第3話 紫苑のジュエド
襲撃は順調に推移していった。
魔族達が統率を取り戻すことはなく、俺たちは可能な限り早く、妖魔を、そして魔族を
けぶる雨が、最後まで俺たちの味方をしてくれた。
もちろん、楽勝とは言い難い。
大なり小なり負傷していない人間など、隊の中には一人もいない。
そして、五人の戦死者も生んでしまった。
勇者隊といえど、一対一で魔族に対抗できるのは、隊長の俺と副官のヴェルクくらいだ。
数人がかりで挑んでも、打ち勝つのは容易ではなかった。
そして、それだけではない……。
――なんだ?
俺は戦いの中、かすかな違和感を抱いていた。
仲間たちの動きが、妙に消極的な気がしたのだ。
そのせいで、本来負わなくていいはずの危機まで、何度か招いてしまっていた。
五人の犠牲者を出したのも、仲間たちの不思議と鈍い動きのためでもあった。
「遅いぞ、ヴェルク!」
「わかってるよ、こっちだって必死にやってんだよ!」
戦場で気が立っていることもあり、こんな怒声も何度か交わした。
副隊長であり、相棒とも思って頼りにしているヴェルクだが、今回ばかりはあまり連携がうまく取れなかった。
弓使いのイリスも、いつもと比べると援護射撃が遅れる場面が目立った。この程度の悪天候、彼女にとっては苦にならないはずだが……。
影の異名を持つジジンも、判断を何度か誤り、そのせいで俺も魔族相手に傷を負ってしまった。
雨の中の強行軍が、予想以上に隊全体に疲労を与えていたのかもしれない。
それに気づけなかったのなら、隊長である俺の責任だ。
だが、いまは命がけの戦闘中だ。
自省するのも、違和感の正体を確かめるのも後回しでいい。
隊全体の動きはやや不可解だったが、それでも戦いそのものは俺たちに優勢だった。
妖魔、魔族を一体、一体倒していき……、
――とうとう、あとにはただ一体の魔族を残すのみとなった。
「後はてめえだけだな。覚悟しな」
ちょうど、町の袋小路に、最後の魔族を追い込む形となった。
男の魔族を取り囲み、ヴェルクが吠える。
「どうやらそのようだな」
対する魔族の男は、この状況にあっても泰然自若としていた。
金属の部分鎧をまとい、紫のマントを羽織ったその男は、どこか気品すら感じる威厳があった。
薄緑の肌に藍色の髪は魔族の特徴だが、その顔立ちは人間の基準でみても、貴公子然とした整ったものだった。
街にいた他の魔族達と比べても格が違って感じられる。
まず間違いなく、この街に駐在する魔族のリーダーだろう。魔王軍の中でも名のある男と見えた。
「英雄マハト殿とお見受けする!」
さらに一歩踏み出したヴェルクをけん制するように、魔族の男は雷雨にも負けない、朗々たる声を響かせた。
「我が名は
その名には聞き覚えがあった。
――ヤツがそうなのか。
紫苑のジュエド。
魔王直属の配下、八魔衆の一人。
こんな場所で出会うとは思わなかったほどの大物だ。
「なんだ、命乞いでもしようってのか?」
ヴェルクが声を張り返す。
ジュエドはきっぱりと首を横に振った。
「否! 英雄マハトよ、私は貴殿に一騎打ちを所望する」
「はぁ? この状況で一騎打ちだと?」
声を上げたのはヴェルクだが、俺も同様の疑問を内心抱く。
思わず、相手の正気を疑った。
だが、ジュエドのたたずまいは変わらず堂々としたもので、気が触れた気配など微塵もなかった。
「ふざけんな。誰がてめえなんかとうちの大将が――」
「待て!」
ヴェルクのみならず、隊の者全員が拒絶の意思を共有し、戦闘を再開しようとしていた。
俺は、皆を制するつもりで声を上げた。ジュエドのまなざしに、何かを感じてのことだった。
「もはや戦いの
「おい、マハト!」
食ってかかるヴェルクを無視し、俺はジュエドの目を見つめて対話を試みた。
