第4話 一騎打ち

 同時に地を蹴る。剣閃が交錯。すれ違い。振り向いた直後、ジュエドの放った火球が飛来する。

 とっさに俺も同じく炎の魔術をぶつけ迎撃するが、相殺しきれない。マントで防ぎきれない熱波が襲い掛かる。

 直後、ジュエドの鋭い突きが俺の胸めがけて迫る。かろうじて避けた。

 反撃に、剣を横なぎに振るったときには、ジュエドの姿はすでに間合いのそと。剣先が虚空をすべる。


 魔法戦士。

 ジュエドがもし人間であったなら、そう呼べるだろうか。

 もともと、魔族のほとんどが高度な魔術師であり、同時に戦士でもある。

 だが、この男ほどその両方を鮮やかに組み合わせて戦う相手には、いままで出会ったことがなかった。

 紫苑しおんのジュエド。

 間違いなく、生涯、一番の強敵だった。


 俺もいちおう、初等から中級程度の魔術はある程度使いこなせる。

 けれど、戦いにおいてはあくまで剣技が主体で、魔術は補助的に用いる程度だ。

 対して、ジュエドは剣術と魔術を巧みに組み合わせ、連続攻撃をしかけてくる。



 業火が、真空の刃が、氷のつぶてが、ジュエドのかざした手のひらから放たれ、全身に襲い掛かる。

 俺は自身の魔力でそれを迎撃するが、反応速度も威力もこちらの方がずっと劣る。迎え撃てず、避けることもかなわなかった術が、容赦なく襲い掛かる。

 剣の腕は互角と見たが、魔術の撃ち合いでは明らかに劣勢だった。


 体感からすれば、この奇襲戦すべてより、一騎打ちの戦いの方が肉体的にも精神的にもきつかった。けれど同時に、これほどの好敵手と対峙できることに、戦士としての喜びも感じていた。


 その戦いぶりは、魔族ながら堂々たるものだった。

 これがもし、武術試合であれば、観客の間から拍手喝采が湧きおこったかもしれない。


 だが、これは命がけの死闘。

 少しでも隙を見せた方が、命を落とすせめぎ合いだった。


 幾十度に渡るのかも数えきれない剣戟の交錯が、澄んだ音を響かせた。

 拮抗きっこうした実力の持ち主同士でなければ、これほど戦いが長引くこともなかっただろう。



 結果的に――俺は勝利した。



 なぜ、俺の剣がジュエドのそれよりも先に、相手の身体を刺し貫いたのか。

 あとから思い返してみても、理由はよく分からなかった。

 十回立ち合えば八、九は負けるだろう。それほどの実力差があった。


 ジュエドはすでに、死を受け入れていた。

 生に執着することなく、たとえ俺との戦いで勝とうと負けようと、自身の命に先はない、そう悟っているのが、戦いを通して感じられた。


 ――あるいは、その差なのだろうか。

 もし、彼の後ろにも俺と同じように仲間たちが控え、勝利を願っていたなら……。

 結果は逆だったかもしれない。


 いずれにせよ、俺はかろうじて勝利を収めた。その事実だけは変わりなかった。


「が……はっ……」


 口から緑の血を大量に吐き、ジュエドは膝を着いた。

 荒い息をつくことすら、ままならない様子だった。

 致命傷だ。

 こうなってしまっては、いかに強靭きょうじんな生命力を誇る魔族といえど、助かる余地はなかった。

 これ以上苦しませまいと、俺はジュエドに歩み寄る。


「……満足のいく戦いだった。もはや……悔いはない……」


 この誇り高い魔族は、吐息をあえがせながらも、口の端をあげて笑っていた。

 半ば無意識にだろうか。人のそれよりも細く長い手を俺に向けて差し出す。

 俺も剣を収め、彼の手を握ろうと、右手を伸ばした。

 だが、その直後――、


「勝負あり、だ。やれ!」


 俺の脇を抜け、電撃が飛来し、ジュエドの身体に直撃した。

 声から、ヴェルクが命じ、放たれた魔術だと悟る。

 撃ったのは、魔術師レンマツィオだろうか。


 雷に打たれたジュエドの身体は大きくびくりと震え、全身から生気が抜け落ちる。

 ――絶命、した。


「ヴェルク!」


 思わず、俺は怒りの声を上げていた。

 一騎打ちを汚された。そんな思いに頭が熱くなる。


 その直後――。

 がっ、と鈍い音とともに頬に衝撃を受けた。

 ヴェルクに殴られたのだ、と一瞬遅れて脳が認識する。

 よろけた俺の胸倉をつかみ、ヴェルクが吠えた。


「マハト! だからてめえは甘ぇんだよ。ヤツは自爆魔法を使うんだろうが!?」


 至近距離で俺を睨みつける。

 俺も睨み返した。

 奴はそんな男ではなかった。一騎打ちの勝負がついた以上、武人として死を受け入れようとしていた。


 だが、そう言ったところでヴェルクが納得するはずがない。

 魔族の狡猾こうかつさは、これまでの戦いで嫌というほど思い知らされてきたのだ。

 一騎打ちを戦いあった者同士にしか通じあえない想いもある。

 そう主張したところで、もう一度こいつの鉄拳を招くだけだ。


 殴られた頬の痛みが、頭を冷ます。

 客観的に考えて、正しいのはヴェルクのほうだった。


「……嫌な役目を負わせたな。すまん」


 ヴェルクの手を振りほどき、俺は力なく言った。


「はっ。魔族を殺すのが嫌になるかよ」


 ヴェルクはまだ収まりがつかないという様子だったが、俺は目を逸らした。

 思いがけず、口中に苦みを感じる。

 ジュエドの遺骸が目に入ると、やり場のないやるせなさが込みあげるが、これ以上こいつと口論するつもりはなかった。

 いずれにせよ、俺たちは勝利を収めたのだ。



 誰も彼もが満身創痍まんしんそうい、全身に魔族たちの返り血を浴びている。

 中でも、一番ひどいのは俺の状態だろう。

 しかし、勇者隊の戦いは常に死と隣り合わせ。

 二つの足で立てているだけでも、誇るべきことだった。


 視界にはもう、動く敵の姿はなかった。

 早く負傷者の手当てをしてやりたい。特に、重傷を負った仲間に。


「クラシア、皆の手当を」


 俺は、仲間たちの一人、神聖術士のクラシアに呼びかけた。

 応急処置くらいしかできない戦場にあって、彼女のかける癒しの術ヒールは俺たちにとっての生命線だった。その彼女も、戦いの最中は魔族や妖魔の放つ攻撃術を防ぐのに手いっぱいで、とても回復までは手が回らずにいた。


「ええ、もちろん。けど、マハト。あなたは?」

「俺は最後でいい」


「重い傷を負った者を優先してくれ」と俺は重ねて指示し、「それならあなたよ」というクラシアの言葉は無視した。

 魔族が五人もいた戦場で、戦死者五名に対し、敵は壊滅。

 圧勝と言っていい戦果だった。


 だが、それを誇る気にはとてもなれない。

 戦死した者たちのことを思えば、胸がいたむばかりだった。


「……動ける者は、町の人間を集めてくれ」


 見たところ、中央にある教会が一番大きな建物のようだ。

 そこに町の者全員を集めるよう、俺はみなに命じた。


 街に駐在する敵は全員倒した。

 もう、俺たちの任務はほとんど終わったも同然だ。


 そう、俺は楽観視していた。

 それが間違いだと知るのは、すぐ後のことだった――。

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