第13話 「新たな旅路」

 湯屋の飲みの席でどんちゃん騒ぎを始めてどれくらい経ったのだろう。モエカが酔い潰れて、ホバと馬鹿話をしているときに不意にホバが語りかけてきた。


「そういやおめえ、知ってるかぁ?ネメアの谷に住まう人喰い獅子の話ってのがあるんだがよぉ、興味があれば聞かせてやるどぉ」

「ああぁ?もったいぶらずに教えてくれよな~?」


 俺も酒が入っているので緩くウザくホバに絡む。しかし、ホバもまんざらではないようで笑いながら二人でじゃれあった。


「まぁ、焦るなニンゲン。ある商人から聞いた話だけどよ、いつの頃からかは分からねェが、ダーディアンをずっと北に行ったところにあるダムド山脈っていう山岳地帯があるんだがなァ、そこに獅子の毛皮を纏った亜人が住んでいるって話だァ。ソイツは縄張りに迷い込んだ奴を攫っては喰らい、喰らう者が無ければ里まで下りてくるという話なんだと。噂によりゃあ、ソイツは傭兵としても働いているらしくてなぁ、誰もやらねぇような穢れ仕事を専門に請け負っては確実にこなしてみせるって話だァ」


 オークは語る。


「曰く、翠玉色の瞳に獅子の手足を生やし、その鋭い眼光は狙った獲物を確実に仕留めるという話だァ。そしてその毛皮は、あらゆるすべての攻撃を無効化し、その爪はあらゆる装甲を切り裂くと言われるということだど。生還者曰く、奴は神の血を引く獅子の子と言われる亜人の一種なんだと。おめえも気を付けるんだど。一度睨まれたらおめえの命も、おめえの連れのピンクの髪の雌の命も無くなるだろうだかンなァ」


 酒を煽りながらホバは語る。ホバの語った話は、一見聞けばどこにでもあるような民間伝承の類のようにも思えた。しかし、今回聞く話はとてもそれのようには思えなかった。


 俺はすぐさまホバに聞いた。


「ソイツの名は何て言うんだ…?」

「名前なんて無ェ。ソイツは、ソイツの住む谷の名前からネメアの谷に住まう人喰い獅子、ネメアと呼ばれてるだァ。国王サマもソイツの生み出す被害を考えてか、オラの知る中で一番高い懸賞金を出すまでに至ってるという話だど。おめえもカネに困ってるなら少し考えてみたらどうだ?」


 冗談っぽくホバが言う。冗談じゃないと思いながらも、俺はどこか他人事なんかではないと胸の内に感じた。


「冗談じゃないやい。誰がネメア?の相手なんかするかよ……。命がいくつあっても足りやしない」

「けど、おめえも勇者を名乗って暗黒神を倒す旅をしてるんだろ?ならば、これも試練の一つと思って挑戦するのもいいかもしれんど。それともあれか?暗黒神を倒す勇者サマは人々を脅かす人喰い獅子を見て見ぬフリをするのかぁ?」

「むっ……」


 ホバに煽られて思わずムッとしてしまう。そんな煽られ方をされれば勇者の名折れだ。仮にも俺は国王に勇者という職業を拝命された身だ。


 勇者とは、この世界を、引いては人々の生活や営みを脅かし、破壊する存在を打ち倒すために与えられる特殊な職業だ。それは暗黒神を倒すだけに限らず、困っている人を助ける事も勇者のこなす仕事の一つともいえる。今回のネメアの谷に巣くう人喰い獅子もそうだ。


「やらないといけないのかなぁ…」

「そりゃあおめえ、勇者ならやらないといけねぇだろうよ。オラは行かねえけどな」

「なんでだよ!?今の流れは行くところだろ!!」

「そりゃあ、死ぬと分かって行く方がおかしいだろうがよ」


 そう言ってホバは笑っている。ふざけんなという俺の抗議も空しく、ホバは酒を一気に煽ってそのまま眠ってしまった。

 どうやら、俺はオークのホバの助けなしにネメアの人喰い獅子の討伐に行かなければならないらしい。攻撃が通用しない相手にどう立ち向かえというのだろうか?


 またしても、俺の困難を極める旅が始まろうとしている。あーあ、嫌になるなぁ。







 モエカのチェックアウトを確認して、俺は湯屋を出た。通りを見回してもモエカの姿はなく、ロビーに戻ると長椅子に腰をかけて項垂れているモエカの姿があった。

 どうやら二日酔いのようで、低い声で唸りながら、頭を抱えてうずくまるような姿勢で背中を丸めている。酒に弱いながらも無理して飲んだようだ。自分の限界が分かっていなかったんだろう。


「おはよう。二日酔いか?」

「ん……。おはよ……。頭が痛くてふらふらする……。二日酔い……かも……」


 案の定だった。酒が抜けきっていないこともあって、やや酒臭く感じる。お酒を飲む時には飲まれないようにするのはやっぱり大事だな。


「大丈夫か?」

「う、う~ん……。大丈夫……じゃないかも……」


 適当に歩きながらサクラの元へ戻っていく。一声かけたとはいえ、無断で外泊してしまったのだ。カンカンに怒っているかもしれない。


「あ、そっか……。サクラさんを置いて湯屋で泊まっちゃったんだっけ……。サクラさん怒ってるかなぁ……」

「怒ってるかもな。アイツのことだ。頭にトサカが立ってるかもな」


 そうして俺たちは二人で歩きながらサクラの元へと戻っていった。モエカの二日酔いを覚ますためにも歩くのは良いことだろう。

 そうして二人で歩いていると、案の定イライラした様子のサクラと再会することになった。


「オマエら!どこに行ってたんだよ!?」

「ごめんごめん。モエカと町を歩いてたら昔なじみの仲間と会っちゃって」

「あぁ!?……ったく。泊まるんならちゃんと連絡しろよな……!」


 やっぱりサクラは青筋を立てて鬼のような形相で待っていた。しかし、俺には金にがめついであろう彼女に対する秘策があった。


「な、なあ、サクラ。一つ提案があるんだが、一つ聞いてみる気はないか…?」

「あぁっ!?なんだよ、言ってみろ」


 そうして俺はホバの言っていたネメア討伐の件を嘘偽りなく話した。すべてではないが、ウソは言っていない。都合の悪い部分は省き、おいしそうな部分だけを話した。広告屋の常套手段だ。


「ほーん……。で、その亜人をぶちのめして国王サマに雁首を献上すれば幹部昇進理事長就任でイイ感じってワケか」

「そういう事だ。乗ってくれるか…?」

「……悪い話じゃなさそうだな。良いだろう。その話、乗ってやるよ」

「……!よし…!それじゃ頼むぞ、サクラ!」

「ああ、大船に乗ったつもりで付いて来な、アズマ!」


 そうして、俺たちの次なる冒険が幕を開けた。

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