第14話 「ネメアの谷」

 俺はオークのホバとサクラの持つ情報を元に、ナイミアの獅子に関する情報をダーディアンで集めて回った。さすがは交易都市という事で、様々な情報が集まった。以下は、ナイミアの獅子に関する情報だ。



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名前:無し(ネメアが最も通っている名前か?)

種族:亜人(異なる種族同士のハーフという説が濃厚そうだ)

職業:不明(遺跡荒らしが最適か)

属性:不明(こればかりはどうしてもわからない)

アクティブスキル:あらゆる装甲を無効化する爪

パッシブスキル:あらゆる攻撃を無効化する鎧

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 他にはあまり関係なさそうではあるが、ネメアの獅子個人に関する情報もいくらか手にする事が出来た。

 いくらか誇張はされているだろうが、それは怪物と呼ぶに相応しいだけのものだった。



 ────曰く、それは身の丈八尺に及ぶと伝え聞く。

 ────曰く、それはヒトの姿をしながら獅子の如く振舞うと伝え聞く。

 ────曰く、それは死の輝きを示す灯火を持つと伝え聞く。

 ────曰く、それは復讐を求め殺戮を好むと伝え聞く。

 ────曰く、その者は神々の血を引くと伝え聞く……。



 ネメアの獅子……。俺の元いた世界でその名を聞いたことがある。

 それは、ギリシャ神話の英雄、ヘラクレスに与えられた十二の難行で一番最初に挑んだ怪物、エキドナの子、テュポンの子である。


 まさか、そのような怪物がこの世界に転生してきているというのか?それもヒトの姿を取っているとでもいうのだろうか?なんだか心臓が締め付けられるかのようだ。


「っ……!」


 心臓が激しく高鳴る。今感じているこの感情は昂りか、はたまた恐怖からくる焦燥か、今の俺には分からなかった。


 曰く、ネメアの獅子はあらゆる刃物であっても傷一つつかず、英雄ヘラクレスは洞窟の中へ追い込み、三日間の格闘の末に絞め殺したのだという。神の子ヘラクレスがそこまで苦戦しているのに、ただのヒトの子である俺にネメアの獅子は倒せるのだろうか?


「っ……。くそっ。悩んでたって仕方ねえ。やるって決めたからにはやってやる…!神の子だか怪物の子だか知らねえがやってやる…!」


 そうして俺は竦む足を無理やり持ち上げた。ネメアの獅子に関する情報収集の中で、ネメアの谷についてもいくつか知る事が出来た。まずは、ネメアの谷付近を通る馬車の確保をしなければならない。それと食料の確保もだ。


 意を決して立ち上がり、俺は酒場を後にした。ネメアの谷に住まう獅子の討伐…。生半可な気持ちでは決して成し得るこちはできないであろう。俺は旧来の世界よりの仲間であるモエカとサクラと共に、かの地へと旅立っていった。





「………い……ズマ……。………ズマ……アズマ!!!」

「……ハっ…!」


 不意に俺を呼ぶ声に目を覚ました。俺の視界に飛び込んできたのは、俺と同じくこの世界に転生してきた、元同級生のサクラだ。


「もうすぐネメアの谷だよ。さっさと支度をしな。ネメアの獅子以外にもスケルトンやゴブリンみたいなモンスターがいるって話だよ。ほら、モエカも起きな!」


 サクラに急かされて、目を覚ましたモエカも慌てて身支度を整える。ぐっすり眠っていたのか、桃色の髪に寝癖がついている。


 馬車停留所で馬車を降りた俺たちは、遠くに見えるネメアの谷と思われる小さなシルエットを見た。

 神々の呪いを受けた地であり、ネメアの獅子の住まう忌まわしき大地…。俺たちが新たに目指す試練の地だ。俺たちはここで新たに武勲を立てて、俺たちの真の使命である暗黒神討伐の第一歩とするのだ。


「ここからあそこまで半日以上は余裕でかかるだろうね。しっかり準備を整えて行くよ。まぁ、近くにドヤ町しかないここで準備を整えるって言うのも変な話だけど」


 そう言ってサクラはさっさと歩きだしてしまった。俺は訳も分からず右往左往するだけだ。


「ど、ドヤ町って…?」

「簡易宿所がたくさんある町のことさ。まぁ、ここらにあるのはモーテルみたいなものだけどね」


 そう言って向かっていった先は、長屋のような建物が複数連なっている小規模の町だった。あれがサクラの言うモーテルというものなのだろう。駐車場のようなスペースには、馬車や竜車のような車両が複数停まっている。


 サクラはずんずんと先に進んでいく。やがて、サクラは慣れた手つきでモーテルのドアを開くと、受け付けでここに泊まる旨を伝えた。


「宿泊3名、馬車無し、1泊で」

「はい。料金は……」


 トントン拍子に事は進んでいった。そうこうしている内に、俺たちは部屋をあてがわれ、そのまま翌朝を迎える事となった。





「アレが……ネメアの谷……か……」


 薄雲に覆われた峰々を見て呟く。死の谷、呪われた谷と呼ぶにふさわしい光景がそこにはあった。かの連峰こそが、ネメアの谷に住まう獅子の根城なのだ。


 改めて見てみると、やはり二の足を踏んでしまうような感じがする。やっぱり諦めるべきか、死ぬ覚悟で進むべきか…。

 二人の様子を見てみると、俺と同じ考えをしているようで、まるで苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。それもそうだ。相手は神々の血を引く殺戮者、狂乱する獅子と言われる亜人なのだ。人の身である俺たちが適う可能性は限りなく低い。


 一歩、ネメアの谷に足を踏み入れる。重く冷たい空気が俺たちに圧し掛かる。

改めて俺たちは死の大地に足を踏み入れたのだと思い知らされた。


 冷たい風が肌を撫でる。風は俺たちを誘うように、奥へ奥へと吹いている。

 そんな風に導かれるように、俺たちはネメアの谷の奥深くへと歩いていった。互いに言葉を交わすでもなく、風が鳴くだけの谷をひたすらに進んでいった。


 どれくらい歩いたのだろう。ふと、モエカが言葉を漏らした。


「ねぇ、アレ……」


 モエカが指をさす。指を刺した先には、何やら人型のものが横たわっているのが見えた。


「……白骨死体……だね……」


 サクラが呟く。


「随分と古いもののようだな。かなり風化している」

「だね……。ここに迷い込んだのか、はたまた命知らずのバカだったのか……」


 骨を指で撫でながらサクラは言う。かなり風化が進んでいたのか、骨は脆く簡単に崩れた。


 再び俺たちはネメアの谷を奥へと進んでいった。進む度に亡骸は増えていき、ゴブリンらしき物の骨や、よく分からない亜人の亡骸もちらほらと見えてきた。


「…………」


 俺らはそれらを横目に、ただひたすらに前へと進んでいった。

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