第12話 「交易都市、ダーディアン」
石造りの道を歩いていく。通りには様々なモノが行きかっていて、ヒト、馬車、竜車などが所狭しと通りを埋め尽くしている。
交易都市、ダーディアン。古くから町と町を繋ぐ交易拠点として発展したこの町は、様々な種族の様々な側面を見せてくれる。ゴブリン専用の宿舎、亜人のダンスを楽しめるナイトクラブ。エルフの魔術を使ったサロン、オークの怪力エアロビジムなど、それこそ多種多様だ。
そして、こういうものに遭遇するのもこの町のおもしろい所でもある。
「……なんでお前がここにいるんだよ」
「んぁ?おぉ、久しぶりだなぁ、ニンゲン」
ボロ布を身に纏った見覚えのあるオークが道の端に座っているのを見た。全くサイズの合っていないニンゲン用の帽子を被っているのはおしゃれのつもりだろうか。
足元に置かれたザルには貨幣がいくらか入っている。どうやらこのオーク、ホバは物乞いをしているらしい。……そういえば、エルフの森から脱出したときに、交易都市に行って物乞いをすると言っていたっけか。まさか、本当に物乞いをしているとは思わなかった。
「元気にしてたかぁ?オラは見ての通り元気だど」
「本当に物乞いをしてるなんてな……」
「あぁ?言わながったが?交易都市に行って物乞いするって言ってたはずだど」
「いや……まぁ……」
なんだか気の抜けるような感じがする。このオークとはまともに付き合ってはダメだ。このオークと話していては俺までダメになってしまう気がする。俺は腐っても勇者だ。この世界を暗黒神から救う義務がある。こいつに流されてはダメだ。
「……まさかコイツと知り合いなの?」
「まぁ、色々あってな……」
「マジで……?こんな小汚いオークと知り合いとか……」
ドン引きするようにサクラが言う。
「ほら、このカブトムシ買わねえが?今朝獲れたばっかりの活きの良いやつだど」
「いらねえよ!!!」
ホバのダル絡みを振り切ってその場を後にする。後ろからホバの呼ぶ声が残響のように聞こえたけど気のせいだろう。
「まさかアイツと知り合いなんてねぇ……」
「有名なのか?」
「有名な物乞いオークだよ。朝から晩までずーっとあそこにいるんだ。たまにいないと思ったらどこかで見せ物にされてるし、1か月間ずーっといないときもあるんだ。変なオークだよ、まったく」
気持ち悪そうにサクラは言う。そこまで言わなくても良いんじゃないかと思ったが、サクラ的には受け入れられないらしい。
「オークってあんな感じなの…?」
「まさか。アイツくらいなもんだよ、あの変なオークは。大体のオークは凶暴だし性欲つえーしで近付かない方が吉だよ。奴らはヒト型で雌であればなんだってレイプする淫獣だよ。ゴブリンだろうが猿だろうが何だって巣に連れ去っては犯しつくすんだから恐ろしいもんだよ。男で腕に自信のあるやつ以外は討伐依頼を受けない方が良いよ。特にモエカ、アンタはね」
「う、うん…。わかった…」
どうやらモエカはオークという存在がよく分かっていないらしかった。これを機に色々教えこんでおく方が良いだろう。自衛のためにも知識は立派な武器になる。特に自己防衛手段に乏しい魔法使いは知識と魔術でしか対抗できないのだから、なおの事だ。
「さ、ここだよここ。お前たち、準備をしな。ここで店開きをするよ!」
「うっす!」
サクラの連れの盗賊たちがカーペットを敷き、荷車から次々と商品を降ろしていく。この場面だけ見れば立派な行商なのだろが、九分九厘盗品なんだと思うとなんだか変な気分になってくる。
「さあ、サクラ様の骨董市の開店だよ!薬に妙薬、調合材に不思議なお宝までいっぱいだよ!見ていくだけでも見ていきなー!」
サクラが声を張り上げて客引きをする。どうやらかなり手馴れているみたいだ。身振りから声の高さまで完全に商人のそれだ。
なんだかここにいては邪魔な気がする。そう思った俺は、サクラに一声かけると足早にサクラの市場から去って行った。
「サクラさん、すごかったね…」
「商品の並べ方から声の張り方までプロみたいだったな」
「うん…。実家の方もお店だったのかな?」
「さあな。そんな話は聞いたことなかったけど」
そんな事をモエカと話しながら、俺たちはダーディアンの町を歩いていった。
しかし、さすがはダーディアンと言ったところか。本当にいろんな人たちが街道を行きかっている。ヒトはもちろんの事、エルフやオーク、竜人といった様々なヒトらが交易を求めて町を練り歩いている。
適当に町をさまよう傍ら、俺たちは適当な露店で焼き鳥のようなものを購入した。見てくれは完全に焼き鳥のそれは、決して腹の足しにはなりはしないが、口寂しさと好奇心を満たすには十分だった。
「すみません、これ三つください」
「あいよ」
代金を支払って露店を後にする。おいしそうなタレのかかったそれは、絶妙に食欲をそそってくる。それはモエカも同じなようで、目をキラキラと輝かやかせながら串刺しの肉の塊を見ている。
「食うか?」
「いいの!?」
