第37話 今日はつけてないんだけどな……

 とりもなおさず、取ってきたアヤシイ茸を大宜津姫のもとへと届けるために、佳弥と二人で村の祭殿へといった。


 そこで姫から話を聞こうと思ったのだが、俺たちは入り口の警備兵に止められ中へ入ることを許されなかった。


「日が暮れる直前にまた来るように」


 姫からの伝言として告げられたのはそれだけだった。


 確かに、俺たちが頼まれたのは茸採取だけじゃない。夜の護衛も頼まれているが、何からどう守るのかすら聞かされていないだけに、少し不安だ。


「佳弥は前に、姫が狙われてるって話をしていただろ。それかな」


 夕暮れまでの時間を、俺たちは新たな『扉』を開けることに使うことにした。


 姫の村は瑞穂国の端に位置している。東に行けば素戔嗚尊がいる根の国へと通じているが、佳弥がそれは危険だと判断したため、さらに西、瑞穂国の中心部へと探索エリアを広げるということになった。


 その道中、馬の背中に二人して乗りながら、俺は佳弥にそう話を振ってみたのだ。


 もちろん俺はまだ馬には乗れない。馬を操る佳弥の後ろで、佳弥にしがみついている。

 佳弥の体……細く華奢だが、こうやって抱き着いてみると意外に柔らかい。


「根の国からの来訪者は厳しくチェックされる。姫の命を狙うとすれば、もうすでに村に入り込んでいる者であって、夜だけの護衛というのは少し不自然かな」


 そう言い終わった瞬間、佳弥が馬を止めた。それが急だったので、俺はウマから落ちそうになった。


 慌てて佳弥にしがみつく。ぷにゅっとした感触。佳弥が下着に着けているなんたらブラなのだろうが、その弾力はやけにリアルだ。


「ご、ごめん、佳弥」


 慌てて腕を離すが、バランスを崩し、また佳弥にしがみつく。


「ごめん」

「い、いいよ、別に。危ないから、ちゃんとボクを抱きしめていて」


 なんというか、相変わらず湿度の高い物言い。しかし俺に選択肢はない。そのまま佳弥を抱きしめる。後ろから。


 密着……否応なく、色々と意識してしまう。

 やばいと思い、俺は少し腰を引いた。


 にしても、ほんと、今時のブラはすごいんだな。まるで本物を触ってるみたいだ……触ったことないけど。


「こ、虎守くん」


 佳弥の声が少し上ずる。


「な、なに?」

「えっと、えっと、えっと、えっと……」


 何が起こったのか、俺には分からなかった。突然、佳弥が少しうつむいて、延々と「えっと」を繰り返し始めたのだ。


「お、おう、なんだ」

「えっと、えっと……」


 なんだなんだ……どうしたんだ、佳弥は。

 随分と言いづらそうだ。こんな佳弥は初めて見たかもしれない。俺がしがみついていることが、まずいんだろうか。


 でも、散々あんなことやこんなことしてきた仲なんだから、いまさらな感がするが……


 あ、分かったぞ!


「トイレか?」

「――そうじゃない」


 佳弥の声のトーンが一気に冷たくなった。慌てて佳弥から腕を離す。どうも違ったようだ。


「じゃあ、なんだ」

「ボクにちゃんとつかまってて」

「お、おう。こうだろ?」


 佳弥の腰に腕を回す。下の方を持つだけに、バランスは悪い。


「それじゃさっきみたいに落ちそうになるよ。ボクの、その、えっと、えっと……」


 また佳弥が、壊れたCDのように「えっと」のリピート状態に入る。


「こ、こうか?」


 俺はそれを止める意味でも、腕を佳弥の背中から胸にかけて回した。シャツをゆるく着ているせいで普段はあまり見えない、佳弥の二つの『胸』。ちちぱっとの感触が俺の腕に伝わる。


「そ、それでいい、かな」

「わ、わかった」


 なんだか、わざと俺にそこを持たせているような……まあ、気のせいだろう。


「虎守くん」

「なに」

「な、何か、感じる、かな」


 後ろからだからはっきりとは分からないものの、何だか佳弥の耳が赤い。


「そ、そうだな。えっと、まあ、その、感じる、かな」

「どんな、感じ」


 やけにこの話題をえぐってくるな……


「い、いやあ、ははは、今どきのブラは感触がリアルだなって、はははは」


 ……何言ってんだよ、俺。


「今日はつけてないんだけど」


 佳弥が何かを言ったが、俺の「ははははは」という誤魔化しがてらの笑い声に被っていたため、はっきりと聞こえなかった。


「ふぇ? な、なんて言った?」

「別に。しっかり持ってて。でも、優しくね」

「お、おう……」


 結局夕方までに、俺たちは三つの扉を見つけた。帰りは扉を使って村へ戻ることにしたのだが、不思議なことに、佳弥は扉の前でしばらくの間、自分の胸を触りながらしかめっ面をして何かを呟いていた。

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