第44話 キミガワルインダヨ
その瞬間は、見てはいけないものにかけるアレ――モザイクがかかっているのかと思ってしまった。
いや、冗談ではなく、マジな話で。
しかし、その黒い靄から漂う異様な雰囲気が俺を『現実』へと引き戻す。
大宜津姫が『こごり』と呼んでいた得体のしれないスライムどもかと思ったが、俺の神経を触る感触がそれとは違う。
しかし、見覚えのあるものだ――これは、あの黄泉平坂の洞窟で俺たちを襲ってきたもの。佳弥の体を焼き、俺が火で追い払ったあのバケモノだ!
「佳弥!」
すぐさま右手を宙に掲げた。
「来たれ、来たれ、火のついた松明、我の右手に!」
が、俺の言葉はむなしく月影に消えていく。何も起こらない。
「な、なぜ」
そう言ってから気が付いた。祭殿で俺は三度松明を出した。しかし、そのどれも、しまっていない。
もう佳弥は黒い靄にすっぽりと覆われてしまい、体も見えない状態だ。ヤバイ、なんでヤツがこんなところまで。
「往ね、往ね、松明、ありし……」
口にした言葉が、途中で遮られる。佳弥の体からドッとあふれ出したように、黒い靄が俺を襲った。
体が焼けるように痛い。その痛みに、俺の口から出ていた言霊が止まりうめき声に変わる。
不味い、これじゃ佳弥が焼かれてしまう!
痛みをこらえ、黒い靄をかき分け、前に進む。足にまとわりつく川の水と、体を焼き続ける黒い靄。
焼くと言っても火ではない。水じゃ消えない。にもかかわらず、俺の着ているシャツもズボンも、燃えるようにとけていく。
手を伸ばし、黒い靄の中に突っ込む。佳弥の体を掴み、強引に引き寄せた。
靄の中から佳弥の目が現れる。その色彩を失ったトーンと顔の綺麗さに俺はハッとなった。
なぜ――
なぜ、佳弥は平気なのか。洞窟では、佳弥は見るも無残な姿に焼かれていた。でも今は、この靄の中で、表情もなくうつろな目を漂わせている。
激痛が走る。俺は思わずうめき声をあげた。
と、佳弥の視線が俺を捉える。靄の中から佳弥の手が現れ、俺の顔を包み込むと、佳弥は俺と唇を合わせた。
消える痛み。そしてまた皮膚が焼かれ、ただれ、俺を激痛が襲う。そのたびにその痛みが消え、また激痛が現れる。いつ終わるとも知れない無間の苦しみ――
「佳弥、この靄、お前から……」
出ているのか?
俺の言葉に、佳弥が俺を引き離す。その目は見開かれ、瞳には光が戻っている。その光から、涙が一つこぼれた。
「虎守くん、ボクは、ボクは」
何か言おうとした佳弥を、俺はもう一度引き寄せ、そして抱きしめた。
「俺を焼いたら気が済むのか?」
俺の着ていた服はもう跡形もなくなっていた。佳弥と俺、生まれたままの姿で抱き合っている。
胸に当たる、少し硬いふくらみ――ふくらみ?
下腹部に当たるはずのふくらみ――が無い。
無い。
無い?
「佳弥、お前、もしかして」
しかし言葉は最後まで言うことができない。
激痛の中、俺の意識がそれに耐え切れなくなり、そして消えた。
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