第19話 「暗黒都市サテリコン」
「ここが魔界……」
魔界へと足を踏み入れた俺たちは、その異様な雰囲気に呑み込まれていた。
暗く淀んだ空。青いとも紫ともとれない色の草原、当たり前のように徘徊するゾンビ、木のような形をしている肉塊、超巨大な茸……。すべてが人間界とは違っていた。
「たまに人間界から魔界の住民を駆逐するための遠征軍が来るんだよ。その人間たちが瘴気に当てられて、一部がああやってゾンビになってるんだ。ああなってしまったらもうおしまい。アイツらはウチらじゃ食人死体って呼ばれてるよ」
「ゾンビじゃなくて……?」
モエカが訊ねる。
「生きている訳でもなくて死んでいる訳でもない。けど、アイツらはみんなヒトの肉を食べたがっている。人肉を求めてさまよう死体、食人死体ってワケ。一部ではアンデッドとも言ってるみたいだけど、専ら食人死体が主流だね」
「へー……」
顔を引きつらせて生返事をするモエカ。
奇妙な肉の植物と腐った死体みたいな色をした草の中を歩く俺たち。俺たちは本当に魔界に来たのだと実感した。
そうしてしばらく魔界を進んでいくうちに、一つの城下町のようなものが見えてきた。城下町と言うように、町の中心には立派なお城が建っている。魔界と人間界を挟む山脈からはそう遠くない場所にあるのが少し気がかりではあるが……。
「アレが私たちの魔王様の住まうお城だよ。みんなはサテリコンって呼んでいる。どんなところかは……まぁ、入ってみたらわかると思うよ。そして、どうしてここに築かれているのかも、その内分かってくると思うよ」
意味ありげにコルネーが言う。確かに魔王がここに築城するには人間界との境界と近すぎる気がする。
ひとまず俺たちは、コルネーに導かれてサテリコンの町の中に入っていった。
「ここは……」
サテリコンの中に入った俺たちは、その魔界に似つかわしくない雰囲気に驚かされることになった。
魔族に対する偏見で塗り固められていたというのもあるが、俺が想像していた遥か以上に、町の雰囲気が明るい。魔族だけでなく、人間……ヒトの姿もちらほらある。ヒトだけでなく、エルフの姿も見えるのだ。
「ど、どういうことなんだ……?」
「ふふん、驚いた?」
得意げにコルネーが言う。
「オラも噂には聞いてはいたが、まさかこんなんだったとはなァ」
初めて都会に来た田舎者みたいにホバが辺りをキョロキョロと見回している。かく言う俺もそうせずにはいられなかった。これではまるで……交易街としかいいようがない。町の至る所で商人のような魔族やヒト、エルフらが交易しているのだ。
「うぅ……。魔界にまさかこんなところがあったなんて……!人間界に戻ったらすぐにルートの開拓をしないと……!」
サクラが辛抱ならない様子でそう呟いている。ダーディアンでの様子から察するに商人としての血が騒いでいるのだろう。魔界で富を築くチャンスを見出したのかもしれない。
しかし、本当に雰囲気がダーディアンそっくりの町だ。俺たちの想像していた魔界とは全然違う。もしかしたら、魔界というのは俺たちが想像するよりも平和だったりするのだろうか?俺たちの世の中に平和が訪れた時には、魔界をぶらりと旅してまわるのも良いのかもしれないと、そう思った。
活気づくサテリコンのメインストリートを進み、俺たちは魔王がいるであろう城門の前に来ていた。造りこそ大仰ではあるが、城門を出入りする魔族やヒト達を見るにそこまで緊張する必要もなさそうだ。どの魔族のヒトたちも買い物を終えて家路に帰っているかのようにも見える。まるで大型ショッピングモールのようだ。
「うぇるかむとぅぅざ……さてりこん……」
看板にはやたらポップでホラーテイストな文字でそう書かれていた。まるでハロウィンの催しのようにも見えるそれは、それまで感じていた緊張感を粉微塵に消していった。
「なぁ……。魔王ってどんな奴なんだ……?」
「うーん……。直接会ったことはないからよくは分からないけど、悪い人ではないらしいよ?面白くて朗らかで、いかにもシャチョー!っていう感じの人だって」
「ほ、ほう………?」
いよいよどんな人物か分からなくなってきた。俺たちは本当に魔王に会いに行っているのだろうか?サテリコン社の社長ではなくて?それとも社長が勝手に魔王と名乗っているだけなのではないんじゃないか?俺はそう思えて仕方なかった。
俺たちは途中でトカゲの炭焼きや、件の肉塊の木の串焼きを買い食いしながらサテリコン城内を見て回った。いくらか見て回ったところで、俺たちはひと際雰囲気の異なる扉の前に立っていた。恐らく、これが魔王のいる部屋の前なのだろう。
「うわー緊張する……。私たち本当に魔王様に会っちゃうんだ……」
コルネーが手のひらいっぱいに汗をかいている。どうやら本当に魔王に会うと分かって緊張しているようだ。
俺も緊張していない訳ではないが、町の雰囲気から今から会うのが本当に魔王なのかと疑わずにはいられなかった。もし本当に魔王だったら俺はどうするのだろう?俺は魔王を討つために旅を始めたが、俺はどう魔王と接すればいいのだろう?魔王は本当に悪い奴なのか?いろんな考えが頭の中を駆け巡った。
「じゃあ、開けるよ…!」
そう言ってコルネーは扉を開けた。
扉の先には魔法陣と、その中心にひと際大きな玉座があった。
両脇には蒼い炎を灯す燭台が二つ、敷かれた真っ赤なカーペットが俺たちを誘っているようにも思えた。
「よくぞ来た、勇者よ……」
低い声で、魔王と思われる女が呟いた。やや黒い灰色がかった長髪に、黒く捻じれた角を生やし、妙に露出の多い衣服に身を包む女……。魔王が、そこにいた。
「我が暗黒の城へ来た事、褒めてやるぞ……。クククク……。あっはっはっはっはっ……!」
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