「驚かせてしまったかな?私はここ、マオーコーポレーションのCEOであり、魔界の真の魔王であるマルクルだ。よろしく頼む」

「あ、えーと……よろしく……?」


 握手を求められたので思わず手を差し出した。マルクルと名乗る魔王は俺の手をしっかりと握ると、軽く上下に振った。


「いやあ、思ったよりも早く出会ってしまったな、勇者よ。ここでの立ち話も何だ、しっかりとした席を用意しよう。お前たち、来客だっ!!!しっかりともてなせっ!!!」


 魔王の従者と思われる魔物たちが慌ただしく動いている。どうやら、魔王という肩書は正しいもののように思える。何となくだが、そう思った。


 そうして俺たちは、円卓の間へと通された。向かいには魔王と幼い女の子と、メイドと思われる女性が一人立っていた。対する俺たちはモエカとサクラ、その他オークとスライムとサキュバスというメンツだ。カオスな空間である。


「紹介しよう。私の娘マリスと、メイドの東雲 小夜(しののめ さや)だ」

「フフン!」


 なぜか得意気な幼い魔王の娘と、静かにお辞儀をするメイドの小夜。軽く互いに挨拶を済ませると、俺たちは本題に入った。



「さて、お前たちが私を討ちに来たということは知っている。だが、我々魔族はお前たちと争う気は毛頭ない。どうだ?ここで和解をする気はないか?少なくとも我々の代、私マルクルが魔界を支配している間は、魔界、引いては人間界との平和を約束する。事実、私は魔王の戴冠を頂いたとき、自由で開かれた魔界を約束した。それは知っているだろう?」

「あ、いや、えーと……」


 ……まずい。俺はマルクルについて何も知らない。自由で開かれた魔界?モエカはここ最近転生したばかりの新人だ。サクラは俺以上に緊張しているらしく、カチコチに固まっていてまるで頼りにならない。これはどうしたものか……。


 それに俺はネメアの獅子の倒し方について教わりに来たのだ。和平とか討ちに来たとか、そんな話をしに来たのではないのだ。


「えーと、魔王マルクル。俺は別に戦いに来たとか和平に来たとか、そう言うので来たわけではないんだ」

「? では、勇者ともあろう者がわざわざここに来た理由はなんだというのだ?」

「実は……」





「ふむ……。なるほどな……。事情は分かった」

「どうにかなるかな……?」

「ふぅむ……。ネメアの谷に住まう人喰い獅子かぁ……」


 マルクルは難しい顔をして顎を撫でている。


「何か知っていることはあるか……?」

「実はな、私もかねてより彼女の討伐を目論んでたものでな。多少なりとも力になれるかもしれん」

「ほ、本当か!?ぜ、ぜひ力を貸してくれ!!!」

「ま、力を貸さんこともないが、私とてただで力添えをする訳にはいかん。仮にも私とお前は敵対する間柄、本来ならば相反する関係だ」


 マルクルの鋭い視線が俺に突き刺さる。何やら品定めをされているかのような感覚を覚える。


「………」


 舐めるような冷たい視線が俺なんとも痛々しく感じる。しばらくの沈黙の末、マルクルが口を開いた。


「私はダーディアンの民を脅かすネメアの獅子を討伐するために、7度にわたって斥候を送った。何故7度も斥候を送ったと思う?まともな情報を持ち帰るためにそれだけの数を送らなければならなかったからだ。私はダーディアンと魔界の安全のために獅子の討伐を図った。私は人間たちと仲良くしたいと思ってはいるが、まだ敵であるお前たちに易々と私の得た情報を送りたいとは思わん」


 マルクルの試すような視線が俺を捉える。


「……どうすれば教えてもらえる……?」

「ふむ、教えてもらいたいか?ならば、こうしよう。私は私の得た情報をお前に教え、ネメアの獅子の討伐でお前に最大限の協力をする。その代わりに、お前も私が人間界へ進出するにあたって協力するのだ。これは私からの提案だ」

「人間界の進出……。どうするつもりだ……?何を企んでいる?」

「なに、簡単な話だ。我々マルクル率いる魔族は、魔族と人間との共存を望んでいる。その為に、私たちは人間界に進出するための足掛かりが必要なのだ。その手助けをしてもらいたい」


 俺は悩んだ。どうやらマルクルも俺と同じくネメアの獅子の討伐を目論んでいるらしかった。同じ共通の目的を持つとはいえ、俺の目標のために魔王の計画に加担しても良いのだろうか?人間と共存する為に人間界に進出する……。仮にも魔族が人間界に進出して、どうやって人間と仲良くするのだろう?俺はマルクルの考えが理解できなかった。


「心配するなニンゲン!母上は既にダーディアンという人魔共存の都市を作っているのだ!それに何を隠そう!ダーディアンを支配しているのはこのマリス様なのだ!」

「えっ……?」


 この桃色ツインテールの悪魔っ子は今なんと言った?ダーディアンを作ったのはマルクル…?そしてその支配をしているのはこの桃色ロリの魔王の娘だと?

 ……既に魔族による人間界進出は始まっているんじゃないか……。俺は眩暈を覚えるようだった。


「まぁ、そういうことだ。何も難しい頼みをしているわけではない。お前のネームバリューを使って魔族と人間の橋渡しをしてほしいと頼んでいるのだ。現にダーディアンでは魔族と人間とで活発に交流が行われている。しかし、それだけでは足りないのだ。人間界では依然として魔族や亜人に対する偏見や差別が横行している。私はどうにかしてそれらを解消し、魔族と人間との暮らしやすい社会を作っていきたい思っている。どうだ?協力してくれるか?」


 マルクルが俺に訊ねる。


「ちょっと……考えさせてくれ……」


 そう言って、俺は円卓の間を後にした。


「良い返事を待っているぞ、勇者よ」

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