第11話 「盗賊の幼馴染」

 ソドムに向かう道すがら立ち寄った宿屋を後にした俺たちは、気まずい雰囲気の中アングラへと向かっていた。


 ……宿屋の主人の口にしたあの言葉が忘れられない。何が昨晩はお楽しみでしたねだ。まるで何かの呪いだ。金がなかった俺たちは二人で一部屋を借りて、そこで夜を過ごした。気まずい雰囲気の中、必死に理性を保って自分を抑えたんだ。本当は少しムラムラしてモエカに触れたかったけど、なんとか我慢した。モエカも顔を赤くしてチラチラとこっちを見てて、ちょっとばかしヤバかった。けど、我慢したんだ。


「ねぇ、アズマくん……」

「っ…!な、なんだ……?」

「昨日は…ゴメンね…?嫌じゃなかった…?」

「い、嫌って…。そ、そんな訳ないだろ!俺こそっ、モエカを……」


 その時だった。急に足を何かに引っ張られた俺はそのまま宙づりにされてしまった。


「アズマくんっ!?」


 モエカが悲鳴にも似た声をあげる。その声に応えるように、周りから粗野な格好をした男たちが現れた。


「へへへっ。久々の獲物だぜ」

「ッ……!こ、来ないで…!」

「おお、女もいるぞ。しかも魔法使いだ。へへっ…。初めての上物だ…。こりゃあ、お頭も喜ぶぞ……!」


 ぞろぞろと男たちが姿を表す。これは失敗したか、どうやら野盗の罠に引っかかってしまったらしい。これはモエカだけでも逃がさないとどんな目に遭うか分からない。モエカだけでも逃がさなければ、俺はこの先ずっと公開することになることは分かっていた。


「モ、モエカ!逃げろっ…!」

「だ、ダメだよ!それじゃアズマくんが…!」


 俺たちの声をよそに男たちはジワジワと歩み寄ってくる。しかし、そんな男たちの中に聞きなれた声が聞こえた。


「あれ?アズマじゃん。何してんのさ、こんなとこで」


 男たちの影から一人の女の姿が現れた。

 深紅の長髪にスラッとした長身の身体、それと特徴的なそばかすのある顔…。


 忘れやしない……。かつて俺をいじめていた幼少時代からの腐れ縁、森掛 咲麗(もりかけ さくら)だ。


「サクラ…!」

「サクラさん…!?」

「あれ~?モエカもいんじゃん!あっははっ!偶然だね~こんなとこで」


 そういって近づくと、サクラは手にしたナイフで俺の足を縛るロープを切った。何の対策もしてないので、俺はそのまま頭から地面に落とされた。


「あははっ、ごめんごめん。痛かった?」

「てめぇ……」

「悪かったって。まぁ、こっちに来なよ。お詫びと言ってなんだけど、なんかごちそうするからさ」

「お頭、知り合いで?」

「昔馴染みのダチだよ。さあ、お前ら。酒と食い物の準備をしな。40秒で済ませるんだよ。さあ、行きな!」


 サクラはそう言うと、男たちは大急ぎでアジトがあるであろう方向へと走っていった。


「いや~、悪かったね~。けど、本当にアズマとモエカなの?」

「他にどう見えるんだよ。けど、なんでお前までここにいるんだよ?」

「サクラさんも向こうで何かあったの…?」

「クソ親とケンカしたんだよ。どつかれて転んで頭打って死んだの」

「えぇ……。それは……」

「二人はどうしてここにいんのさ?ここに来たからには何かあったんでしょ?」


 俺は二人がここにいる理由と二人の出会いをサクラに説明した。


「ふ~ん。モエカは分かるとしてアズマはいかにもアズマらしいね」

「サクラさん…!」


 あの頃と変わらずヘラヘラとからかうサクラとぷりぷり怒るモエカになんだか懐かしい気持ちになってくる。

 そう話している内に、サクラが根城とするアジトに着いた。なんだか古墳時代の日本を思わせるような古いつくりの集落だ。中にはゴブリンやオークと言ったモンスターもいる。どうやら、サクラはこれらを一人でまとめ上げているらしい。


「お頭ッ!酒と食い物の用意はできてやす!」

「ご苦労。お前たちは下がりな。また用があったら呼ぶ」

「うっす!」


 そうして、俺たちの小さな酒の席が始まった。まだ日はずっと東にある。


「サクラはここで何してるんだ?」

「何してるってわかんない?アタシら盗賊をやってんだよ。本当だったらアンタらの装備を全部引っ剥がして、ここから東にあるダーディアンで装備品や肉を売ってるところさ。人間の肉もエルフやゴブリンらに売れるからね」


 そう言ってサクラはジョッキの中の酒を一気に飲み干した。


「かァー!朝から飲む酒は最高だね!」

「朝からは飲みたくないよ…」


 もっともな反応だ。けど、出されたからには飲まない訳にもいかないので、俺も少しずつではあるけど飲むことにした。


「おっ?お前も酒は飲む口なのかい?」

「まぁ、少しは……」

「へへっ、酒ならいくらでもあるから好きなだけ飲むと良いよ」


 そう言ってサクラは近くの樽から酒をつぎ足しに行った。


「これって自分で作ってるの…?」

「まあね。売れない豆やイネは全部発酵させてから酒にしてるンだ。それに果汁やハーブを加えたら、ネズミも口にしないようなゴミから1日分の食料を調達できるまでの酒に早変わりってもンよ!」


 ドカっと置かれたジョッキいっぱいの酒に砂糖のような粉が入れられる。これがサクラ流の酒の飲み方なんだろう。サクラもとんだ呑兵衛に育ったものだ。

 

 しかし、俺は聞き捨てならない事を聞いた。人間の肉はエルフやゴブリンに売れるとサクラは言っていた。それがどういう意味なのかを俺は訊ねることにした。


「なぁ、お前って人間の肉も捌いて売ってるのか?」

「ああ?身ぐるみはがしてポイって訳にもいけないでしょ?だから肉体の方もユウコウカツヨウさせてもらってるのさ。人間よりもエルフやドワーフの方が売れるけど、人間の肉も乾燥塩漬けさせたら保存食になるし、骨髄も粉末にしたら魔法使いや魔術師に売れるからね」


 ……さらっと恐ろしいことを言ってのける。これは解体も自分でやっているという事なのだろう。サクラも恐ろしい人間になったものだ。


 そうしてサクラとモエカと飲みながら話していると、俺も良い感じに酔いが回ってきた。モエカもなんだかんだ言って酒を飲み、顔を赤くしている。

 話も弾み宴もたけなわというところで、サクラが話を切り出した。


「実は、明日ダーディアンに向かおうと思ってるんだ。お前たちも来ないか?」

「良いのか?なんか怪しい奴らって思われないか?」

「大丈夫。荷物持ちと護衛の奴らを数人連れていくだけだから心配しなくていいよ。身だしなみもきちんとさせるし、盗賊って思われることはまずないからね。それに、アタシはダーディアンでは名の知れた古物商で名が通ってるからね。お前たちも観光気分で付いて来ると良いよ」


 そう言ってサクラは大きく伸びをすると、そのまま寝てしまった。椅子に腰かけたままの姿勢で寝るとは器用なものだ。盗賊というだけあってどこでも寝ることができるのだろうか。だとしたら少し羨ましいものだけど。


 そうして、俺たちは盗賊として転生した俺とモエカに続く第三の転生者、サクラと共に行動することになった。次に目指す町は"交易都市、ダーディアン"。そこで俺たちは何を見ることになるのだろう。期待と不安を胸に、俺たちは次の備えをするのだった。

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