第43話 追いかけてきてくれるのなら
月というものは意外に明るいものだ。
静けさに佇む村の家々を通り過ぎながら、ふとそう思う。もちろん、空に浮かんでいるあれが月であるならば、だが。
ここが人間の精神が生み出した世界というのであれば、太陽も月もあったとして驚くことじゃない、か。
祭殿を出たが、佳弥の姿は見えなかった。階下に警備の兵士がいたので彼に尋ねると、佳弥が走っていった方向を教えてくれた。でも、俺達の仮住まいの家とは違う方向だ。
だから月明りを頼りに村の中を走り抜けたのだが、ほどなく村の端に出てしまった。目の前は川だ。幅の大きな本流と、中州を隔てその脇を流れる支流。それらをたどると海へと流れ出ている。村の様々な生活用水がこの川から得られているのだろう。
実際、支流の川岸にはいくつかの建物が建てられている。炊事洗濯、あとは……
ふと、川岸で何かが動いた。月明りだけなのではっきりとは見えないが、人のようだ。
佳弥?
土手を下り河川敷へと降りる。川の流れる音。支流でもかなりの水量のようだ。人影が、川の中へと降りていく。
「佳弥!」
声をかけた。佳弥じゃないかもしれない、という思いもあったが、人違いならそれでよかったのだが――
人影が止まった。太ももの辺りまで水につかっている。
俺は水辺まで駆け寄った。
月明かりの中、服を着たまま川の中に立っていたのは、やはり佳弥だった。
「佳弥 、そんなところで何をして……」
「こないで」
悲鳴にも似た叫び声。
「な、なんでだよ。あのな、お前なんか誤解してそうだけど、それは別に大宜津姫と何かあったわけでもないし、何かしようとは」
佳弥を追いかけるべく、川の中に入る。人工的に引き込んでいるからだろう、水の流れはさほど早くはない。
「なぜ、来るの」
さっきとはまるで対極的な弱弱しい小さな声。
「別に俺はお前が男でも、気には」
「違う!」
俺に背を向けていた佳弥が、背を向けたまままたそう叫んだ。
「な、何が違うんだよ」
人がせっかく『男でもいいぞ』って言ってるのに、何を怒ってるんだ?
「全部……何もかも」
消え入るような声でそう言うと、佳弥が何か手を動かし始めた。胸の前で何かをしているようだ。
「なあ、とりあえず岸に上が……」
佳弥が、着ていたシャツを脱いだ。そしてそれを川へと投げ捨てる。シャツがふわふわと流れていった。
「お、おい、制服」
それを追いかけようとして、ここが『神話世界』だということを思い出す。あのシャツは、実体ではない。
佳弥は、シャツの下には何も着ていなかった。色白の肌が月に照らされ白く浮かび上がる。
そして佳弥は、今度はズボンを脱ぎ始めた。
「ちょ、何してるんだよ」
「本当にボクが男でも良いというのなら、キミに見せてあげよう」
「何を」
「本当の、ボクを」
ズボンが下へと落ちる。一緒に下着も。引き締まったお尻が現れた。
「お、おい」
それ以上、言葉が出ない。
「これが、ボクだよ。嫉妬に心が醜くゆがんだ、これが本当のボク」
そして佳弥がゆっくりと俺の方を向く。その瞬間、黒い靄が立ち込め、佳弥を包み込んだ。
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