第41話 ソレハボクノモノ、カエセ……

 密着。


 俺が大宜津姫と何をしているのかと問われたら、きっと百人が百人ともそう答えるだろう。


「いや、待て、これには深いわけが」


 あるに決まってる。というか、部屋の中を見りゃわかるだろ……


 俺たちを取り巻くネバネバとした気色の悪い塊たち。どうみてもその中心にいる俺たち二人は襲われているのだが、佳弥は俺をまっすぐ睨むだけで、周りを見ようとしない。


 そのまま佳弥はドスドスと、いや本当に板張りの床を踏み壊すぐらいにドスドスと音を立てて、俺たちへと冷たい顔で近寄ってくる。


 何考えてるんだよ!


「佳弥、だめだ、危ない!}


 そう止める間もなく、床を這いまわるどす黒いスライムたちが動いた。


「オトコ……オトコハコロセ! オトコハコロセ!」


 まるで、俺を襲うことができない鬱憤の全てを新しい侵入者――佳弥に向けるかの如く、スライムたちのしゃがれ声の合唱が佳弥へと向けられ、そして何体ものスライムが佳弥へと跳ねとぶ。


 瞬く間に佳弥はスライムたちの山に埋もれてしまった。


「か、佳弥!」


 立ち上がろうとして、しかし大宜津姫にがっしりと抱き着かれていて動けない。


「ちょ、姫、手を離して!」


 姫の体を引き離そうと、姫と俺の間に右手を入れる。


 むにゅ


 ……超が付くほどのボリューム。俺の手のひらにはとてもじゃないが収まりきらないほどの球体。そして伝説級の高反発素材。


 スライムに気を取られていて気付かなかったが、姫の胸はゲフンゲフンなほどムネムネだった。


「あっ、虎守さま、そんな、あっ」

「す、すみません」


 慌てて手を離そうとして、姫に手をグぁシっとつかまれる。


「い、いけません、こんなところで」


 姫はそう言いながら、顔を真っ赤にして潤んだ熱い目で俺を見つめた。


「い、いや、ちょ、あの」


 その時だった。


 どーん!! という爆音。その後、何かが床にボタボタボタと落ちる音。


 見ると、佳弥を覆っていたスライムたちが吹き飛ばされ、いくつもの小さな塊に成り果て、床でのたうっている。


「オン、ナダ、オン、ナダ、ミタマソ、イガイノ、オン、ナニ、サワテ、シマタ、ウラギリダ、ウラギリダ……」


 のたうち回るスライムたちは苦し気に言葉を吐き出しているが、その声はしゃがれ重なり合っているので、意味が分からない。

 そして断末魔の叫びをあげながら、しゅるしゅると蒸発していった。


 その中で、ゆらりと人影が立ち上がる。


「か、かや?」


 何その能力?


 なんて聞けるような雰囲気じゃない。

 その視線は俺の右手――姫の豊満なバストをぐぁしっと掴んでいる俺の右手に注がれていた。


 すっと、佳弥の瞳からハイライトが消える。

 闇――それはまるで井戸の底を覗くかのような色。


 ゆるりと佳弥が歩き出す。すると俺と姫を囲むように壁となって積みあがっていたスライムたちが、佳弥のために道を開けるがごとく左右へと逃げた。


 ああ、これこそが、シナイ半島でモーセが見せた海割の奇跡……


 瞬きもしない。佳弥は、顔面を凍らせたまま、スライムたちが作った『道』を歩いて俺に近寄る。


 右手に姫の胸、左手に松明、そんな俺の顔を、佳弥は両手でつかんだ。


「虎守くん、怪我をしてるよ」


 井戸の底から聞こえた声。


「お、おう、もうかなり痺れていて、感覚がない」


 それ以外、俺に何が言えるだろう。


「じゃあボクが、治してあげよう」


 そういうや否や、佳弥は俺の口をその唇でふさいだ。


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