「もちろん。いっしょに食べようぜ」
そうして、俺たちは焼き鳥のようなもの二人で肩を並べて食べ合った。味も触感もまんま焼き鳥で、つい二本目三本目と食べたくなってしまう。モエカもおいしそうに焼き鳥を口に運んでは、その味を楽しんでいる。この光景が見れただけでも、焼き鳥を買った価値があったというものだ。
それにしても、日本人の俺の口に合う焼き鳥があるという事は、俺たちの他にも転生者がいるという事なのだろうか?焼き鳥という日本古来の料理があるという事は、そういう事としか考えられない。恐らくは焼き鳥を広めた転生者がいるという事なのだろう。俺はそう思うことにした。
三本買った焼き鳥の内の一本を持って、俺たちはあるところに向かっていった。向かうは例のオークの所、ホバが物乞いをしている橋だ。
「ねえ、ここって……」
モエカが顔を引きつらせながら俺に言う。いくら悪い噂が立っていようと、ホバは俺の命の恩人でもある。ホバの力がなければ、俺はエルフの森で死んでいたかもしれないのだ。そんなホバを俺はどうしても放っておくことはできなかった。
「よっ。これ、食うか?」
「んぁ?おお、すまねえな、人間」
ホバに焼き鳥を手渡し、俺はオークの隣に座った。体を洗っていないのか、少しすっぱい匂いがする。モエカも臭いが気になるのかやや距離を開けて座っている。
「いつもここにいるのか?」
「まァな。妖精の村には追い返されちまっただ」
「ふつうはオークなんて野蛮な種族は入れたりしないもんだけどな」
「なんだァ?それ。ジンシュサベツってやつじゃねえが」
「実害が出てるんだから仕方ないだろ。オークも妖精もヒトも根本からして種族が違うし考え方だって違う。区別して対応するのは当然の事だろう」
「はァ~~。オークでいる事ってこんなにもつれェことなんだなぁ」
そんなことをぼやきながら大きなため息を吐くオークのホバ。この仕草だけ見ればヒトとほとんど変わらないのだが……。無害そうなホバでもオークという種族が大きな枷となっているようだ。
自由にのんびり過ごしたいんだろうが、凶暴で性欲旺盛なオークという種族の都合上、彼を受け入れてくれるコミュニティはほぼ皆無に等しいだろう。どこか遠い平野で一人粛々と農園を営む暮らししか選択肢は残されていないような気もするが、このオークにはそれすらも厳しい気がする。
「ねぇ……。とりあえず、身体を洗おうよ…。ちょっと臭うよ…?」
「んぁ?そうが?」
「まぁ、そうだな。俺もモエカの意見には賛成だ」
モエカの言葉もあり、俺たちは湯屋に行くことにした。オークの入れる湯屋を探すのは苦労したが、その分広くて上質な湯屋にありつくことができた。
早速脱ぐものを脱いで湯船につかる俺たち。ホバも初めて体験するらしい温泉に骨抜きにされて軟体動物みたいになってしまっている。周りの客たちも、めったに見られない光景に奇異の視線を向けていて、注目の的になっている。
そうして至福の時を味わった俺たちは、湯屋のもてなす極上の料理に舌鼓を打ちながら互いの出自について話し合った。
「ほー。と、すると、おめえたちも世に有名な転生者ってヤツかぁ」
「俺たちの他にも聞いたことあるのか?」
「そうだなぁ。ダークエルフみたいな人間や赤毛のアル中が来ることもあれば、ステータスが狂ってる自称勇者が世を乱すこともあったなぁ」
「どういうこと?」
モエカが訊ねる。
「たまに現れる転生者が悪気もなくヒト助けをするんだけどよ、それがいらねえ被害を生むことがあるんだぁ。なまじステータスがたけェもんだから、被害もデカくなんだ。それに力加減もできねェからタチが悪いってもんだぁ。木こりの手伝いをして山ひとつ死なせたり、スライム一匹に最上級魔法をぶっ放して国ひとつが消滅したり、なんでが知ンねえが地脈をぶっ壊して国か島かが海に沈んだって話も聞いたなぁ」
……とても信じられないような話だ。話を聞くだけでは何かの闇組織が行った悪行の話とも聞こえるが、ホバが言うには勇者の行った"ヒト助け"の話だという。
「ヒト助けをしようとして国が滅んだってこと…?」
「らしいなぁ。しかも、なんでか本人は得意げだったり困惑するばっかりだったそうだど。それでヘイトを溜めたんだろうなぁ。魔王が討伐隊を送り付けるくらいだってんだから相当だったんだと思うど。オラも噂でしか聞いたことないが、ソイツも魔王軍を返り討ちにして、今でもどこかでひっそりと暮らしているって話だぁ」
湯上りで血行が良くなったせいか、緑色の肌がほのかに赤くなったホバがそう語っている。お酒も入ったことでせっかく取れたすっぱい臭いも酒臭くなってきている。
酒が入って饒舌になっていくホバ。声は大きく、ジョークも飛ばし、酒の席は賑やかになっていく。
しかし、俺は予想していなかった。この酒の席から、俺たちの旅は予想外の方向へ進んでいくことになるとは、この時は思ってもいなかった。
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