ジュエドのまなざしは、いささかも揺らぐことなく、まっすぐ俺の目を射返していた。
「貴殿の言う通り、我らの負けが覆ることはない。――だが、この我も八魔衆が一人。もし、貴殿らが一斉にかかってくるというのであれば、この命と引き換えに、貴殿らの半数――いや、それ以上の者たちを道連れとしてみせよう。すでに戦いの行方が決した以上、無駄な犠牲はそちらも望むところではないはずだ」
言葉と同時、ジュエドのまとう魔力が高まり、彼の全身を橙色の光が包むのが見て取れた。
雨が蒸気に変わるほどの熱が、この距離でも伝わってくる。
まるで電流がばちばちとはねるかのように、ジュエドの全身を魔力のエネルギーが包んでいる。
その光景には、見覚えがあった。
――自爆魔法、か。
己が命と引き換えに、魔力による大爆発を引き起こす、最後の切り札。
人間より遥かに寿命が長く、プライドの高い魔族達がこの術を用いることは滅多にない。
だが、ひとたび放たれれば、その威力が絶大なものであることを俺も身をもって知っている。
かつて戦場の中で、人間側の兵たちがこの魔術による被害をまともに受けてしまったことがあった。
そのときは、密集した陣形の中で使われたこともあり、百人以上の犠牲を生んでしまった。。
俺たち人類にとって、苦い記憶となった戦いだった。
ジュエドの目を見れば、この男が本気であることは疑うべくもない。
ジュエドほど格のある魔族が使う自爆魔法なら、あのとき以上の被害をもたらす可能性も高い。
俺たちの半数以上を道連れにする、というのも決して誇張ではないだろう。
「俺が一騎打ちを受ければ、自爆魔法は用いないというのだな」
「無論。正々堂々勝負だ、人間の英雄よ!」
「いいだろう。受けて立つ、紫苑のジュエドよ」
俺の宣言を受け、ジュエドを包んでいた橙の光が霧散した。腰の剣を抜き放ち、俺に向けて構える。
俺も剣を抜こうとしたが、ヴェルクが俺の前に回り込み、胸ぐらをつかんできた。
「バカ野郎、魔族の言うことを信じるってのか」
「放せ」
俺は乱暴にその手をふりほどき、隊全体に向けて命じた。
「いずれかの首が落ちるまで、誰も手出し無用だ。奴に自爆魔法を使う口実を与えるな! 隊長として命ずる!」
全員が納得したとは思えない。ちらりと振り返った仲間達の顔は複雑な面持ちだった。
ヴェルクなどは、露骨に「くそがッ」と毒づいている。
だが、俺の意識はもう、目の前の魔族に向いていた。
ジュエドの言うとおり、この期に及んで犠牲者を増やすのは本意ではない。
それに、不思議な話だが、俺はこの紫苑のジュエドという魔族の男に、好感のようなものを抱き始めていた。
もうどうあがいても、勝敗は決しているし、この魔族には死以外の結末はありえない。
たとえ一騎打ちで勝利して俺の首を取ったとしても、その次の瞬間には、俺の仲間たちがこの男の命を奪うだろう。
それを分かった上でなお、戦士として俺との一騎打ちを望んだ。
そして、勝敗がくつがえらないなら、せめて救国の英雄と呼ばれる俺の首を討とうとしている。
――残された同胞達の戦いが、少しでも有利となるように。
これほどの武人、人間たちにもそうはいない。
自爆魔法を使うよりも俺の首一つ獲るほうが戦果になると考えたのだとすれば、敵ながら悪い気はしない。
ならば、たとえ魔族であっても敬意をもって相手をするのが、曲がりなりにも勇者と呼ばれた俺の務めだろう。
「感謝するぞ、英雄マハトよ。そなたの名は我ら魔族のあいだでもよく聞く。噂どおりの男のようだな」
ジュエドの顔が、不敵に笑っていた。
もしかすると、俺も同じ顔をしているかもしれない。
「行くぞ、紫苑のジュエド!」
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